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ある日常 Ⅲ

「先生、ただいま」


ここを離れて半年程度だというのに、懐かしい場所のように感じた。玄関先を掃除する背の低い中年の女性は、緋海のぶっきらぼうな挨拶にも嬉しそうに顔を綻ばせた。


「あらあらユウくん、おかえりなさい」


掃いていた箒を持ちながら、パタパタと駆け寄ってくる。どれだけ歳を重ねても、この人は変わらすこんな風に可愛らしく迎えてくれるのだろうなと考えてしまった。

彼女の声を聞いていたのか、玄関の隣にある小さめの窓が乱暴に開けられた。


「遅いよユウ!早く手伝って!」


白妙が笑顔で声をかけてくる。避難を終えて、とっくにシェルターから帰ってきていたらしい。彼がいる場所は孤児院の台所なので、夕食の支度の要求のようだ。


「行くから待ってろ」


緋海は笑顔でそう返すと、先生と呼ばれた彼女が嬉しそうに微笑んでいるのが目に入ってきた。同い年の二人が仲睦まじくしているのを、まるで我が子のように見守ってくれている。


しかし、緋海の笑顔は真意を隠していた。白妙が話す姿をよく見かけていた相手と、思わぬ形で遭遇することになったのだ。いなくなったことすら知らなかった自分が彼女を見た、しかも魔女だった、なんて軽々しく彼に言えるはずがない。なにより大鳳から、他言無用、と釘を刺されたのだ。


言葉一つで制限されてしまう、それほどまでに大鳳という存在は強大だった。そんなことを言われただけだというのに、緋海の脳内ではこの孤児院が跡形もなくなっている様子が容易に浮かんでいる。知りたくもないことを知らされ、果ては口約束とも言い難い一方的な制約を課せられた。そして起こりえないだろう悪い予感が縛り、勝手に人質を取られているような錯覚まで起こしてしまっている。帰るべき場所に帰ってきたというのに、彼の気分は最悪だった。


それを微塵も出さず、彼は玄関をくぐった。


トントンとリズムよく刻まれる玉ねぎを見て、相変わらずの手際の良さに感心する。調理関係の仕事に就けば、問題なく働いていけそうだと思う。社会をよく知らないからそんなことを思えるのだろうが、白妙の手際の良さは目を見張るものがある。


「ほら、そっち。先に人参に火入れてて」


完全に孤児院の台所を任されるようになってから、白妙の料理の腕は上達していった。手は止めることなく、的確に指示を出してくる。ここに立つのも久しぶりなので、一緒に料理をするこの時間がどこかむず痒い。


手伝った夕食を囲み、半年ぶりに一緒に食べる子供たちの笑顔を見て、つられるように笑う自分がいる。緋海の守るべき人々の、最たる例がこうしていつものように過ごしている。それだけで自身が危険に晒されながら、魔獣と相対さねばならないということを簡単に受け入れることが出来る。この場所が帰るべき場所で、力を分け与えてくれる場所なのだと改めて理解する。


「先生」


食べ終えた皿を洗いながら、隣で皿を拭いている育ての親へ声をかける。


「どうしたの?」


柔和な声を聞き、心底安心してしまう。ここではただの緋海ユウでいられるのだと。


「ここまでありがとう。今日はそれ、言いに来たから」


それに言葉を返さず、自慢げにふふんと鼻を鳴らしてみせた。二回りほど大人だというのに、この人はいつまでも子供っぽいところがある。そのおかげで孤児院の子供たちは彼女へ心を開いているし、自分たちも気が緩んでしまう。


「また、帰って来るよ」


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