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邂逅

「討伐直後に申し訳ない。早急に見てもらいたいものがあってな」


隊服に着替える猶予も与えられず、母校の制服のままフェクター本部を訪れる緋海と、隊服を着こなす荒井。二人がついていくその前方には、同様に隊服を身に纏いながら、その上から羽織るマントの肩から背をなぞって反対の方へ伸びた飾緒が目を引く女がいた。


「いえ、大隊長の命ですので」


畏まって返す荒井に、嘲笑かのように鼻で笑ってみせた女。花の都シオンで活動するフェクターの全十小隊を束ねる、大隊長:大鳳夕顔(おおとりゆうがお)その人である。


「じゃあ着くまでの間に、今日学生を卒業した緋海にテストをしよう」


エレベーターに乗り込んでドアが閉まると、大鳳は楽しそうに声を弾ませて提案する。


「さて、魔獣の出現条件は?」


大鳳の突然の提案は日常茶飯事だが、これを拒絶することが出来る人間は限られている。残念ながら、緋海はその少数には含まれていない。露骨に溜め息を吐いてみせると、荒井がふふっと笑いをこぼす。


「魔獣特区。半径五〇キロに人口二百万以上が集中する、指定された都市。これでいいですか?」


緋海が不躾に答えると、満足そうに頷く大鳳。自分の直属の部下が、戯れに素直に従ってくれたことに対しての満足感か。それともただ緋海のことを気に入っているのか。どちらにも当てはまるから、どちらとも言い難い。


「では次。魔女とは?」


エレベーターが下っていくのに合わせるように、その問いで空気が重く感じた。過去三度の魔女戦争で、フェクターの隊員たちは勿論、最も犠牲者を生むこととなった各国の軍も、なにより市民が魔女という存在に対して少なからず憎しみを持っているはずだ。


「魔法ではなく、魔術を行使する女。あるいは膨大な魔力を扱う女」


教科書を朗読するように、機械的に答える緋海。


「うんうん。正解だけど、もう一声欲しいね」


大鳳の言葉が合図になったかのように、エレベーターは止まってドアを開ける。地下三〇階が表示されていて、自分がまだ踏み入れたことのないブロックに到着したことを緋海は知る。そもそもこれだけ深い地下フロアが存在していることを、緋海はここで初めて知ることとなった。


踏み慣れた地であるかのように迷いなく歩き始めた大鳳に倣って、荒井と緋海はその背を追って歩く。足取りに躊躇いのある荒井も、このフロアには初めて来るようだ。


足元をぼんやりと照らず頼りない照明が、この廊下がとても広いことを示す。三人のバラバラな足音が、廊下で大きく響くせいで邪魔なものが存在しないと伝えてくるだけに、この空間に薄ら寒いものを覚える。


大鳳が立ち止まったことで、ようやくそこに壁があるのだと認識する。大鳳が壁に手を当てると、その手を光がなぞっていく。機械音が響いた後、暗闇に慣れてしまった目に痛いほどの光が差す。そこにあった壁は、ドアだった。


「魔女はね、私たちの敵だよ。生きる時間を脅かす、忌むべき、憎むべき、消すべき、殺すべき」


白衣に身を包み、せわしなく動く研究員たちがそこにいた。顕微鏡を覗き込む者。試験管へ薬液を垂らす者。資料を読みながら、お互いの意見を言い合う者。ドーム状のその広大な空間に、ズレなく並べられた無数の大きなテーブルたちと、机上に置かれた実験機材や何に使うかも不明な機械の数々。馴染みのないそこに、緋海の感じた薄ら寒いものが冷や汗だったのだと気付かされた。


「そして、協力すべき、遣うべき、『兵器』だよ」


床から天井を支える柱のように、その空間の中央には透明の大きな水槽があった。そこに浮かべられているのは、巨大な氷塊だった。


「これが代替わりした、新しい魔女」


歩みを進めた大鳳を追いかけて、水槽の前にたどり着く。氷塊は純粋なものではなく、中に何かがあった。


「……大隊長、これは」


不快感を露わにする荒井と、その氷塊の中にいるそれを見て言葉を失う緋海。


氷天(ひてん)の魔女:ゼムラキルイード三世。緋海は、少なからず知っている顔じゃないかな?」


氷塊には、何かへ手を伸ばすようにして目を閉じた黒髪の少女がいた。

緋海の脳に、ぴりっとした痛みが走る。何か、忘れていたものを思い出させる。自分の深いところに勝手に隠されたものを引き上げた、そんな感覚がある。


支倉(はせくら)……?」


話したことはあまりなくとも、学友の有名人だった女子生徒の名前ぐらいは知っていた。男子生徒の間で美人だのなんだのと囃し立てられていた、同級生の名だ。


「そう。きみの通っていた学校の生徒、支倉 瑞月(みずき)は魔女だったんだよ」


緋海はあまり、人付き合いの良い人間とは言えなかった。フェクター小隊長であるが故に多忙であったこともあるが、白妙以外の人間には心を開くことを拒んでいた。自身を否定された過去を持つからこそ、唯一の理解者である白妙以外を恐れていた。だのに、彼女のことは知っていた。


唯一の友人である白妙七嘉とよく話しているのを見ただけだ。ただそれだけで彼の頭には彼女の名前と顔が刻み込まれていた。話す機会が少なかったというのに、それだけ強く覚えてしまっているのはどういうことか。まるで魔法でも使っているように。


「ここは魔女のための場所。魔女を目覚めさせるための」


水槽に手を触れた大鳳は、ようやく大きく笑ってみせた。その笑顔は、今まで見ていた彼女の笑顔が作り物だったのだと気付く。


「そして、シオンがここから始めていく、上り詰めていくための場所だよ」


先の見えない野望とは、言葉を聞いてなお理解できないものだ。それを聞いた荒井と緋海は、言葉を失ってその水槽を眺めることしか出来なかった。魔女戦争を起こす引き金となる存在、その張本人を目の当たりにして、そこにそんな言葉を聞いて、果たして何が出来るだろうか。


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