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ある日常 Ⅰ

魔法を扱うためには、心臓の右心室外側に存在する臓器:魔源(マナ)から生成される魔力が欠かせない。血液と共に体内を循環する魔力により、この世界の人間は魔法を程よく行使しながら生きている。また魔力だけの抽出は行えるが、その魔力を他人が扱うことは出来ず、著しい拒絶反応を引き起こす。


この世界で生きて魔法を使っていくということは、その方法を学ばなければならない。幼少より学徒となる人間たちは、学校で教養や社会の縮図と共に魔法を学んでいく。卒業してから学びを生かしたり、全く関わりのない仕事に就いたりと、様々な道へ進んでいくこととなる。


「じゃあ、ユウはこれからも変わらずなんだね」


「学生の頃から進路が決まってるのは、いいことなんだか悪いことなんだか」


卒業式を終えた男子生徒二人は、感慨深く帰路を進んでいく。ブレザーの胸ポケットには、卒業生の証である花が差してあった。花の都シオンでの習わしだ。花で送り、花で迎えるのがこの国での春。それに倣って、彼らは送られる側として花を贈られることとなった。


七嘉(ななか)は、これからどうするんだ?」


緋海(ひのみ)ユウは、自分より少し背の低い彼に対して視線を下げながら尋ねる。白妙(しろたえ)七嘉はその問いに対して、困ったように笑ってみせた。


「どうしようかな。結局魔法はあんまり上手く使えるようにならなかったし、俺も上手く使いたいって思わなかったからね」


魔法の成績は下から数えた方が早かったため、白妙は魔法を生業とする仕事は選べなかった。元よりそれほど魔法というものに関心がなかったこともあり、自由気ままとはいかないまでもゆっくりと過ごしていこうと決めたのだ。


「……孤児院は、出ないのか?」


「出ないってよりは、まだ出る必要がないっていうか」


頬を掻く彼は、少しばつが悪そうに視線を逸らした。


「やっぱ、孤児院手伝うんだな」


「まぁ、そういうこと」


緋海が幼少期を過ごし、八年前に白妙が預けられることになった寂れた孤児院。共にお世話になっているため、白妙はそのまま孤児院で他の子供たちの生活を手伝っていくことにした。一方で緋海は、卒業前から行っている仕事で入る給料をある程度納めているため、お互いにその恩義を返し続けていくことにしたのだ。


「でも、七嘉がどっか知らない国に行くとか言い出さなくてよかったよ」


目鼻立ちの整った顔が、無邪気に笑ってくしゃっと崩れる。


「行く時は、ちゃんとユウに教えるよ」


はにかんで返す白妙は、緋海より頭一つ分背が低いのにどこか大人びて見える。

二人の会話を割くように、空気をつんざくサイレン。一瞬で緊張に包まれ、緋海は素早くインカムを耳に装着する。


「悪い、七嘉。終わったら連絡する。手近なシェルターに入るようにな」


「はいはい。いってらっしゃい」


インカムにスイッチを入れる。両足に魔力を集中させ、小さく、しかし爆発的に放出する。弾かれたように飛び出した緋海は、一瞬で民家一〇軒ほど先まで跳躍していた。


『魔獣警報。魔獣警報。繰り返します。魔獣警報。市民の皆様は、付近のシェルターへの早急な避難をお願いします』


サイレンが止むのに合わせて、耳馴染みのあるアナウンスが流れる。そしてまた、サイレンが響いて恐怖を煽る。

手を振りながらもう耳に届かないであろう、気を付けて、を口にしながら一つ溜め息。ひとまず近くにあるシェルターの、案内標識を探すところから始めよう。




「出現予測地点は?」


既に民家の屋根を伝っての移動に切り替えた緋海は、腰に差してあったそれの起動準備を始める。鍔のない漆黒の刀の鞘を左手で掴むと、鞘に付けられたロックを外す。


『静脈マップ スキャン 全指指紋 スキャン』


インカムから流れる機械的な音声。先に応答を投げかけたのだが、その相手からは声が返ってこないため腹立たしさに思わず舌打ちをする。鞘から完全にロック解除の音が響き、インカムからピピピと音が続いた。


『遅れました小隊長。予測地点はシオン中央区第三~第五』


「到着のロスに繋がる。予測地点の報告は早急に」


先ほどまでの白妙と話していたにこやかな青年はそこにはおらず、重厚な声に落ちていた。インカムからの謝罪の言葉を受けつつ、今まで向かっていた東から、南東へとわずかに方向をずらす。


サイレンが鳴ってから約一分が経過。連絡を受けた予測地点に到着する想定時間は、約三分程度。非常にギリギリの到着になると思われるため、現場での配置と指示がどれだけ早く用意できるかにかかってくる。


立ち並ぶ民家から、建造物の装いがガラッと変わる地点を過ぎた。シオンの住宅区から、中央区へと入った証拠だ。数人の私服隊員たちが同じように現れたのを見て、アイコンタクトと共に頷く。


『通達!予測出現ランク:キメラ!』


インカムから飛んできた緊張感の増したオペレーターの声に、周囲の隊員たちの緊張も増す。


『魔獣警報。魔獣警報。繰り返します。魔獣警報。市民の皆様は、付近のシェルターへの早急な避難をお願いします』


街全体に響くサイレンとアナウンスが、状況をより緊迫したものへと変えていく。自身の緊張の糸をさらに張り詰めて、出現予測地点付近である中央区第二区へ降り立った。


既に揃っていた隊員たちは、各隊の小隊長の元へと整列する。ここに集まっている二小隊を合わせて全一〇小隊で構成された魔導警ら隊、通称フェクター。一小隊三〇人単位であり、全員の到着が確認された現状、中央区第二区の広場には六〇人の隊員が揃い踏みとなった。


全員例外なく、その手に武器を手にしている。ライフルや刀剣の類を手にしているが、元来の武器のように人間に向けるべきものとしては作られていない。


マギア。使用者の魔力を注ぎ、放出する魔力に効果を付加するための媒介。それを扱いやすいように、武器の形に収めているだけだ。魔法の杖代わりと言ってしまえば夢はないが、そう称されることが多いのも仕方ない。


「全員マギアのセーフティを外しておけ」


第九小隊長:荒井(あらい)(つばめ)の、凛とした声が隊員たちを一斉に動かす。一方で緋海ユウ率いる第六小隊の隊員たちは、指示を待たずに各々の携帯するマギアのセーフティロックを解除していた。登録した隊員だけしか使えないよう、指紋認証と手掌の静脈認証を行うことで、マギアのロックは解除される。各小隊で方針が違い、第六小隊は緋海の指示なくセーフティロック解除を行うことが許可されている。


「遅くなりました」


荒井のすぐそばに着地した緋海は、体を起こしながら謝罪を述べる。


「構わん。魔獣出現には間に合っているからな。それに、小隊長が真っ先に到着しておく規則はない」


彼女のさっぱりとした性格を表すような言葉が返ってくる。その言葉にほっとしつつ、緋海は自身の小隊に属する隊員たちへ目を向ける。整列をした隊員たちは、すでにセーフティを外し終え、いつでも動ける準備が出来ている。


「第六小隊、準備は?」


返答の代わりに、全員が一斉に足を揃える靴の音が響く。それを聞くと緋海は頷き、出現予測地点である中央区第三区の方へ向き直る。


すでに魔獣出現の予兆として、その周囲の景色が歪み始めていた。


魔獣災害。異界から現れる魔獣による、現世の蹂躙。出現での空間歪曲にて起こる建造物の破壊をはじめ、出現中の五分の間に行う移動による破壊と生物の捕食。そのタイムリミットを迎えた時、何事もなかったかのように消失してしまう存在である。


『キメラ、出現します!』


オペレーターの声を合図にするように、歪んでいた景色が、突如その歪みをぐにゃりと大きくした。空間が捻じれ、ゆっくりと戻っていくその中心に、魔獣は現れていた。


ランク:キメラの特徴として、現世の様々な生物が合わさった姿をしており、過去の神話に現れる生物になぞらえた呼称が付けられた。今回のキメラは獅子の頭部に牛の体、そしてそこに巣食うように、胴から何匹もの蛇がその身をくねらせて生えている。なにより、各個体の巨大さが挙げられる。本個体は全高、目測約一五メートル。全長、目測三〇メートル。これでも観測記録上では平均的な大きさである。これをフェクターが協力し、最小限の被害に抑えて討伐しなければならない。


空間が完全に戻った時、空気が叩きつけてくるように強く吹く。爆発音の聞こえない爆風のようだった。だが、誰一人それに屈することなくキメラと対峙する。


「総員、戦闘開始!」


荒井の叱責にも似た合図に、第九小隊の隊員たちはライフル型のマギアを構える。第六小隊の隊員たちも同型のマギアを持っているが、まだ構えようとしない。一発目が一斉に放たれた瞬間、第六小隊がようやく構えた。


「前線、行くぞ!」


緋海の声と共に、各隊五名ずつがキメラへ向かっていく。いずれもその手には、両刃の剣やレイピアが握られており、近接戦闘へ割り振られた隊員たちだ。


魔獣は魔力の塊が生物の形を真似て現れているだけであり、肉体というものは存在しない。一説には肉体を得るために捕食しているとも言われているが、捕獲しての研究が行えない以上その真偽は定かではない。魔力は物体に干渉することが出来るため破壊が可能だが、逆に物体が魔力に干渉することは行えない。そのため魔獣にダメージを与えるためには、同じ魔力をぶつけるしかない。


銃型のマギアには実弾が込められているが、大気中に人間の魔力が放たれると安定しないためその触媒としての役割を果たす。さらに弾丸だけでなく、銃のライフリングに魔力付加が施されているため、魔獣に対し非常に威力のあるものとして撃ち出すことが可能となっている。


だが、どれだけ撃ち込んだとしてもそのダメージは微々たるものだ。第九小隊の続けざま、第六小隊の撃った弾が着弾した痕跡は残るが、すぐに塞がってしまう。一瞬怯みはするが、すぐに活動を再開する。


その一瞬の怯みだけでも、近接戦闘を行う隊員たちにとっては好都合だ。前足を上げて威嚇する、その着地点にマギアの刃を置いておくだけでそこに落ちてきてくれる。動きが止まるだけで、後ろ足を斬り落とすだけの余裕が生まれる。


号令を飛ばした緋海は、なおもその場に留まってキメラを見据えている。深く息を吸って、浅く息を吐き、さらに深く吸って、止める。左足を軽く後ろへ引き、柄へ右手を添える。もう一度、浅く吐いて、先刻以上に深く吸い、そして止める。柄を握った瞬間、左足を大きく後ろへ引くのに従って、腰をそちらへ大きく回す。体幹の回転で生まれた動きは、鞘の可動域を広げて最小限の抜刀へ繋げる。鞘滑りの音すらも響かない神速の域の抜刀は、刀身に魔力を帯びることでさらに加速する。抜刀と同時に振り抜いた結果、緋海の込めた魔力は弾丸に込められた魔力とは比べ物にならない速度と威力で放たれる。


衝撃波にも近い意味合いを持って放たれたため、キメラは自身が頭から尾まで両断されたことに気付かない。そのまま動こうとして、逆袈裟に斬られた体が傾き、ずるりとずれ落ちる。


魔力の形状を維持できなくなった魔獣は、タイムリミットを迎える前に消え失せる。その例に漏れず、緋海の刀傷を受けたキメラは、一瞬の間を置かずして霧散した。


「相変わらず、派手にキメてくれるな」


残心を置いて静止していた緋海は、荒井のその言葉が終わる頃に悠々と納刀した。先程以上に深く息を吸い、肺の全てを吐き出さん勢いで息を大きく吐く。溜め息にも似たそれが、彼の抱えていた緊張を物語る。


「お疲れ様です、隊長」


飛び出していった第六小隊の一人が、緋海の元へ戻ってきて首を垂れる。それに対して、彼は何も言葉を返さずに頷いてみせるのみ。だが頷きを見て満足そうに顔を上げると、隊員はその場を後にした。


「第九の皆さんの助力もあってです。助かりました」


「お前一人だけでも討伐できていそうだったけどな」


一撃にて討伐してはいるが、それはあくまで先んじて与えてあるダメージのおかげだ。第九から第六への矢継ぎ早な弾丸の応酬に加え、近接対応の隊員たちが四肢にダメージを与えただけでなく、それぞれに襲い来る蛇を返し刀でいなしていたこともあってダメージの蓄積をすることができた。それがなければ、緋海の一撃は前方に留まるダメージ止まりであっただろうし、決定打にはなり得なかった。


「また近い内、合同演習お願いします、荒井さん」


その申し出は想定外だったのか、切れ長の目を見開く荒井。八つほど年下の、それも役職を与えられていながら今日学生を終えた若い実力者に、こうも素直に頭を下げられると戸惑ってしまう。それほどまでに、フェクターに対しての緋海は純粋に、貪欲に強さを求めていた。


「……あぁ、それは願ってもない申し出だ。こちらこそ助かるよ」


緋海に対して、荒井はただ才能を与えられただけの人間なのだろうと考えていた。しかし、作戦を重ねて共同戦線を続けて見直していくことや、小隊長同士でのやり取りでも堂々として役職を果たす姿を見て、才能だけでは語れないものを持っているのだと認識を改めた。こういった積み重ねがあって、最年少フェクター小隊長を務めあげているのだろう。


口元を緩める荒井と、深々と頭を下げる緋海。二人の若き小隊長のインカムにだけ、通信が投げられる。


『二人とも、この後時間は作れるか?』


労いの言葉よりも先に予定を尋ねてきた声は、オペレーターとは違う柔らかな女声だった。小隊長のみに開かれた回線ということ、声の主にすぐ気付いたこともあり、先程の戦闘とは違う緊張が走る。


「……荒井はすぐにでも」


「……緋海も、同じく」


互いに顔を見合わせ、怪訝な表情で次の返答を待つ。


『では、本部で待っている』


その言葉で切られた回線と、後には首を傾げ合う二人の小隊長が残された。

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