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第三次魔女戦争

赤いドレスを身に纏う背の高い女は、街を歩けば誰もが振り返るような美貌だった。だが、今集めているのは視線、だけではない。きらびやかに着飾って、彼女は街の大通りを闊歩する。


賑わっているはずの街は、放たれた火で騒がしく、もう人々がここに集うことはないだろうと察することができる。大通りを作る左右の建物たちは例外なく燃え、そして女の背後の家々は完全に燃え落ちてしまっていた。


彼女の爪先を辿れば、一個中隊全員がライフルを構えて狙いを定めている。火が爆ぜる音が辺りを包んでいるのに、彼女のヒールの音が一際大きく響いた。それに合わせて、否、恐怖したからこそ一斉に銃口が火を吹いた。


文字通りハチの巣になるほどの銃弾には、破壊を目的とした魔法付加(エンチャント)が施されている。通常であればこの魔術付加は、鉱山採掘や建物の解体に用いられる。一人の人間の殺害を目的にするには、とても過ぎた魔術付加なのだ。一発でも、それこそ体のどこかに掠る程度にさえ触れてしまえば、その瞬間血肉は爆ぜてしまう。


そう、触れなければその効果は発動しない。


マズルフラッシュの瞬間、彼女と銃弾たちの間に火柱が上がった。銃弾はその火柱に呑まれ、溶け、一つ残らず蒸発してしまった。爆発に等しいその火力は、上がった場所から一〇メートル以上離れているはずの前列の兵士たちの肌を、一瞬でただれされるほどの火力を持っていた。


無数の絶叫が上がり、一個中隊いた兵士の半数以上が倒れ伏した。銃弾を放った瞬間に爆ぜ散っている彼女の整った肢体は、変わらずそこにある。


「今度は溶けない弾作ってきな」


装いとは裏腹に、獰猛な笑みを浮かべて強い語気を吐き捨てた彼女は、ヒールを鳴らしてまた悠々と歩き始める。






人形を思わせるほど、銀髪の少女は整った顔立ちで無表情を携えていた。真っ白なワンピースは、この戦場には似つかわしくない。


増幅の魔法付加を施された手枷を付けられ、魔導犯罪者たちはその腕を少女に向ける。明確な殺意を持って、いくつもの魔法が放たれる。


彼は、炎を。彼は、風を。彼女は、呪いを。彼は、毒を。彼女は、鉄塊を。彼は、彼女は、彼女は、彼は、彼女は。


それらは決して、少女に当たることはなかった。魔導犯罪者たちの間に、一陣の風とバチッという音が舞い込んできた。その音を耳にした時、まるで糸が切れたように彼らは倒れることとなった。


少女の体躯の小ささから、素早さに秀でているのは明らかだ。しかし、あまりにも速すぎた。かき消えた少女は、瞬く間もなく彼らの背後に立っていたのだ。


「もうちょい早くないと、殺せんよぉ」






女はひどく、退屈そうにしていた。その下に兵士たちの亡骸を積み上げ、その不遜さは玉座に身を預けているようだ。自身が手に掛けた亡骸に胡坐をかいて、頬杖までついて地を見下ろす彼女は、豪快にゆったりと欠伸をしてみせる。


獅子を思わせる金髪に、欠伸で覗いた犬歯の鋭さが相まって動物的に思わせる。似合わないはずの亡骸の座でさえも、そこにある彼女の容姿には霞んでしまうほど猛々しく、そして美しかった。


彼女の周りには、もう物言わぬ死体しか転がっていない。積み上げられていないものは、濡れた土や赤い石畳に転がされてその生を終えていた。


逃げるように路地から飛び出してきた一人の兵士が、無数の死体を見て硬直する。散乱する死体から逃げてきて、広場でさらに多くの死体を目にすることになったのだから無理もなかった。視線だけが彷徨い、その山を見つけてゆっくりと見上げる。亡骸を椅子にした美女という異様な光景を目にした兵士は、死体の元凶である相手と対面してしまったという恐怖からたまらず逃げ出そうとする。


だが、踵を返そうとする彼は、彼女の視線に捕まってしまっていた。絡め取られるように、その舐るような視線にすくんでしまった兵士は、やがて体を小刻みに震わせる。


「バァン」


発した擬音に合わせて、兵士の体から血液が弾けるように噴き出す。そこで頽れる兵士は、血を流しながら事切れた。


この状況に相応しくない、真っ白な満月が雲の隙間から顔を出す。月光が照らすことで、濡れた土も赤い石畳も本来の状態ではないことが晒された。まばらに濡れていること。それが死体を中心に広がっていること。染め上げているのが、死体から出された血液だということが。


「あーあ、片付けどうしよ。掃除道具忘れちゃったんだよな」






爆発音が響き、もう数百発は撃ち込まれたはずの砲弾が黒髪の美女へと向かう。土煙が上がり、一瞬遅れての轟音。人間であれば骨が残るのかも疑わしいほどの威力だった。そう、人間であれば、という前提が彼女には必要になる。


「くそっ、悪食め……」


兵士の一人が、そう吐き捨てるのが先か。土煙が晴れるのが先か。いずれにしても、嫋やかな長い黒髪が風になびいて彼女の無事を知らせていた。


「ほんと失礼ね、貴方たちは。私に悪食なんて名前を付けて」


その美女の隣には、いつの間に控えていたのか、壮年の男が立っていた。砲撃が直撃していたはずの位置に、無傷の男女。もう幾度となく見たその光景に、とうとう兵士たちは逃げ出すしかなかった。


「お前のほうについてきて正解だったな。相変わらず無茶をする」


気だるげな男は、頭を軽く掻きながら目の前にそびえる建造物を睨みつける。兵士たちが背にして守っていたそれは、おとぎ話の塔を思い浮かべれば分かりやすいだろうか。それほどまでに、この塔は現実離れしていた。傷や汚れが一点として存在しない真っ白な壁面と、入り口も窓も見当たらない不気味さ。


「あの下に行くのか……やだなぁ、こういうの。後ろめたいことしてますよ、って言ってるものじゃん」


「あなたはいつまで文句を垂れていらっしゃるの」


塔を中心として、地面はすり鉢状になっていた。その塔が、遥か空から落ちてきて、この地に突き立てられたかのようだ。しかしそうではないと分かるのは、その地面が塔と同じ真っ白な素材に覆われてその形を成しているからだ。


男女はそこへためらいなく足を運び、塔へ向かって滑り降りていく。そうして塔へたどり着くよりも先に、白い地面へ溶けるように沈んで消えた。






水の都ネーレ。監獄島ジャバ。花の都シオン。研究都市コンガルダ。海を隔てた大国、四ヶ国が同時に攻撃を受けた。宣戦布告の一時間後に、四人の美しい魔女と一人の人間が引き起こしたそれは、後に第三次魔女戦争と称される。


一夜にして軍人と民間人を含む、八十万もの死傷者を出し、八時間で決着するという異常な速度。過去の魔女戦争と比較しても、主要都市の破壊と同時に行われた虐殺の最大の被害をもたらした、世界最速の戦争である。


人間の勝利で幕を閉じた第三次魔女戦争から八年後。戦火の被害は、未だ爪痕を深く残している。


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