最悪な展開
「そう。セルジュルートの解放条件は『全て』のルートの攻略。つまり、セリアルートも通らなくてはならない。・・・・・・悪役令嬢ルートで見えた、攻略キャラの最低な一面。こんなん見て、次にそいつらに恋しろっていうほうが無理でしょ。だから、唯一の無垢なセルジュしか私の相手はいない」
レナはうっとりとした表情でセルジュを見ていた。
「小心者のクロードに、男尊女卑のエリク、・・・・・・そしてメッキがはがれた王子様のフェリクス。どれも皆クズばっかり!またやり直して、今度こそあなたを手に入れるわ、セルジュ」
浮かされたようにセルジュを見ていた目を、私に向ける。
「次のやり直しで『あなた』がいるとも限らないしね。さっさとフェリクスとくっついて、エンディングを迎えるわ」
レナはそう言ってにたりと私を見た。
だが、その空気は一変した。
「メッキがはがれた王子様とは、ずいぶんな言いようだな、レナ」
氷のように冷たい声が、階段の上から降ってきた。
階段をゆっくりと降りてきたのは、無表情なフェリクスだった。
レナの表情がひきつる。
「・・・・・・フェリクス様、いつからここに?舞踏会にいたのではなかったのですか」
フェリクスはつまならそうに答えた。
「あの場の展開に作為的なものを感じた。セリアの容態を確認しようとしても拒否され、まるで周到に準備されていたように私の責任を糾弾する者達が現れた。裏で何かが動いていると考えるのが妥当だろう?そして今この状況を起こす力と理由があるのは君だけだ、セリア。だとしたら君が向かうのはここしかない」
私をまっすぐ見つめて、淡々と話した。
フェリクスの目は私を見るだけで、レナのことを一切見ない。
レナはそれを見て、自分がとてつもない失態を犯したことに焦ったのだろう。慌てて口を開いて弁解しようとした。
「フェリクス様、私は・・・・・・」
「黙れ!汚らわしい口を開くな!」
フェリクスの怒号が響く。
「その奴隷の代わりに俺を選ぶだと?どこまでも自分が偉いと思っているようだな。おまえは聖女。だが、墜ちた聖女だ。私を選ばず、他の男に手を出した」
レナをゴミのような目で見た後、フェリクスは私を見て言った。
「・・・・・・セリア。またやり直そう。以前のように仲睦まじい関係になろうではないか」
フェリクスの調子のいい言葉に、頭に血が上る。怒りで体が燃えるように熱いのは、きっと元の持ち主のセリアの気持ちも含んでいるからだ。
「仲睦まじい?笑わせないでください。あの頃の私たちの関係はそんなものではなかった。セリアが一方的にあなたを慕っていただけでした。あなたはセリアを受け入れようとも歩み寄ろうともしなかった。それが、どんなに悲しかったことか!」
叫びながら、胸が張り裂けそうになる。
これはセリアの痛みだ。親から決められた婚約者だったが、彼自身に惹かれていったセリア。自分に興味のないフェリクスを振り向かせようと、一生懸命がんばった。不器用なほどまっすぐに。
けれど、それは自分に言い寄る他の令嬢と同じように写り、フェリクスの気持ちは離れていくことになった。
どうすればいいのかわからず、意固地になり、家にも学園にも居場所がないセリアが唯一持っていた『皇太子の婚約者』という立場。
彼から嫌われたらそれすらもなくなってしまう。セリアの心は純粋な恋心ではなく依存になってしまっていた。
何が悪いのか、どうすればいいのか。自分を責め続けた痛みが胸の中に浮かび上がる。
セリアはそれだけ苦しんだのに、フェリクスは自分勝手に、今更セリアに歩み寄ってくる。自分を軽んじている。
口が勝手に動く。これはきっとセリア自身の言葉だ。
「今更遅いのよ。バカ男が」
フェリクスの表情はひきつった。
自分が歩み寄れば、セリアがまた自分を見てくれると思っていたのだろう。
彼はよたよたとよろめき壁にもたれ掛かった。
蚊帳の外にいたレナは自分の評価をあげようと、フェリクスに心配そうに歩み寄ったが、その身体が大きく跳ねる。
レナの背を何事かと見つめていたが、それがすぐにわかった。
「いらない。俺を愛さない女はいらない」
フェリクスのつぶやきが地下に響く。そして、かすかな液体が垂れる音も。
震えながら振り返ったレナのおなかには短剣が刺さっていた。
赤い血がどんどんとおなかに広がり、レナはずるずると地面に倒れた。
苦痛にゆがめた顔で、私に向かって手を伸ばす。
「死にたくない。こんなところで死にたくない。私は主人公なのに、こんな死に方したくない」
ぼそぼそと呪文のようにつぶやいたレナの声は徐々に小さくなり、そして消えた。