悪役の微笑み
レナは階段を下りきって、私の前に立つ。
先ほど舞踏会で見たままの格好だったので、彼女もあの場をすぐに離れてこちらに向かったのだろう。
レナはここに私がいることに特に驚かず、淡々と話し出す。
「彼は王族の預かりで、聖女の私が監視する人物でしょう?皇太子の婚約者であるあなたがどうこう出来る相手じゃない。・・・・・・あぁ、もう婚約破棄されたんだっけ?」
レナはもう聖女の仮面はかぶらず、底意地の悪い表情で私をあざ笑った。
そして、私を無視してセルジュに手を差し出す。
「この人はあなたを守れないわ。聖女である私だったら、あなたを守ることが出きる。私と一緒に来て」
私は悪女らしくそれに笑って応戦した。
「聖女であるあなたなら守れることが出来る?笑わせないでよ。聖女の立ち位置なんて政治的にはなんの強みもないわ。フェリクスが決定したセルジュの処刑をあなたごときが覆せると思ってるの?」
レナはいらついた声で返す。
「私は『主人公』よ。私に出来ないことはないわ。世界は私を中心に回ってるんだから!」
自分勝手な言い分を叫ぶ姿は滑稽だった。
そんな相手に礼儀もきちんとしたコミュニケーションを取る必要もないだろう。もうこれが最終決戦。最後に全部吐き出してやる。
「その世界は、私がぶっ壊してあげたわ」
続けて、私はレナに言った。
王族と貴族の結婚は政治的なものだ。けれど、フェリクスは勝手に婚約を破棄した。そして、結果的にこの国の外交を担うアデレード家の令嬢が自殺することになる。
彼の評判はガタ落ち。聖女と結ばれる素敵な王子様は、もうどこにもいない。
そして、婚約破棄の一因となったあなたも、もう完璧な聖女ではない。
婚約相手がいる異性につきまとっているふしだらな女であることは学園全員が知っている。
あの学園は国の縮図。つまり、将来の国の中枢の人間たちが聖女の化けの皮がはがれた姿を知っているという事よ。
「これでもあなた中心に回っている世界だといえるの?」
レナはこちらを睨みつけたが、すぐに平静を取り戻し私を小馬鹿にした。
「自殺をしたって言うけれど、あなたは現に生きている。すぐにあれが自作自演だとわかるわ」
「そうねぇ。けれど、『この世界』では人一人消すことくらい簡単なのよ。根回しさえすればね」
元々、この国の情勢は不安定だった。
他国と戦争をして大きくなっていったが、大きくなればなるほどそれを維持する能力が必要になる。
従属した他国の要人をはじめの内は処刑していたが、国を運営する側の人手不足もあり、ここ百年あまりでは能力がある者達を限定した職業で起用していた。
そういった者達は、はじめは重要ポストに就いていたわけではない。だが、その子供、その孫ともなると職業規制は緩くなり、能力が高い者は政治職につく者もあった。
中には、セルジュの国・・・・・・ターシェルの者もいた。
彼らはセルジュの処遇に心を痛めていた。
そこをクロードを通じて接触し、彼らに協力をお願いしたのだ。
セリアが奴隷で滅びた国の者を助けることに、皆はじめは困惑していたが、セルジュがターシェルでも貴重なドラゴンを使役することが出来るドラゴンマスターだということが大きかった。
ドラゴンは、自然と共存を尊ぶべきもとしていたターシェルの象徴で魂ともいえるもの。
この国で生まれて生きていたが、ひっそりと語り継がれていた自分のルーツになる国のものと会えたことに、皆魂をふるわせたという。
私の死の偽装は、その者達と協力したというわけだ。
今頃、あの死体は公的には本当にセリア・アデレードの死体になっている。
死を忌み嫌うこの国の人たちが嫌煙する職業についたターシェルの者達が、死体の埋葬や管理をする立場からセリアの死を『本当』にした。
「人の死を偽証することは不可能ではないのよ。特に、この世界には『戸籍』がないしね」
レナが私を信じられない目で見る。
「戸籍って・・・・・・やっぱりあなたもこのゲームに転生してきたのね」
「だとしたら?」
「さいあく・・・・・・最悪最悪!だからこんなことになったの!私の引き立て役に
過ぎない悪役が、でしゃばってんじゃねーよ!」
レナは怒り狂い、いまにもこちらへ殴りかかる勢いだった。
だが、すぐに怒りを静めて笑い出す。
「・・・・・・あはは、もう良いわ。このルートは終わり。目当てのセルジュが手に入れられないなら、もう用はないわ。・・・・・・私はね、何度もこの世界を楽しんでいるのよ。つまり、あなたのルートもたどっている」
「私の?」
レナはにたりと笑う。それはゲームのスチルでよく見たセリアの笑みとそっくりだった。




