最終決戦開始
身体が宙に浮いて、次に来るのは地面にたたきつけられる衝撃のはずだがそれはこなかった。
すぐ下に張られた天幕に背中から着地する。
天幕は舞踏会が開かれた講堂の下にある貴族用の控え室とつながっており、その部屋のテラスへ滑り込んだ。
それと同時に、天幕を結んでいた紐は切られ、私と同じテラスへ回収される。
それを手伝ってくれたのはエリクだった。
「まったく、無茶をしますね」
小声で話すと、エリクはすぐに私を立たせて控え室へ引き入れた。
直後に、上からフェリクスをはじめとした貴族達が下をのぞき込んで悲鳴があがる。
「下には昨日処刑された女の罪人を顔をつぶして寝かせています。しばらくは時間を稼げるでしょう」
「し、死体?身代わりは人形という話だったと思うけど・・・・・・とにかくありがとう。クロードは?」
「今、舞踏会へ向かっています。あなたの死と、フェリクス殿下の失脚の道筋をたてるため」
ちょうどその時、上のテラスからクロードの声が聞こえた。
「殿下。あなたから婚約破棄を言い渡されて、妹は身を投げたということですか!?なぜ突然・・・・・・!」
多少演技がかっているが、よく通る声でフェリクスに詰め寄っている。
「我が家の使用人を守ろうとした妹の行動は、王族と貴族の婚約を取り消すほどのものでしょうか!そして、幼い頃から殿下の許嫁として生きてきた彼女の命を自ら絶たせるほどの事でしたか!」
上のざわめきが下の部屋まで響いてくる。私が落ちたことでショックを受けて退出する者、状況がわからず舞踏会を取り仕切る学園関係者に詰め寄る者、そしてフェリクスとレナを非難する者。
混乱は徐々に大きな物となる。上の講堂はこの国の縮図だ。国内有数の貴族やフェリクス以外の王族も一部集まっている。
その皆がフェリクスとレナに非難の目を向けている。
状況は整った。
私はエリクに目を向けた。
「じゃあ、私はこれからセルジュが捕らえられた別宮に向かう」
エリクは私に紙と鍵を差し出した。
「別宮の隠し通路が記されています。王族の脱出用に昔作られたもので、これを知るのは極限られた者だけ。そこから中に入れるでしょう。鍵はセルジュの地下牢を開けるものです」
私はそれを受け取り、エリクに言う。
「ありがとう。・・・・・・それにしても、死体を用意したのは驚いたわ」
私が考えた演出はテラスから落ちるところまで。
下に同じドレスを着せた等身大の人形を用意し、上から見れば人が倒れているように見せかける。舞踏会からの脱出のための作戦として、エリクにその手配をお願いしていた。
「人形では大した時間稼ぎにならず、すぐに捕まってしまいますよ・・・・・・王室と深い関わりのある騎士は、汚れ仕事も時として請け負うので、伝手はあるんです」
「・・・・・・あなたも苦労してるのね、私が言えた義理ではないけど」
エリクは静かに笑うだけだった。
講堂から抜け出し、裏手に用意していた馬車に乗り込み別宮へ向かう。
騒ぎが外にまで大きくなる前に抜け出せたことで、スムーズに移動をすることが出来た。
目的地の少し手前で馬車を止める。
別宮の庭を守る兵士達に、私の顔を見せて中に入る。
彼らは先ほどの騒ぎの情報は届いていない。まだ皇太子の婚約者である私は顔パスだった。
ここまでは想定内。
隙を見て庭の通路からはずれ、エリクから渡された地図にある印の方向へ向かう。
別宮は元々人が少なかったが、今日は舞踏会があるので尚更なようだった。
印の位置まで誰にも会わずにたどり着いた。
別宮の地下に続く道は古びた煉瓦作りのものだった。だいぶ使われていないのか埃まみれで、月の光でかろうじて足下だけは見えている。
時間がない。転ばないように、けれど足早にかけていく。
崩れた石で途中つまづきながらも、別宮のものと思われるドアにたどり着いた。
鍵を差し込み、静かに回す。
音を立てながらドアが開ける。
そこはエリクの言った通り、地下牢だった。
松明の明かりがぽつぽつとともっていた。薄暗さと石畳による冷たさで、身体の芯から凍るような場所だ。
前に自分も捕らえられたが、そこよりも待遇はひどかった。
「お嬢様・・・・・・・?」
それは久しぶりに聞く声だった。
私は地下牢の一番奥へと歩みを進める。
すると、鉄格子越し顔を出してこちらを見ているセルジュがいた。
呆然とした顔で私を見ている。前よりやつれて、声もかすれていた。
乾いた目は徐々に潤み、今にもあふれ出しそうだった。
「セルジュ、助けに来たわ」
鉄格子にかけられたセルジュの手に、自分のものを重ねる。
冷え切っていて、かさかさとしている。彼が今まで悪い状況に置かれていたのを物語っていた。
セルジュは私に問いかけた。
「なぜこんなところに・・・・・・危険です!」
私が正規のルートで会いに来たのではないとわかったのだろう。セルジュは焦った顔をする。
「私はあなたを助けに来たの。今すぐここから出るわよ」
エリクから事前に渡されていた地下牢の鍵を鍵穴に差し込もうとしたとき、牢からセルジュの手が延びて私のことを止めた。
「私のことを助けたらお嬢様の立場が危うくなります!私のことはいいのです・・・・・・私の命を助けるためにお嬢様が危険な目に遭うのは嫌です」
もう処刑の事を聞いていたのだろう。震えながらも、セルジュは笑って言った。
「最後にお嬢様に会えて私は幸せ者です。さぁ、人がくる前に早く・・・・・・」
私はセルジュの手をつかみ直す。
「セルジュ、私はね。あなたが支えだったの。この世界で生きていくのに必死だった私を支えてくれたあなたがいなかったら、とっくに死んでいたかもしれない。だから、私の命をかけてあなたを助けたい。これは私の望みなのよ」
鍵穴に差し込み、ドアを開ける。私はセルジュに手を差し出しながら言った。
「私と一緒に、この先も生きてくれる?」
セルジュは涙ぐみ、迷いながらも私の手を取った。
「僕なんかでいいんですか」
「あなたがいいの」
二人で笑いあい、セルジュを引き寄せた。
「さぁ、ここから早く脱出しましょう。ここの奥にある地下通路で・・・・・・」
脱出の手順を説明しようとしたとき、足音が響いた。
音は私が来た方と逆の、別宮の建物から降りる階段から聞こえてくる。
足跡の主は一人で、ヒールの音からして女性だ。もうすぐそこまで来ている。姿を隠すところはない。
私はセルジュを後ろに下がらせながら相手と対峙した。
姿が見えて、さらに体に力が入る。
「やっぱり、あんただったの」
階段を下りてきたのは、レナだった。
私を煩わしそうににらむ姿は、前世で最後に助けた女子高生そのままの顔だった。
セリアとしてだけじゃなく、前世の自分にも因縁のある相手だったなんて。
・・・・・・絶対に負けるわけにはいかない。私の全存在をかけて勝負してやる。