フェリクスの秘密
テラスへ出ると、心地の良い風が吹いていた。
舞踏会の人混みで少し暑かった身体には気持ちがいい。
テラスを出る前にもらったグラスを傾けながらフェリクスに尋ねる。
「お話とは?」
フェリクスは私をじっと見据えていった。
「あなたの使用人の処遇を伝えようと思ってな」
「・・・・・・どのようにされるのですか」
「王族を害した罪で、処刑が決まった。あなたの使用人ではあったからな。私の口から伝えさせてもらった」
もうこれは決定事項なのだろう。けれど、最後に誠心誠意頼んでみる。
作戦は始まっている。けれど、引き返すことが出来るのではと一抹の希望に手を伸ばしてみた。
セリアからフェリクスへの最後のお願いだ。
「その決定、覆すことはできませんか。彼は王族に危害を加えたのではなく、私を守ろうとしたのです」
「だが、私に命の危機が迫ったのは事実。それに、婚約者のあなたの命だって危なかった」
「その婚約者としてのお願いです。彼の命だけでも、どうか・・・・・・」
「・・・・・・まるで、あいつの命を守るために私と婚約をしているみたいだな」
フェリクスの怒りが徐々にあがっていくのがわかる。
交渉決裂。
もう私の言葉は彼に届かないだろう。希望が消えたのなら、いばらの道を進むまでだ。
私はさらに彼のボルテージをあげることにした。
「私とあなたは元々政略結婚でしょう。国を安定させるために自分の意志とは関係なくあなたと結婚するんです。代償を払うのであれば、大切な人の命を守る権利くらいはいただきたいですね」
フェリクスは声を荒げた。それは今までの王子としての仮面が剥がれた瞬間だった。
「おまえは!私のことを慕っていただろう!私の都合を考えず私につきまとっていたくせに!まるで私への思いが無いような言い方はなんだ」
まるで癇癪を起こした子供だった。
ゲームで夢中になったフェリクスの姿はどこにもない。これが彼の・・・・・・
ここでゲームウインドウが表示された。
『悪役令嬢ルート限定シナリオが解放されました。「フェリクスの秘密」を見ますか?
1 はい
2 いいえ』
ついに、最後の秘密が暴かれる。
自分の作戦に影響があるかはわからないが、ここで得られる情報でストーリーが変化するかもしれない。
私は『1 はい』を選んだ。
身体の主導権が取られる。自分の口が勝手に開く。
「自分が愛されていないと我慢がならないお姫様みたいな性格、いい加減どうにかなりません?」
「・・・・・・なんだと?」
「つきまとってくる私を迷惑がっていましたが、結局はそれがうれしかったのでしょう?というより、それが当然だと思っている。だから、自分が愛されない状況が嫌でしょうがないのでしょう。まるで小さい子供みたいですね。国の王になる器とは思えませんが」
「自分が不敬なことを言っていることがわかっているのか?」
フェリクスの怒りは相当なものだが、口は止まらない。
「あなたは自分が『国民に慕われる皇太子』だと思っているかもしれませんが、それは勘違いです。皆、皇太子のあなたが好きなのであって、あなたが好きなのではない。高圧的で独善的な人間のあなたのことを好きになる人間なんていないでしょ?」
「嘘だ」
「嘘ではありません。婚約者がいる身でありながら、別の女性と距離が近いところなどは女生徒から軽蔑されていますし、生徒会の業務は雑で不備が多いと一部男子生徒からも不評です。殿下が間違えた計画を裏でなおしている人間がたくさんいることをご存じなかったのですね。そんな人間が王になることを懸念している空気もあります。知りませんでしたか?」
生徒会の仕事で懸念されていたとは。
考えてみればお茶会の準備などはクロードが主導のようだった。皇太子として実務をやるわけではないのだろうとそのときは思っていたが、単純に仕事の戦力として考えられていなかったようだ。
皆のあこがれの皇太子は、実はそうでもなかったという訳だ。
「そんな人を好きになってくれる人はいるのでしょうか?」
それがフェリクスの秘密。
フェリクスはうつむいて震えていた。だが、はじかれたように顔を上げて、こちらを憎悪の目で見た。
「レナがいる・・・・・・おまえなんていなくても私にはレナがいる!婚約破棄だ!」
その大声は舞踏会へ参加したすべての人の耳に入るほど響きわたった。
皆の視線が、私とフェリクスへ集中する。
フェリクスはその視線に気付いていないのか、私の首に巻かれたドレスの装飾のリボンをひっぱり自分にたぐり寄せた。そして私の耳元でささやく。
「おまえのことは悪行をつくした女として処刑してやる。あの使用人の死に目を見させてからな」
これが彼の本性。恋愛対象どころか、人としても最悪だ。
ちょうどそのとき、待ちかねていたようにレナが現れた。
「フェリクス様、どうなされました?」
レナがフェリクスに手を差しだし、二人で寄り添う。
今、まさにゲームでの断罪シーンがそのまま再現された。
あと待ち受けるのは私の死のみ。それで物語はハッピーエンドとして完結する。
でも、これこそ私が待っていた展開だった。
皆が注目する中、私はグラスをわざと落とす。
周りの視線がフェリクスとレナの二人から私へ集中したのを見計らって、顔をゆがめて涙をこぼした。
「殿下!私はあなたがどのような方をそばに置こうと、皇太子妃としてのつとめを果たそうと今までの心を改めて、国と殿下へ尽くすと誓いました!けれど、それももう殿下へ届かないのですね・・・・・・」
フェリクスは振り返って困惑する。
「誓い?いったい何の話を・・・・・・」
隣のレナも怪訝な顔で私を見ている。
私は困惑する二人をおいてけぼりにして話を続けた。
「殿下がアデレード家の令嬢である私との婚約でより国の内情は安定する。ですが、殿下はそれよりも聖女様と結ばれる事をお望みなのですね。国より、ご自身の欲望を優先すると。そしてレナ様」
レナはびくりと肩を揺らす。
「聖女様は、清らかな存在だと思っておりました。・・・・・・人の婚約者に近づくような方でも、聖女になれるのですね」
聴衆の前で、思い切り二人をこきおろしてやった。
平時であれば不敬罪ものだが、婚約者が涙を流しながらであれば、ショックのあまり多少口が過ぎる・・・・・・と周りにはとってもらいたい。
涙を流しながらも、周りの気配を伺いつつ二人に目をやった。
フェリクスは怒り、レナも悲劇のヒロインぶろうと泣く体制に入っていた。
ここで空気を変えられるわけにはいかない。レナが動くより前に私が最後の一芝居を打った。
「ですが、そのお二人の醜聞もわたしという婚約者がいればのこと。私さえ消えれば、すべて丸く収まるのです。悪女としてご迷惑をかけた私が最後に唯一できること」
なるべく通る声で話ながら、私は手すりに手をかける。
月の光を背に受けながら、皆に言った。
「婚約破棄を受け入れます。私の死によって、この国がさらに繁栄しますように」
そう言って、身体を後ろに傾けた。
皆の悲鳴の中で、最後に見たのはフェリクスとレナの顔。
フェリクスは顔を驚きでゆがめ、レナはこちらを睨みつけていた。
その表情はどこかで見たものだった。体が宙に浮かび、落下する感覚で前世の最後を思い出す。
投げ出される自分の体。階段の上でこちらをにらむ顔。
そして気がついた。あの顔は、前世の最後で見た顔だ。