もう1人の協力者
独房で会った時以来見ていなかったエリクは憔悴していた。
顔色は悪く、頬もこけている。騎士としての清廉な空気はなく疲れ切っていた。
「突然訪ねてすまない」
エリクはそう言って、少し頭を下げる。
殊勝な態度をしているが、地下牢でのことを考えると冷たい返答をしてしまう。
「何の用?」
無表情で言えば、まるで傷ついたとばかりにエリクは顔をゆがめる。
今までの自分のセリアに対する態度に比べれば大したこと無い対応だと思うが、彼にとってはキツいものだったらしい。
見かけと違って打たれ弱いようだ。
「本来であればセリア殿の前に顔を出すべきではないとわかっているのだが、あなたの使用人のことで話があるんだ」
セルジュの?
クロードと二人で顔を見合わせ、エリクに話すよう促す。
「使用人は別宮にとらえて、今後国で保護していくことにしたと前に言ったが、事情が変わってきた」
「事情?」
「あぁ。殿下が、彼の処刑を主張している」
その言葉に、心臓が止まりそうになった。
頭が真っ白になりながらも、エリクに尋ねる。
「処刑ってどういうこと。レナが彼を監督するのではなかったの」
「当初はその予定だった。だが、先日急に殿下が提言したのだ。レナの聖女としての力はまだ不安定。ドラゴンマスターを完璧に押さえられるかわからない。それに、聖女としての役割が本格化すれば各地に赴いて人々の役に立たねばならないときがある」
フェリクスの主張はつまりこういうことだ。
学園を卒業すると、レナは正式に聖女としての役割を果たすことになるらしい。
紛争地域や疫病が流行る場所など、聖女の力が必要なところに出向き、彼らを癒す仕事が待っているのだという。
場合によっては、長期間にわたって王都から離れなければならない。
付きっきりというわけにはいかないので、監視の役割を果たせないのではないかという意見だった。
現状、ドラゴンの力に対抗できるのは聖女のレナだけ。
国の力にもなるが、国を滅ぼすこともできるのであれば、その驚異を排除しておくべきたということだった。
「レナが反対していますが、この国に来たばかりの聖女に政治的影響力などない。処刑する方向に確実に進んでいくでしょう。・・・・・・意見を変えたのは、先日、あなたと昼を共にした後のことでした。あなたが何か言ったのではありませんか?」
嫉妬に染まったフェリクスの顔を思い出す。
もし、これが私への感情がきっかけで動いてしまったことだとしたら。
フェリクスへの怒りが沸く。
自分に言い寄ってきた時はセリアを邪険にしたくせに、離れると追ってくる。権力をつかって、人の命で揺さぶりをかけて。
もうなりふり構ってはいられないところに来ているようだ。
私はエリクに言った。
「状況はわかった。・・・・・・で?あなたはそれを私に伝えにきてどうしたかったの」
善意で伝えに来てくれたかもしれないが、この前のことを考えるとそうは思わない。
案の定、エリクは罰が悪そうな顔をして話し始めた。
「前に、セリア殿が私に対して言ったことを考えていた。本性はわかっていると。・・・・・・あれから注意深く周りを見て、それを実感したよ。入学当初は私の後を付いてくる女生徒が多く、煩わしいと思っていたが今では私に話しかける者は皆笑顔ではあるが必要最低限のことしか話さない。煩わしいと思われていたのは私だったんだな。国と民のために尽くす騎士のはずが、その民の中に女性が入っていなかったんだ」
エリクは自嘲気味に笑い、そして私に真剣な顔で向き合った。
「これまでの態度をわびる。申し訳なかった。だがいくら謝っても今までの非礼には足りないだろう。・・・・・・使用人を助ける手助けをする」
そう言って、エリクは私に頭を下げた。
正直、エリクに謝られたところでなんとも思わなかった。
嫌な思いをしたのはセリアだし、彼とは今後関わることは無いので関係性の改善をする労力も払うつもりはない。
けれど、彼はフェリクスの護衛騎士。セルジュを助けるために必要な駒かもしれない。
使えるものはなんだって使ってやるわ。
「では、私に協力してくれますか。処刑される前にセルジュを救い出します」
エリクから得られた情報では、別宮の警備は学園祭の日に一番手薄になるらしい。
この国有数の貴族が集まる学園の最大のイベントで、貴族の親たちも参加する。
国の重要人物が一同に介する場であるため、警備がそこに集中するということだった。
当日の警備は精鋭が担当し、別宮の警備は人員を減らしなおかつ新兵にさせるようだった。
その状況を使って何か出来ないだろうか。
ゲームの展開と、今の状況を夜通し考えて今後の作戦を考える。
今のゲームの流れ、フェリクスの態度と行動、レナがどう出るか・・・・・・考え抜いて出した結論は、危ない橋を渡るものだった。
クロードとエリクにそれを伝えると、二人とも顔がひきつっていた。
「正気か?」
「うまくいくのだろうか・・・・・・」
渋る二人に、凄んでみせる。
「あなたたちはサポートするだけでいい。だから、私を信じて」
決戦は学園祭。ここですべてが決まるのだ。




