最初の選択肢
頭を抱えていると、突然ドアが開く。
驚いて身を起こすと、メイドが部屋に入ってきた。
なにも言えない私に気を止めることもなく、嘲るような目線で用件だけ伝える。
「クロード様がお呼びです。お部屋まで来てくださいとのことでした」
それだけ言うと、さっさと部屋から出て行った。
残されたのは、寝間着姿の私。
普通、メイドであれば主人の着替えや支度を手伝うものだろう。
ゲームでも、異世界転生してきた主人公がメイドに着替えを手伝ってもらうシーンで戸惑っていたのを覚えている。
だが、彼女はそんなそぶりもなく出て行った。考えてみれば、許可なく入室してきている時点でおかしい。
通常ルートでは、セリアはアルガード家で威張り散らして、使用人から嫌われていた。
家の金を浪費し、厄介者になっていたということだった。
この状況はどういうことだろう。通常ルートから想像していたものとは違う。
だが、ここで考えていても埒があかない。
ひとまず、クロードの元へ行くべきだ。
クロード・アデレード。
この国の宰相の息子で、名門貴族アデレード家の次期当主。そしてセリアの兄だ。
あわててクローゼットを開けて、ドレスを選んで着替える。
手早く髪をまとめて、部屋のドアを開けた。
外で待機していたメイドは驚いた顔をして私を見た。
自分の準備は人に任せることが当たり前の貴族の娘が、一人で出てきたことにおどろいているのだろう。
いつもだったら準備を手伝わないメイドに怒り、物でも投げてくるセリアが自分でドレスを着て髪まで整えている。
それが信じられないようだった。
ポカンとしたままのメイドに言う。
「クロードの部屋に案内しなさい」
分かり切っているはずの兄の部屋への案内を頼んだが、それを疑問に思えないほど驚いていたようだ。
案内される間、周りのメイドや執事の反応はひどい物だった。
セリアの目の前で嘲る表情を隠さず、聞こえるように陰口を言っている。
ゲームの中ではセリアはアデレード家で暴虐不尽に振る舞っているという設定のはずだった。
どうやら、この状況は私が考えているものとは違うようだ。
考えていると、メイドが一つの扉の前で止まった。
どうやらここがクロードの部屋らしい。
緊張して、体がこわばる。
これから会う相手は、重要な登場人物だ。
そして、ゲームのシステム通りだったら私の命運に関わる人。
攻略対象との会話で選択肢を間違えれば、バットエンドが待っている。
だが、ここで固まっていてもこの訳わからない状況が変わる訳じゃない。
私は意を決して扉を開けた。
扉を開けた先に待っていたのは、ゲーム画面でずっと見ていたクロード・アデレードだった。
『聖女の選択』の国の宰相の息子で、国内有数の貴族アデレード家の次期当主。
そして、悪役令嬢セリアの兄だ。
こうして間近でみると感動する。
ゲームスチルがそのまま立体になったように、三次元化していた。
間近で見るクロードは清廉な美青年だった。派手ではないが、端正な顔立ちをしている。
目はセリアと同じグリーン。だが、髪が異なる。
アデレード家はセリアを含めて金髪だが、クロードは黒髪だ。
彼はアデレード家に養子としてやってきた。
セリアの父親の親友の息子だったが、その親友が亡くなってアデレード家に引き取られたというわけだ。
養子だが、父親は分け隔てなく育て、クロードもまたその期待に応えて学業成績は優秀。
家の者からの信頼も厚く、実子のセリアをさしおいて次期当主となっている。
ゲーム中では、クロードは主人公に対しては穏やかに接していた。
学園に急に転校してきて、勉強についていけない主人公に教えてあげたことをきっかけに仲良くなる・・・・・・というのがクロードのルートのシナリオだった。
ゲームの表情とは違い、クロードは冷淡な顔をして私にソファに座るように促す。
私が座ってすぐに、クロードが口を開いた。
「学園でまた問題を起こしたようだな。アデレード家に泥を塗るような行いは慎むように言ったはずだ」
問題を起こす・・・・・・とは何をしたのだろう。
ゲーム中のセリアの行動を思い出すが、思い当たることが多すぎる。
主人公に毎日のレベルで嫌がらせをしていたので、学園の悪い話題の中心は良くも悪くも彼女だった。
なんと答えていいか黙っていると、クロードが続けた。
「反省の色無しか・・・・・・なんとか言ったらどうなんだ?」
クロードが言い終わった途端、目の前にゲームでよく見たウインドウが表示された。
驚いて身じろぎし、とっさにクロードを見るも特に何の反応もしていない。じっとセリアを見るだけだ。
どうやら、このウインドウは私にしか見えていないらしい。
ウインドウを見ると、こう書かれていた。
『クロードに学園での騒動について問われています。なんと答えますか。
1 あんたに関係ないでしょ
2 養子の分際で何様?
3 (無視)』