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悪役令嬢に転生したけど、最悪の選択肢しか選べなくて処刑ルートまっしぐらな件  作者: 冬原光


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不穏な前触れ

保養地へは転送魔法で移動したので一瞬だった。

学園の部屋に集められて、魔法陣の中に立つ。足下から光があふれて目をつぶる。

光が収まって目を開ければ、目の前には湖の美しい光景が広がっていた。


隣に立っていたセルジュが感嘆する。

「美しい湖ですね。色が変化しています」


セルジュの言うとおり、湖が風が起こす小さな波に反応して水色から菫色のグラデーションになっていた。

「セルジュの瞳に似てるわね。きれい」


見たままの感想を言えば、隣のセルジュが照れて赤くなっている。

かわいいなと彼の顔を見ていたが、その拍子に見たくない存在が目に飛び込んできた。


レナがこちらをじっと見ている。


彼女は結局スキップせずにこのイベントに参加していた。

セルジュ狙いと宣言した割に、フェリクスとエリクの間に収まっている。


極力、距離をとろう。出来る限り食事の時間などもずらそう。

そう考えていると、クロードに話しかけられる。

「部屋割りを見てきたか。セリアの部屋はフェリクス殿下の近くのようだ。眺めがいい部屋らしい」


クロードはまだ私がフェリクスに気があると思っているのか、情報を共有してくる。

あれ以来、時間は多少かかかったものの普通の会話が出来るようになっていたから、私も特に気を使わずクロードに返す。

「そうなの。ところで、この後の日程はどうなっているの?」


クロードは手に持っていた日程表を開いた。

「この後は割り振られた部屋に向かう。一日目は荷解きがあるからそれで終わりだ。二日目以降は自由行動。そして最終日の満月の日、湖がもっとも美しくなる日に、皆で鑑賞会が行われる。この地方の食事も用意されるようだ」


保養が目的だからか、日程はだいぶ緩いものだった。ゲームでは、攻略対象を代わる代わる誘って湖を散歩したりしていたものだ。

そこで悪役令嬢に湖に落とされるイベントがあったっけ。

最終日の前の日で、セリアはアデレード家に強制送還されていた。


もちろん、今回のイベントで私がレナを湖に落とす気はない。むしろ、彼女はおろか、攻略対象には近寄らない予定だった。


こうしてクロードと話しているのも、長い時間は避けたかった。

私はクロードに断りを入れて、一足先に自分に割り当てられた部屋にむかうことにした。

「転送魔法に慣れなくて、少し疲れたわ。先に部屋に向かうわね。いきましょう、セルジュ」


私はセルジュを伴って皆の輪から離れた。




案内された部屋は湖を一望出来る一等室だった。

皇太子の婚約者でアデレード家の令嬢という立場で、優遇されたらしい。


部屋の中には先に送っていた荷物が届いていた。

貴族の旅行は荷物がとんでもなく多い。セルジュの負担を減らしたかったので普通の貴族の荷物よりは少なくしているが、うずたかく積まれたトランクケースを見て、セルジュにいたわりの言葉をかけた。

「準備、大変だったでしょう」


セルジュは笑って答える。

「いいえ、お嬢様が事前に持って行くものを仕分けしてくださっておりましたから。大変なことはありませんでした。・・・・・・お疲れでしょう。今お茶を入れますね」


荷解きの間、私が手持ちぶさたにならないように、セルジュは手荷物でお茶のセットを

持ってきていたらしい。

部屋にそなえつけのソファやテーブルがあったので、座ってお茶を楽しむ。


きれいな湖を見ながら、これからの事を考える。

日程表を見ると、食事は食堂のような場所で取るか、部屋で個別に取ることも出来るらしい。

可能な限り部屋から出ないようにしよう。

自分もセルジュも。

幸い、クロードが使用人を多く連れてきていて、人手が必要なら言うように言われている。

彼の助けを遠慮なく借りていこう。


湖畔での保養はすばらしいものだった。

美しい湖を見ながら、持ってきた本を読む。セルジュがお茶を入れてくれ、時々ふたりで話す。

離れた穏やかな時間だった。ただ、心の底から楽しめているわけではない。

いつレナが動き出すかわからないからだ。


食事はクロードの使用人が運んでくれたものを食べたり、時々食事時の時間を外して二人で食べに行く。

といっても、セルジュを一人にすることは出来ないので、食堂で出された食事をテイクアウトして湖のほとりで食べたりする程度だ。

貴族と使用人は一緒に食事を取ることが出来ないのがもどかしい。


私と四六時中一緒にいて疲れないかと尋ねたが、セルジュは嬉しそうに笑って言った。

「お嬢様のことをもっと知ることが出来てうれしいです」


それが本当に心から言っているようで、私も思わず笑う。


このまま何も起こらなければいいが、最後のイベントのことを考えると気が重い。

食堂から戻りがてら、二人で湖に出ることにする。


保養の中日で、すでに湖を満喫した生徒たちは麓の町に出向いている者が多かった。

観光地になっていて、ショッピングをしに行っているようで、湖は人がいなく静かになっていた。


ずっと室内にいたから、太陽の下に出て気分がいい。

少し冷たく感じる空気を、胸一杯に吸い込む。

セルジュも気持ちがいいと思っているのか、晴れやかな顔をしていた。

「少し歩きましょうか」

「はい」


二人で湖のほとりを歩く。今日の湖の色は紫色と桃色のグラデーションらしく、風で運ばれてくる花びらがところどころに浮かんで絵画のようだった。


歩きながら、セルジュがつぶやいた。

「・・・・・・この地は昔、別の国でした」


「別の国?」


「えぇ。この国がまだ今より小さかった頃、周辺の国と戦争をして大きくなっていったのはご存じかと思いますが、この地域には、小さな国があったのです」


セルジュは続ける。

その国は、湖や自然を多く持つ美しい国だった。今のように観光地化しておらず、素朴で静かなものだったという。そんな小さな国が長きに渡り他国から侵略されずに国としてなりたっていたのは、最強の守護者がいたからだ。

その国は、ドラゴンを使役していた。


神話のような時代からいたドラゴンは、やがて滅びていったがその国に住むドラゴンだけは例外だった。

自然と共存する者達がドラゴンと親交を重ねて、やがてお互いの平穏を守ると契約を結んだ。

人間達は自然に手を着けずドラゴンの生息域を守り、時々供物を捧げる。

ドラゴンは国の有事の際に、人の手足となって侵入するものと戦う。

両者の関係は長く続くものと思われた。


けれど、大きくなっていく隣国・・・・・・つまり今この国の物量にはかなわず、戦争に負けて国は統合されてしまった。


ドラゴンはすべて殺された。

そしてドラゴンを使役するドラゴンマスターと呼ばれていた者達も同じく悲惨な末路をたどった。だが、それは全員ではない。一部は不当な扱いを受けた。

つまり、奴隷となったのだ。


「私の祖先がそうなのです。代々奴隷として生きてきて、私もそうだった。お嬢様に会うまでは」


ゲームではそのような話はなかった。

あくまで主役目線で進むので、国の歴史や奴隷の話は身分の高い攻略対象とは無縁だたのだろう。

または、セルジュのルートが出来たことで新たに付け加えられたのか。


セルジュは微笑む。

「ずっと奴隷でいたかもしれない運命から、お嬢様は私を救ってくださった。ですから、何があろうとお嬢様を命にかけて守ります」


風がざわめき始める。

その中で受け取ったセルジュの決意が、これから起こる何か不穏なことの前触れのようで、嫌な予感がした。


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