目覚めたら
目が覚めると、そこには見知らぬ部屋が広がっていた。
まだ夢の中なのかと部屋を歩き回り、大きな姿見の前を通りかかり、足が止まる。
金髪に、グリーンの瞳。鼻筋が通り、唇はふっくらとして、頬は花が咲いているようにきれいなピンクに色づいている。
その美しい顔立ちが自分の顔なのだと気がつき、思わず自分の顔をぺたぺたとさわって確かめる。
生まれてから今までのなじみの顔ではないことに混乱し、まじまじと鏡を見てみる。
いろいろな動きをしても、鏡に同じ動きをする美少女がいた。
どうやら信じられないが、この美しい美少女は私らしい。
そして、混乱する頭がようやく落ち着いてきて気が付いた。
これは自分がはまっていた恋愛シミュレーションゲームの悪役令嬢だということに。
私の人生は平凡なものだった。
普通の学生生活を卒業し、名の知られていない企業になんとか就職。
不況の時期に就職出来ただけでも満足しなければならなかったが、そうはうまく行かなかった。配属された部署が激務で有名なところだったのだ。
来る日も来る日も終電の日々で、時には徹夜することもあった。
昨日は徹夜あけの日だった。
ようやく仕事が終わった安堵感で、駅をふらふらと歩いていたとき、目の前の女子高生が階段を下りる時に体勢を崩すのが見えた。
私はとっさに手をつかんで、彼女を助けるためにこちらに引き戻した。
だが、その反動によって自分の体が宙に放り出されてしまった。
落ちていく体と恐怖で思考停止した頭。
その中で、最後に目に飛び込んだのは助けた女子高生の顔だった。
引き留めた時にこけたのか、膝をすりむいていた。
さすりながら、私のことをにらみつけていた。
命を助けたのではなく、助けたことで傷を負わされたことにムカついているようだ。
私が命を懸けて助けた人の、最後の表情がこれか。
恐怖の中に悲しみと、少しの怒りに染まった体が真っ逆様に落ちていく。
最後に思ったことは、あぁ、今プレイしている恋愛シミュレーションゲームのハードモードをクリアしたかったな、ということだった。
そして、次に目が覚めると自分がその恋愛シュミレーションゲームの登場人物になっていたというわけだ。
鏡に映る自分は、『聖女の選択』の悪役令嬢 セリア・アデレードだった。
恋愛シミュレーションゲームの『聖女の選択』は昨日までの私がプレイしていたゲーム。
ストーリーはよくあるものだ。
主人公は日本の女子高生。異世界に召還されて、国を救う聖女となる。
そして登場人物のイケメンたちを攻略し、結ばれてハッピーエンドというものだ。
王子、騎士、宰相の息子の三人が攻略対象だ。
そして、ゲームにはもう一人登場人物がいた。
王子の婚約者だ。彼女は悪役令嬢として主人公を虐め、そして最後に断罪されて処刑される。
それが通常ルートのセリアの最後だ。
だが、このゲームには隠しルートがある。
通常ルートの攻略をすべてクリアすると、オープニングにコマンドが現れる。
それを選ぶと、悪役令嬢のセリアを主人公としたルートで遊ぶことが出来るというものだった。
彼女の目を通して、攻略対象の違った一面を見られるというのがこのルートの特徴だ。
攻略対象を深堀りして、ゲームをさらに楽しめる。
このルートはそういうものだった。
結末は通常と一緒のものだった。
最後には処刑される。
なんとも悪趣味なエンディングだが、ゲームユーザーからは意外に好評だった。
セリアは主人公から見て、とてつもない悪女だったからだ。
彼女を処刑台に直接送ることが出来る、通常ルートのうらみつらみを発散出来るルート。
そして、難易度はとてつもなかく高かった。
選択肢を一つでも間違えると即処刑。
その難易度の高さも、熱狂的なゲームユーザーにとっては刺激になっていて『聖女の選択』はカルト的な人気になっていた。
セリア・アルガード。
ゲームの中では嫌われ、ゲームの外のユーザーからは死を望まれる存在。
それが今、私がそうなっているのか?
これが転生、というやつだろうか。
信じられず、またベットまで戻って座り込む。
本当に自分がセリアになってしまっているのなら、これは最悪な状況だ。
だって、選択を間違えれば死。無事生き残っても死が待っている。
いったい、どうすればいいの。