婚約者の務め?
部屋から出て庭園に向かおうとするときに、以前セリアを取り巻いていた令嬢に声をかけられる。
なにやら話があるとのことで、使われていない教室へ連れられた。
話はこうだった。「聖女としてのレナに釘を指してくれないか」
あの謝罪事件から私はひっそりと学園で過ごしていたからわからなかったが、レナは攻略対象にべったりだったらしい。
通常は王族や地位が高い貴族には簡単に近づけるものではないが、聖女として異世界から来たレナにはその常識は通用しないらしい。
遠回しに声をかけたものもいたが、話は通じず、態度は変わらなかった。
だから、皇太子の婚約者であるセリアからも言って欲しいということだった。
婚約者であれば、文句を言える立場だろうと。
こちらからすればいい迷惑だ。主人公と攻略対象の仲を引き裂くということは、それだけ自分の命の危機に直面するということだ。
学園の秩序を盾にしているが、要は彼女たちがポッと出のレナが王族や高位貴族の者と仲良くしているのが気にくわないだけだろうことが、透けて見えた。
これが通常のセリアであれば、彼女達の言葉に乗って率先して嫌がらせをしたに違いないが、本来の彼女はもういない。
私は当たり障り無く断ることにした。
「お気持ちはわかりますが、それはみなさんが直接言った方がいいと思います。私はこの前のことがありますし。おそらく、彼女はこの世界に来て間もないので、貴族の言う裏の意味の言葉が伝わらないのでしょう。直接言葉にすれば、意図が伝わるかもしれません」
「ですが、セリア様はそれでいいのですか?フェリクス様にも彼女は接近しているのですよ?」
本来の婚約者なら、激怒するに値することをされている。
だが、私が今優先すべきは自分の命だ。それには静観が一番。
その相手は目の前の令嬢達に対してもだ。彼女たちはアデレード家までとはいえないが、そこそこ名のある家柄だとここ数日でわかった。
彼女達を怒らせることは、今学園を一人で過ごす私にとって悪い影響があるかもしれない。
貴族社会は蹴落とし合いだ。盤石な地位にいるアデレード家の令嬢で皇太子の婚約者。
だが、今後の展開で皇太子に婚約破棄され、アデレード家の次期当主クロードから見限られたら、学園での地位も危ういものになる。
攻略対象以外にも出来るだけ恨みを買いたくはなかった。
私はなるべく悲しい表情をして答えた。
「いいのです。殿下がどう行動するかは殿下のお心のままですから。私は見守るだけです。みなさんのお力になれず心苦しいのですが、これが私の気持ちです」
そう言って、力なく笑って見せた。悲劇のヒロインのように。
もうこれ以上私を説得しようがないと思ったのか、役に立たないと判断したのか令嬢はそろそろと教室から出ていった。
しばらく一人になりたくて、窓から庭園を眺める。
席順が決まったようで、着々とテーブルやイスが設置されていた。
ゲームのイベント通りなら、主人公に悪役令嬢が毒を盛るというイベントが発生する。
このまま不参加は出来ないだろうか。だが、参加しないなかで毒を盛られたら、いないものが犯人とされる可能性もある。
きれいな青空とは裏腹なため息をついていたとき、後ろから声がした。
「先ほどの話はどういうことですか」
振り返ると、そこには攻略対象の一人、エリクが立っていた。
彼は表情には出ていないものの、怒っているようだった。
困惑しながらも私はエリクに向き合う。
「先ほどの、とは」
「令嬢達との話です。聖女であるレナへ危害を加えようとする彼女たちをなぜ止めないのです」
どうやら、先ほどの会話を聞かれていたらしい。
レナへ苦言を呈そうとする令嬢達を止めなかったセリアに対し怒っている。
なぜ私なのか。怒るべきは令嬢達ではないか?
その疑問を察したのか、エリクは続けた。
「あなたは殿下の婚約者として、この学園の生徒達に影響のある身。揉め事をいさめることをしなければならない立場でしょう。なのに、あなたはそれを見逃した。それは罪にも等しい行為です」
高位貴族としての勤めを果たせということだろう。
だが、それを強要されても困る。それに・・・・・・。
「それは、エリク様も一緒ではありませんか?」
「・・・・・・どういうことです?」
「あなたは先ほどの私たちの会話を聞いていたのでしょう?であれば、エリク様も彼女達を見逃した。私と同じです」
その瞬間、エリクの怒りが膨れるのがわかった。
「令嬢達の諍いに騎士が入るのは無粋というもの。私とあなたを一緒にしないでもらいたい。・・・・・・殿下の言った通り、自分のことしか考えていない人だ」
彼の当たりの強さがわかった。フェリクスのセリアに対する感情をそのまま鵜呑みにしているのだろう。
悪役令嬢であるセリアの行動を、フェリクス越しに見ている。自分の主を困らせる女性として、憎く思っていた。
けれど、それをそのままぶつけられても困る。
「エリク様、では私にこうして言うのではなく、あなたがレナさんを守ればいいのです。これはそれだけのことですよ。あなたがこうして私に何かを言うことは、先ほどご自身が言った『無粋な行為』でしょうし」
そう言われて、エリクの顔が苦々しくゆがんだ。それでも何か反撃しようとしたので、彼が口を開く前に言った。
「エリク様、殿下の目を通してではなく、自分の目を通してみてはいかがでしょうか」
エリクは目を見開いた。
「どういう意味ですか!」
彼の怒りをそのまま受け止めても、こちらが不利になるだけだ。ここは退散するに限る。
窓を見れば、お茶会がまもなく始まろうとしていた。
「お茶会が始まります。では、これで失礼します」