謝罪パフォーマンス
私は当たり障り無く答える。
「えぇ、おかげさまで」
そう答えると、フェリクスの表情が変わる。
「おかげさま?レナを突き飛ばしておいて、よくそのようなことを言えたものだ。クロードに言われて謹慎していただけで、体調など崩していないだろう」
怒りをそのままぶつけられ、面食らってしまう。
ゲームの中のフェリクスは正当派王子キャラだった。
主人公を優しく気遣って、正義感にあふれ悪役令嬢からいじめられる主人公をいつも守ってくれていた。
愛情を向けられてきた主人公目線でしか彼を見ていなかったから、敵意を向けられる状態に少し悲しくなる。
逆隣にいたエリクもこちらをあきれた顔で見ながら言った。
「あなたがまずすべきなのは、レナへの謝罪でしょう。彼女が大事にしないで欲しいと言ってくれたから、謹慎だけという寛大な処置になったんだ」
彼もまた、ゲーム中では紳士的なキャラだった。
騎士団の次期団長として剣の腕に優れ、騎士道精神の固まりのようなキャラだった。寡黙でありながらも、主人公を影で見守り何かが怒れば身体を張って守ってくれていた。
主人公をいじめる『敵』であるセリアには、騎士として見過ごせないというところだろうか。
このイベント自体はゲーム序盤のはずだが、この反応を見ると二人との好感度はそこそこ高い状態のようだ。
レナ、と呼ばれた少女をみる。
かばってくれる二人のことを、微笑んで見ていた。
どうやら、かなりのやり手らしい。
どうしたものか・・・・・・と考えあぐねていると、目の前にゲームウインドウが開かれる。
『フェリクスとエリクが、主人公を転ばせたことについてどう思っているか問われています。なんと答えますか
1 当然の行いですわ
2 まだしつけがたりないようね?
3 (何も言わずにこの場から去る)』
また、恐ろしい選択を用意されたものだ。
どれを選んでも二人の逆鱗にふれることは確実だ。
処刑まっしぐらコースではないか。
この中で少しでもマシなものはなんだろう。少しでも意味を変えられるもの・・・・・・。
短い時間で考え、私は『3 (何も言わずにこの場から去る)』を選択した。
選んだ瞬間、身体の主導権が何者かに捕られる。
口も開くことが出来ず、くるりと身体の方向を変えられ、ドアに手をかけた。
それを見てあっけに取られた四人だったが、一番はじめに怒りを表したのはフェリクスだった。
「何も言わずに立ち去るというのか。婚約者として、アデレード家の者として大目に見てきたが、聖女を傷つけておきながら謝罪も出来ない者には、それ相応の処罰を下すことになるぞ!」
エリクも続ける。
「皇太子であるフェリクス殿下の命に背くと言うことは、皇位を傷つけることも道義だ。それ相応の覚悟は出来ているのか?」
二人の怒りを背中に浴びて、心臓がバクバクする。だが、身体は言うことを聞かない。
選んだ選択はそれを実行するまで解除が出来ない。
ドアを開けて部屋から出て行く。
ドアがしまった瞬間、身体の主導権が自分に戻ってきた。
だが、これで終わりではない。終わりにしてはならない。
私は身体をドアに向け、頭を下げた。
ドアが勢いよく開かれ、クロードが飛び出してくる。
「セリア!せっかくフェリクス様が謝罪の機会を作ってくれたのに、なんて言う真似を・・・・・・」
そこまで言って、頭を下げる私に気がついたのか驚いて言葉を止める。
部屋の中にいた3人も同じだったらしい。
驚きで立ち上がってこちらを見ていた。
「何の真似だ・・・・・・」
フェリクスの言葉に応える。
「レナさん、ご無礼を働き申し訳ありません」
私の謝罪にフェリクスは絶句した。驚きから我を取り戻したエリクが言う。
「謝罪であればこの部屋ですればよいのに、なぜわざわざ外で?」
私は頭を上げて答えた。
「先日の騒動で学園をお騒がせしてしまいました。密室で謝罪させていただくより、こうして学園のみなさまにも私の罪を見ていただく方が、より良いと思いました」
こちらを信じられない目でみる生徒達を横目にみる。
口に手を当てて驚く者や、隣にいる者とこそこそと話すものが遠巻きに私を見ていた。
私はもう一度頭を下げる。過剰なほど、悲壮に。
「重ねて謝罪いたします。申し訳ございません」
ここまで過剰に謝罪をすれば、人によっては被害者と加害者が逆転しているように見える。
罪以上の謝罪を要求すれば、被害者の印象は悪くなる。
元々の騒動は、「皇太子のフェリクスに近づいたレナが気に食わず、セリアが彼女を突き飛ばした」というものだった。
手を出したセリアは悪いが、婚約者がいる異性に気軽に近づいたレナにも落ち度はある。
聖女としてあがめたてられ、学園に入学したという設定ではあるが、元からいた生徒の中には何の貴族でもない彼女のことを良く思わない生徒もいるだろう。
だから、謝罪を密室ではなく公にすることにした。
生徒のざわつきが徐々に大きくなっていく、その時。
「私も悪かったんです。まだこの世界にきたばかりで勝手がわからなくて・・・・・・」
レナが口を開いた。
「こちらこそ、ご迷惑おかけしてごめんなさい」
そう言って、にこりと笑った。
なんとなくそれがきっかけでうやむやになり、その場でお開きとなった。
立ち去るとき、ちらりとレナをみる。
彼女は真顔でじっとこちらを見つめていた。