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第9話 ハルモアの月夜

「アインツ公爵が来たんだ。あー、もうそんな時期か。後で挨拶しとかないと」


 翌朝。宿舎のリビングで、ノーラは朝刊を読みながらコーヒーを啜っていた。


「ハルモアの月夜がなんとか、と言っていたな。何だそれは?」

「なんて言えばいいんだろ。一年に一度、先祖の魂を迎えるっていうか。わかる?」

「ああ、わかる。私の世界でもあった」


 日本で言うお盆。欧米ではイースターやハロウィン。メキシコでは死者の祭りと大体そんな感じなのだろう。


「ほんと、似た世界なのね……ただハルモアの月夜は厳粛で。貴族の嫡男は大体家に帰らないといけないのよね。私の兄も駆り出されるの。大隊長もそうでしょうね」


 兄がいるのか、というのは置いといて。ダンはなるほどと手をぽふんと叩いた。


「読めたぞ。隠居のハインツ公爵は大隊長の代理で来たんだな?」

「御名答。今回は大物来たわねえ。いつも辺境卿とかそこらへんなのに」

「君は帰るのか?」

「嫡男でもないからパス。それに帰るとお父さんに見合いの話されるからヤダ。ここで祈りを捧げるよ。あとでやり方教えてあげる」

「そうか。帰らないのか。安心した」


 んぶふ、とノーラがコーヒーを吹き出した。


「!???!? そ、それはどどどどういう!?」

「いや、昨日やたらとピノー嬢に予定を聞かれてな。あれは肉食獣の目をしていた。いよいよ怖くなってしまって」


 ダンの尻尾がしんなり垂れる。ダンは基本的におとなしい性格である。ピノーのあからさまな態度は嫌いではないが、そこまでガンガン来られるとドン引き超えて恐怖だった。


「あ、ああ。そういうこと……あの発情ネコ……安心して。この期間は二人でゆっくりしましょ」

「仕事はどうする」

「今のとこ、この期間に侵入されたことがないの。流石にね。この時期はね。実動班以外のレンジャーもほとんど帰っちゃうし」


 つまり、それほどの行事ということだ。ダンはこの国の宗教観も良く調べておかねばなと反省する。


 なぜなら宗教というものは、国の生活に直結する。生前の傭兵時代、この辺りで相当苦労した。知らずのうちにタブ-に触れ、銃撃された仲間を多く見たからだ。ノーラが手取り足取り色々と面倒を見てくれていたので、ついつい怠けていたらしい。


「一昨日のことでしばらく密猟者も来ないでしょうし。今日はパトロールがてら、西の滝のところにでもいかない?」


 と、ノーラが言ったところで急にカーン、カーンと半鐘の音がする。


 音の間隔が広い。緊急というわけではないが、予定外の招集ということだろう。


「なーにーもー、今日はサボろうと思ったのにぃ!」


 ノーラはむくれながらも、いそいそとブーツを履き始める。ダンもまた持っていたマグカップのコーヒーをぐいーっと飲み干して、対密猟者班(カウンターハンター)のワッペンがついたジャケットを羽織った。


 ★


 二人で統括本部へと入ると、通されたのはプレートに第一会議室と書かれた広い部屋だった。

 

 中を覗くと既に哨戒班(スカウター)結界班(ブロッカー)の連中が来ていた。ダンとノーラはとりあえず詰めて座ると、後から害虫駆除班(ハンター)のメンバーたちが入ってくる。そして最後に――


「げ、オリヴィア」

「うえ、ノーラじゃん。あ、ダンさん昨日はどうも……」


 ウサ耳のオリヴィアはノーラの顔を見て眉間にシワを作り、そうかと思えばダンに微笑み手を振る。凄い変わりようだとダンは思った。

 

「聞いたよオリヴィア。喧嘩したんだって? ラビット族ってもっとおしとやかじゃ無かったっけ?」

「それを言うならエルフ族も気品があるって聞いたけど?」

「二人共なんでそんなにピリピリしてるんだ」


 ダンがそう尋ねると、二人はダンへ向き直ってニコリと微笑む。


「いーえ、こいつとはこれが挨拶みたいなもんよ」

「残念ですけど、こいつとは小さい頃から腐れ縁で」

「幼馴染というやつかな」

「そんなんじゃ……ああそうダンさん、ハルモアの月夜はお暇ですか?」

「それこそ残念。ダンは私と仕事」

「仕事の話聞いてるんじゃないの。プライベートの事なんだけど」

「あ?」

「お?」

「また発情してんのかクソウサギ」

「最近調子ついてんじゃない? アル中エルフ」


 一瞬だけバチバチと火花が飛ぶほどに睨み合ったが、ほぼ同時にダンへ笑顔を向けてきた。ダンは空気の読めるタイプである。深入りしないでおこうと、固く誓った。

 

「はあ、くっだらな。けどなんでオリヴィア達まで? バックアップ班と調査班のレンジャーは帰るんじゃないの?」

 

 ノーラの言う通り、オリヴィアの後から続々と見慣れない職員たちが集まり始めた。ダンだけでなく、実働班の皆も不思議そうに見ている。

 

「こっちが聞きたいくらいよ。あ、ほら、来たみたい」

 

 オリヴィアがそう言うと、正面の壇上にはカーマイン男爵、続いてアインツ公爵が上がった。

 

 すると全員が何と言われるでもなくすっと立ち上がる。ダンもノーラも立ち上がり、そのまま気をつけの姿勢を取った。

 

「集まったようだな諸君。座って結構だ」

 

 カーマイン男爵の言われるままに全員が座ると、壇上で一歩踏み出したのはアインツ公爵だった。自然と全員の緊張感が緩んだようなのは、あの朗らかな顔のせいだろう。

 

「日々カルラの樹海を護る皆様方、わざわざお時間を頂いて申し訳ありません」

 

 とても低姿勢な切り出し。この国の貴族の中でも特に慕われている人間がそうであれば、話を聞く職員たちも恐縮するというものだ。

 

 暫くねぎらいの言葉が続いたが、誰もあくびすらすること無く真剣に聞いている。中には光栄ですとばかりに涙するものもいるほどだ。大した人心掌握術だと、思わずダンは口に出しそうになったが、流石に堪えた。



 ダンが生前、本当に悪人だと思ったのは――ああいう人間だった。



 ああいう連中はたかだか一介の傭兵たちを国賓(こくひん)(のたま)い、はたまた革命の戦士であると鼓舞していた。そうして相手がいかに残虐非道で、この地がどれだけ神に認められた場所なのかと洗脳するかのように説いていた。

 

 ほとんどの同僚たちは笑いをこらえて、少尉などは鼻で笑っていたが――時に、心を乱してしまうものも少なからずいた。荒唐無稽な演説は、そういう人間を目聡く品定めする手段でもあるのだ。

 

 傭兵は金で動き、金で相手を打ち倒す。そのはずなのに、いつの間にか使命を帯びて傭兵をやめ、『護国の戦士』になるものもいる。心が空っぽであればあるほどそうなる。そうやって押し付けられた理想に気づかないまま、(じゅん)じて果てる。当然遺体は放置のままがほとんどだ。

 

 ダンが幸福だったのは、居場所が少尉だったからだ。彼女のために働き、乾いた笑顔のために務めをこなす。そういう日々があれば良いと願っていた。故に気高い理想だとか、英雄だとか、名声といった誘惑には無縁だったのだ。


 そんなダンに、少尉はいつも疲れた笑みを向けてきた。


『貴様は、今まで見た中で一番の馬鹿だ。名声や金、女よりもこの死にぞこないについてくるとは』





「「「イヤッッホォォォオオォオウ!」」」





 ハッと我に返った時。前席の結界班達(ブロッカー)が喜びのあまりその場に立ち上がっていた。目をパチクリさせて横を見ると、ノーラも、そして背後の席のプラッツ隊長も。みな一様にうなだれていた。


結界班達(ブロッカー)以外の皆様は申し訳ありません。何卒ご協力頂きたい」

 

 そうしてアインツ公爵が深々と頭を下げた。流石に彼に文句を言える人はいなかったのか、結界班達(ブロッカー)以外の職員たちは表情を固くしつつ頷いていた。

 

「あーあ、私のハルモアの月夜、サヨウナラ……エールとウインナー、あともっかいエール、サヨウナラ……」

「どうしたんだノーラ」

「何よ、また目を開けたまま寝てたの? 特別哨戒だってよ。森にカンヅメ!」

 

 ノーラがはぁ、と再びうなだれる。

 

「聞いたとおりだ諸君。最近、結界班達(ブロッカー)が日々励んでいるのにも関わらず、ここ半年ほど密猟者が結界の裏を突いて侵入している。これは決して彼らの怠慢ではなく、昼夜問わず監視しているからこそ、その限界が来たと結論づけた」


 結界班達(ブロッカー)達が再び喜びの声を上げる。「長期休暇だやったー!」と涙をこぼすものまでいた。


「さらにだ。かの憎き帝国の黒い噂もある。流石にハルモアの月夜に仕掛けることは無いだろうが彼らのリフレッシュの間も、念には念を入れたい」

 

 カーマイン男爵はそう言うと、壇上背後のボードに貼られた樹海の地図に赤印をつけてゆく。

 

結界班達(ブロッカー)が英気を養っている間、実働部隊及び特別医療班(メディック)の混成哨戒部隊を編成する。諸君らはハルモアの月夜の間、『カルラの樹海』の中で特別警戒にあたれ。以上だ」


 ノーラの言う通りだった。文字通り、森にカンヅメである。ダンも思わず、深いため息が出てしまった。

次回は5月31日18時ごろ更新

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