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第6話 タラシの死神さん

 対密猟者班(カウンターハンター)は基本的に、一回仕事をしたら次の日は休日としている。それはノーラの発案だった。


 ダンは愛銃をガンケースに入れて背負うと、向かったのは鍛冶工房だった。


「お、死神さんが朝に来た。昨日その歯牙にかかったのは誰かな?」


 入り口で出会ったハーフリングの黒装束が、顔を頭巾で隠したままニヒヒと笑っていた。背の低い子供のような体格だが、これでも成人なのだという。

 

「人間の哀れな阿呆共さ。生きているだけで他者に迷惑がかかる程度の輩だよ」

「おー怖い怖い。そうやってせいぜい励むといいさ。そうでなくちゃ、ボクたちがお仕事しているかいがないからね」

「クルツ、君たちハーフリングは良い仕事をしてくれる。感謝している」

「死を運ぶことを褒められるとはね。タラシだなぁ死神さんは」

 

 クルツと呼ばれた黒装束は再びニヒヒ、と笑って走り去ってゆく。その様をダンはじっと見つめているのだが、今日もまた瞬きの間に居なくなってしまった。

 

 哨戒班(スカウター)というだけあって、ニンジャのそれとしか言いようのない体術を扱うクルツ。ダンもその術に興味津々で教えてくれないかと頼み込んだことがあるが、一族の秘伝だからといつも袖にされてしまう。


 ならば見て盗むと言ってはみたが、今日もまたからかわれる形となってしまった。


「人には得手不得手があるか」

 

 しょんぼりしながら工房へ入る。その瞬間、ムワッとした熱気がダンの鱗を通り抜けた。

 

 いつの季節でもどんな天気でも、ここはとにかく蒸し暑い。炉の熱がこもっているからだろう。故に中にいるドワーフの鍛冶師達は年がら年中半袖だった。

 

 彼らはごん太の腕に力をみなぎらせ、あるものは大鎚を振るい、あるものは巨大なグラインダーに対座している。その様はまるで護摩焚(ごまだ)きに勤しむ修行僧達のようだ。

 

 カウンターのベルを必要以上に叩く。そうでもしないと、この騒音の中で来訪を伝えることができないからだ。

 

 やがて奥からのっしのっしと歩いてくるドワーフが一人。もじゃもじゃのヒゲに縄を束ねたかのようなドレッドヘア。樽のような腹をゆらせるも、体はかなり筋肉質というザ・ドワーフの男。ニカッと笑った顔がどことなく愛嬌(あいきょう)のある厳つい彼は、この工房を任される責任者だった。

 

「お! 来たか職人泣かせめ。お前さんの特等席は開いとるぞ。好きに使ったらええものを」

「ボルトの親方には一応挨拶しておかないとと思ってな」

「律儀なモンじゃわい。どら、サラマンダー85を預かっておこうか」

 

 ダンが言われるままに愛銃を差し出す。優しく受け取った親方は、まるで我が子をあやすようにそれを抱く。

 

「ほう、よく使われているようだな。だがこの子も少し、己の不甲斐なさに自信を失いかけているようだ」

「というと?」

「率直に言おう。少し取り回しづらい。そうは思っていないか?」

 

 まさか言い当てられるとはダンも思っていなかった。ボルトの親方は「当たりか」とニコニコ笑っていた。

 

「頂いたそれに不満はない。命中精度も使いやすさも私が使った中では群を抜いている。素晴らしい銃だ」

 

 そう言うとボルト親方は「いやはや、名手に褒められると照れる」と人懐っこい笑顔を向けてきた。

 

「コレ以上詰めるとなればもう魔法に頼るしか無いが――お前さんは魔法嫌いと来たもんだ」

「嫌いというわけではない。不測の事態にあった時、外部リソースを伴う銃身であれば対処できないリスクが出るというだけだ」

「そう言うと思ってな、お前さんに教えてもらった『ブルパップ式』なる銃が、そろそろできそうだとしたら、どうするね」

「……! それは本当か親方。まさか、私の曖昧(あいまい)な説明で再現できるとは!」

 

 ブルパップ式とは、ストックの中に銃の機関を移してしまうという方式。ストック部にしまい込んだだけコンパクトになり、取り回しやすくなるということだ。


 元の世界で狙撃銃に組み込まれる例は少なく、代表的なものはワルサーWA2000など。当然この世界には存在しないアイディア。だがこの名工は、ダンの与太から作り上げてしまったらしい。


「それがドワーフというものじゃ。すぐに渡せると言えば渡せるが、まだ少し気に食わないところがあるでの。待っててくれ」

「楽しみにしている。親方、貴方は最高のガンスミスだ」

「照れること言ってくれるな。そら、さっさと自分の席に行け」

 

 そう言われて、子供のようにスキップをしながら部品棚へと向かうリザードマン。空薬莢などの一通りのパーツを手に取ると、ウキウキしながらハンドローダーの席についた。

 

 ダンのようなプロの狙撃手は、基本的に弾丸を全部自分で作る。狙撃とは可能な限りリスクを無くすもの。お手製の弾丸もその一環だ。

 

 まず空薬莢を取り出して、歪みがありそうなものはリローディング・プレスという機械でリサイズする。次には専用のツールを使って雷管を装着。弾丸ケースに弾頭の無い薬莢をひとつひとつ立てて置くと、次は火薬の計量に移った。

 

「~♪」

 

 思わず鼻歌を歌ってしまうが、この微妙な計量がとても大事だ。パウダーメジャーと上皿天秤で納得するまで計量すると、ようやく空薬莢へ流し込んでゆく。

 

 ふらっと様子を見に来たボルト親方が、(のぞ)き込むなり顔をしかめていた。


「いつ見ても気の遠くなる作業じゃわい。ここにある王立兵器(しょう)のモノの精度も、なかなかのモンだと思うがのう」

「その兵器(しょう)の職人たちが親方レベルなら信用もしよう。百歩譲って、輸送時の振動が気にならない程度に兵器(しょう)が近くにあれば信用しよう。だが現実として兵器(しょう)は遠い。輸送のときの振動は部品のバランスを崩さないとは言い切れない」

 

 呆れたとばかりに肩をすくめる親方。「光栄なことじゃ」と言って、のっしのっしと戻っていった。

 

 ダンは再び鼻歌を歌いながら、一旦弾薬ケースに蓋をする。そして弾頭だけ入った箱を片手にズリズリと椅子ごと横に動くと、目の前には縦型グラインダー。これもまた魔石で動くものだという。

 

「――これと、これかな」


 弾頭を振り分けてゆくダン。それはもうほとんど趣味レベルで、気に触ることでは無いのかもしれない。僅かな歪みをノギスで満足するまで計測して、ちょっとずつ削って、再び計測。そうして選びぬかれた弾頭を、先程の薬莢へ器具を使って取り付けてゆく。

 

 これで完成……と思いきや、ようやく形になった弾丸にも再びノギスをあてはじめる。弾丸の全長がベストの長さになるかどうか確かめているのだ。

 

 サラマンダー85の使用弾頭は七・六二×五一ミリ弾。全長六九・八五ミリ程度の弾丸だが、ダンの持つ個体では小数点以下がやや小さいものがベストであったりする。


 理由としては薬室に装填された際に弾頭がギリギリ、銃身内部のライフリングに触れないサイズにするためだ。この調整についてはまさに銃の……もっと言えば銃身の個体差であって、予め計測した値で調整する。

 

 この作業は絶対に生産品ではできない、ハンドメイドならではの調整だ。そうして午前中を使って二〇発程度。これでもけっこう早くなったとダンは思っている。

 

「これだけあればしばらくいいだろう。良い暇つぶしになった」

「弾丸一つにこんなにこだわるヤツなんぞ今まで見たことないわい」

 

 振り向くと親方がずい、と皿に乗ったサンドイッチと一緒に、コーヒーカップを差し出してきた。

 

「ああ、ありがとう親方。気を使わせてしまって。いただきます」

 

 思い出したように腹がなる。ダンは面目ないと恥ずかしそうに、サンドイッチを手にとって、あむ、と一口。

 

 思わず笑みが溢れる。相変わらずバンズの中にはアツアツのソーセージが挟まっていて、噛む度に肉汁が広がる。レタスに似た野菜もシャキシャキとしていて食感も抜群。親方の雑に塗り込んだケチャップも肉と野菜の旨味を橋渡していて、なんとも言えない極上の味だ。

 

「ごちそうでも食ったような顔をしよる。料理人じゃあないが、作り甲斐があるのう」

「実際にごちそうだ。故郷で良く食べた味だから」

「お前さんが言う、外の世界の話か。違う世界でも同じものが多いと言っていたな。不思議なもんじゃのう。弾丸ひとつとっても、まるで同じ規格があるとはな」

「親方は信じてくれるのか」

「無論。お前さんのその腕が、全てを物語っているからな」

「技についてはまだまだ半人前だ。私の世界にはもっと上がいる」

「恐ろしい世界だ。だが、ここにいるヌシは間違いなく、国内外一の狙撃手(スナイパー)だろう」

「……。狙撃の技は、ある意味死神の技だ。不気味だとか思わないのか? 迷惑じゃないのか?」

「またそれか。お前さんはもうちと自信を持てい!」


 親方はガハハと笑い、ダンの背中をバシバシと叩く。


「お前さんは力を自分の中に良く納めておる。それは強い者の証拠じゃとも。ワシらが金槌を振るうに値する。そういう者を、ドワーフ族では戦士というのじゃ」

「戦士、か」

 

 戦士。ダンにとっては懐かしい言葉だった。この大いなる森とは全く違う、砂塵の土地で。少尉は助けた村の人々から、そう崇められていた時があった。

 

「さらに言うとだ。お前さんの外の世界の話に興味は尽きん。この前作った魔石グライダーもワシらの中では一番面白かった。凧に人が乗るとはな!」

「ああ、哨戒班(スカウター)用に作った急行用の。哨戒班(スカウター)のクルツたちは空を飛ぶのが怖いと言っていたな」

「せっかく作ったのにだーれも使いやせんわ。と、まあこんな感じでの。ワシらドワーフは新しいものが好きだ。お前さんは新しい風をドンドン入れてくれる。ここの連中もそれを気に入ってるぞ。なあ?」


 ボルト親方がそう言うと、工場のいかついドワーフたちが太腕を上げて応えていた。皆朝から煤だらけだが、楽しそうに仕事をしている。

 

「買いかぶりすぎだ親方。私の話は与太とそう変わらない」

「はっはっは! リザードマンのくせに謙虚なやっちゃな!」

 

 再びバシバシと背中を叩かれる。親方の優しさが伝わり、じんわりと胸が暖かくなるような、そんな気がした。


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― 新着の感想 ―
[一言] ソーセージを挟んだサンドイッチ……こちらで言うホットドッグですか。 ドワーフの技術は世界一ィィィィィィィィィィィィィ!!
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] グワー!飯テロだー!
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