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第5話 異世界の月がとても綺麗だから

 復讐のために対密猟者班(カウンターハンター)を作った。それは、何を意味しているのだろうか。

 

「訳ありか。教えて貰えると嬉しいのだが」

「え、ダン、珍しく私の事に興味があるの?」

「相棒として知ることの出来るところは多く知っていると良い。とっさの時、追いつめられた時。それが打開の鍵になることもあるからな」

「ああ、そういう……」


 ノーラは急にムッとしてダンの皿の串を取り、ガッと頬張った。

 

「突然どうした」

「お腹すいただけ! はぁ……でもいいや、教えてあげる。簡単なことよ。昔私の家の土地でね、幻獣が殺されてたの」

「幻獣が」

「綺麗な火喰い鳥だった。その頃はまだ幻獣もけっこういて。近くに住んでたみたいでね。時々篝火を起こすと、いつの間にかやってきて、その火の魔力を食べてた」

「本当に火を食べる鳥なんだな」

「春になるとお礼って感じでお屋敷の上飛んでくれてね。節目節目に家に来てくれるの」

「飼うことはしなかったのか?」

「相手は幻獣よ? 曲がりなりにも超越した存在が飼われるなんて相手に失礼だわ」

 

 そもそもデカイしと、そう付け加えてノーラは追加されたジョッキをさらにあおる。

 

「でもね、殺されちゃった。やったのは別の貴族だった。狩りの練習にって沢山、幻獣殺しの弓を射られて」

「むごい話だ。その貴族はどうなったんだ?」

「私の小さい頃はまだ、貴族のおいたは大抵目を瞑られたの。私は訴えたのだけれども、相手がお父様より格上だったから……はした金で片付けられちゃった。それが無念で」

「そうか……」

「だからって密猟者殺すことないじゃんとか、言わないんだ」

「死ななきゃ治らないバカもいる。そういう連中は大抵の場合、その生が人の害になる」

「あっははは。ダン最高。貴方も大概ね。自分を人殺しって言うくせに」


 それが本日の、ノーラの正気を保った最後の言葉だった。


 それから「美味いわ―ほんっと美味いわ―」と次々にエールを追加して、案の定酔いつぶれてしまった。寝息を立てて机で突っ伏す相棒を肴に一杯だけあおると、ダンはノーラを担いで帰った。

 

 相棒は軽かった。こんなに小さな体で、復讐心だけを形にするとは。そのすさまじいエネルギーに、ダンは敬服するばかりだった。

 

 自分が戦場に身を投じた時、このような覚悟があったのかと思いを巡らせてみる。そして色々考えついてみたが、やっぱり無かった。

 

 最初は軍に。それからなんとなくカネ目当てで民間軍事会社――つまりは、傭兵に。職場が戦場であっただけで、そうオフィスワークに勤しむサラリーマンとたいして変わらないと思っていた。

 

 戦っていたとて、何かのヒーローのように使命感を持っているわけでもなく、悲劇的な運命だったというわけでもない。


 悩みだって対人関係だって至って普通で、できれば怪我も病気もしませんようにと、そう言いながら弾丸を込めて引き金を引く。

 

 ただ、そうあった。そうあっただけの職業軍人ジョン・ドゥ。それがダン=小鳥遊だった。


 そんな幽鬼(ゆうき)の日々の中に出会った少尉に、恥ずかしいことではあるが心を奪われて。

 

 とりあえず。


 そう、とりあえず。


 この人についていこう。

 

 それが次第に、護ろうと気持ちになり、それを果たしてダンは死んだ。

 

 宿舎につくと、ダンは合鍵でノーラの部屋のドアを開き、ベッドへと寝かせた。ノーラは無意識の内にダンから離れまいと手を絡めてくるが、ダンは手慣れたようにスルスルと抜ける。彼女の美しい髪をそっと撫でると、なるべく音を立てないようにして部屋をあとにした。

 

 たった二人だけのための、まだまだ部屋の空いている広い対密猟者班(カウンターハンター)のための宿舎。そのリビングルームで一人、ダンは椅子に座り、懐から取り出したタバコに火をつけた。


 この世界のタバコは香りが強く、仕事では吸うことが出来ない。多分、かつての世界で販売した所で、たちどころに埋もれて消えてゆくタイプの味だ。


 だがダンはこれはこれで好きだった。鼻に抜けるミントめいた強い香りが、雑念も、そして後悔もゆっくりと塗りつぶしてくれるからだ。


 そうして紫煙を吐き出し、窓から見える青く光る月が、とても綺麗だから――つい。


「少尉」

 

 ここに来て半年も経つというのに。


 元の世界へ戻る術などとうに諦めているのに。


 異世界でも変わらぬ月に、思わず泣き言を漏らしてしまう。


 どうやら、相棒の本心にあてられてしまたようだ。可憐なエルフの中にある、燃えるように激しい志に、どことなくあの少尉と重ねてしまったようだ。


「少尉。私は貴方を守ることができたのでしょうか」


 それを確認する術は、おそらく無いのだろう。


 ★


 べースキャンプの朝は鶏の声の代わりに、金床をカンカンと叩く音から始まる。

 

 鍛冶師達が朝早く起きて火をおこし、早朝に帰ってきた哨戒班(スカウター)たちの武具を直しているからだ。

 

 ダンはゆっくりとベッドから起き上がると、軽く伸びをしてダイニングへと向かう。備え付けの魔石コンロのつまみをひねり、先日寝る前に淹れたままにしていたコーヒーを温めた。

 

「便利なものだな」

 

 この世界は確かにファンタジーものの作品そのままで、技術体系も進歩もダンにとってはかなり古いもの。具体的にダンの世界線で言うなら、一九三〇年から五〇年あたりだろう。

 

 ただし、それは技術だけ見たらの話。この世界には科学や技術の他に、魔法というベクトルが存在する。まるで科学や技術で不足する部分を魔法で補填しているようだ。


 この魔石コンロもその一つ。このコンロの部分には発火魔法の封じ込められた魔石と呼ばれるものと、着火した熱を増幅させる熱魔法を封じ込められた魔石が組み込まれているのだという。

 

 元の世界のものと原理的には全く別物なのだが、ツマミをひねって火を起こすところは全く同じ。一度は本気でそれを解明しようとは思ったが、どうやっても元の世界の物理法則を払拭(ふっしょく)することが出来なくて断念した。


「とはいっても、テレビの仕組みを理解して見ていたわけでもないしな」


 自嘲(じちょう)気味に笑って、マグカップへコーヒーを移す。少し小さめのがダンのもの。アメリカンサイズの大きめのものがノーラのもの。彼女の好みの量と好みの濃さに合わせて注ぎ、手に持って彼女の部屋へと向かった。


「ノーラ、朝だ」

 

 ゴンゴン、とノックをすると中から潰れたカエルのような声が聞こえてきた。苦笑して入ると、案の定ノーラは二日酔いでひどい顔になっている。

 

「おはよ……頭いだい」

「身に覚えのある痛みなら正常だ。それよりも上を着ろ。寒いだろう?」

 

 ノーラは暑くて脱ぎ捨てたのか、上半身は下着だけという扇情的な姿だった。ウブな少年ならば顔を赤くするところだが、ダンはだいぶ慣れてしまった。

 

 とはいえノーラは胸も大きく、エルフ特有の魔力にみちみちたハリのある素肌に加え、目のさめるような美貌(びぼう)を持ち合わせる。あまり長く見てしまうと、間違えた考えをしてしまいそうだった。

 

「コーヒー、そこに置いとくぞ。キャビネットの上だ。こぼすなよ?」

「うー、ダン、いっしょに寝よ?」

「寝ぼけてるなら放っておくぞ。今日はオフなのだから、ゆっくりと惰眠を貪るといい」

「けーちー……うう、頭痛い」

「重症だな」

 

 ダンは彼女の頭をわしゃわしゃと撫でると、羽毛布団をかけて部屋をあとにする。まるで執事か何かだと思いながら、今頃になってふわぁとあくびがでた。生前ならオフでさえ、気を張っていたというのに。自分の変わりように、今頃になって驚いていた。


「……。今日は工房にでも行くか」


 ダンは音を立てないよう、静かに洗面所へと向かった。

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