表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/35

第31話 一線を超えた者

「てめえ! もうネタは上がってんだぞ!」


 プラッツ隊長が青筋を立てて怒鳴る。しかしアインツ公爵は未だ笑顔を浮かべたままだ。

 

「全く。帝国の連中も使えないヤツばかりだ」

「何でですか。何でこんなことに手を貸したのですかアインツ公爵!」

 

 叫ぶようにノーラが言うと、アインツ公爵は何を今更、と肩を竦めていた。

 

「何故と言われても。あなた達の理解の及ぶ範囲であるなら、復讐としか」

「貴様の復讐のために、命を弄んでいいというのか」

「ええ。私はこのマグメイルという国に憎悪している。民に憎悪している。出来るだけ尊厳を踏み躙るように。苦悶の顔を浮かべるように。それが私の願い」

 

 しん、と。その静かな狂気に全員が言葉を失った。

 

「私の生い立ちを語りはしませんよ。ですが、ひとつだけ。人は誰かを生贄に、嬲ることで世界を回している。その生贄に選ばれた人間が何を思うか。当然、全ての死なのですよ」


 短い言葉に、怨念のような漆黒が宿る。


 ゾッとする視線に、レンジャーたちがうっと言葉を詰まらせた。


 アインツ公爵の人生に何が起きたのかはわからない。


 だがカーマイン大隊長の言うように、この国はかつて身分が全てを牛耳っていた。板挟みになった下級貴族は全ての負債を背負う羽目になったのだろう。上からは絞られ、民からは非難の的として。


 ノーラですら復讐を対密猟者班(カウンターハンター)という形にしたのだ。一歩間違えれば同じこと。だからこそ恐ろしい。この国の民ならば、誰もがああなりえるということなのだから。


「いつか国をひっくり返す、そう牙を研いでいた時に舞い込んできた侵略戦争は、貴方の人生の中で一番の幸運か。反吐が出る」

「ひとつ誤解をしていますねリザードマン。運が良かった、ではないのです。最初にここを攻めろと帝国に侵略戦争を持ちかけたのはこの私ですよ」

「ふ、ふざけるな! アレはテメエが全部引き起こしたってのかよ!」

「風向きが悪くなったら汚いカネばらまいてうまく立ち回って、死体の上でどうどうと善人ヅラ? 人間じゃないわ! アンタには心ってものがないの!?」

「やめろノーラ。もう無駄だ」


 それが証拠に、未だ笑うアインツ公爵の瞳は虹彩を欠く昏い色だ。


「そこからひたすら耐えましたよ。どうにかこの国の急所……すなわちカルラの樹海に手を伸ばし、美味しく仕上がったところで合成獣の話。天は私に微笑んだ。そうして満願成就はすぐそこまでだったのに。まさかリザードマン、貴方がここまで盤面を狂わせるとは思っていませんでした」

「……もう貴様のような手合はお腹いっぱいだ。戯言もな。おとなしく投降しろ。さもなくば」

「さもなくば、どうするのです?」

(ほふ)る。貴様は一線を超えてしまった。人間の法で裁かれると思うな」

 

 ダンがサラマンダー85を構えた。何のためらいもなく照準線を老爺の額へと重ねる。

 

「覚悟してもらう」

「その超常めいた狙撃の技で、私を撃ち抜くというのですか?」

「私の弾丸は着弾した途端に、その内容物を引きずり出すようにして通り抜ける。死は免れない。痛みは一瞬だが――死後に、生ぬるい責めがあると思うな」

「フフ。勇者気取りの物言いだ。一周回って滑稽にすら聞こえる。そして――お前ならば理解しているだろう。何故私のような老骨が、貴様らの前にわざわざ現れたのかを!」

 

 パチン、とアインツ公爵が指を弾く。


 すると突然、統括本部の前玄関が爆散し、黒い巨大なものがこちらへ飛びかかってきた。

 

「やはりか! プラッツ隊長、防陣を組むんだ!」

 

 ドカッ! と広場に着地したのは、四足で立つ幻獣だった。巨大な翼を雄々しく広げ、咆哮を上げるのは――やはり。

 

「あうう、す、スーといっしょ……でも! でも! もうあれはスーと同じじゃない!」

 

 ノーラの陰に隠れたスーが、怯えたようにそう言った。

 

「キメラ作戦の文書にあった、試験体〇二号……!」

「そうだ! キメラ作戦は二匹の試験体を作るに至った! 軟弱な〇一号とは違う、局地戦闘に特化した〇二号!」

 

 〇二号。筋肉質な男の体の合成獣スフィンクスがくぐもった咆哮を上げる。バケツ型のヘルメットを被せられた異形には、既に自我は無いようだ。

 

 スーと同じく猛禽類の前足を持つが、スーに比べてあきらかに太い。まるで丸太のようだ。体も一回り以上大きく、足の爪もナタのように鋭い。

 

「余計な知恵など必要ない! 考える頭などただの邪念製造機だ! この〇二号こそキメラ作戦の完成形! 私の考えうる、マグメイル国民全員の行き着くはてだ!」

「防陣!」

 

 プラッツ隊長の部隊が盾で壁を作った。さすが悪性幻獣を相手にするために結成された害獣駆除班(ハンター)だ。その異様な獣にうろたえること無く、プラッツ隊長を頭脳として、隊員たちは一つの生き物のように動いている。

 

「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 

 〇二号が腕を振りかぶり、思いっきり盾の壁を殴りつける。


 瞬間、ガッシャアアンと音を立てて、盾の壁が崩れた。


「何ッ! 龍を受け止める壁が!?」


 プラッツ隊長が慌てるほどに、強烈な膂力による一撃だった。何人かの隊員の盾が無残にひしゃげ、爪痕が深く残っている。

 

「ば、馬鹿な!? ドラゴンの爪すら弾き返す名工ボルト親方の傑作品だぞ!?」

 

 すぐに第二波が来る。ダンは思わず「あぶない!」と叫んだが、流石は歴戦の害獣駆除班(ハンター)たち。崩れた穴をすぐに塞ぎ盾の壁を作り出した。

 

「気張れ! 受け流して打ち込むんだ! 徹甲杭装填!」

 

 盾の壁の背後からガチャリ、と音がする。盾を作る後ろで、カウンターを狙う杭打機(パイルバンカー)を構えたのだろう。彼らの最大の武器である杭打機(パイルバンカー)は一撃必殺な武器である反面、隙が大きい。だからこそ、反撃を狙うのだ

 

 僅かに盾の壁が斜右へと傾いた。力をいなすつもりだ。

 

 一糸乱れぬその盾捌きは見事の一言。

 

 だが。

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 

 ブン! と振るわれた豪腕は、やはり害獣駆除班(ハンター)たちの技量を遥かに超えたものだった。

 

「うあああああ!」

「ぎゃあああ!」

 

 部下たちが何人かふっ飛ばされ、再び盾の壁が崩されてしまう。背後の控えていた攻撃班もタイミングを失い、引かざるを得なくなってしまった。

 

「プラッツ隊長!」

 

 ダンがすぐに銃をを構え、発砲。


 横にいたノーラも弓を構え、ピノーに至っては既に射撃を開始していた。

 

 迷うこと無くトリガーを引く。ダンと〇二号の彼我は三〇メートルもない。七・六二×五一ミリ弾を至近距離で喰らえば、生き物ならばかなりの痛手を食らうはず――なのだが。

 

「GUUUAAAAAAAAAAAAAAAAA」

 

 〇二号は身を捩り、痒いとばかりに身悶えするだけだった。

 

「何だと!? この弾丸が効かないとは!」

「駄目、魔力を込めた弓でも全然通らない! あのケダモノ何でできてるの!?」

「五・五六ミリ弾なんてもっとにゃ! まるで暖簾に腕押しにゃ!」

「無駄だ無駄だ。〇二号の皮下には常に魔力が循環している。魔法での攻撃が使えない分だけ、自己修復機能に特化している!」

 

 耳障りな老爺の声に、ダンは思わず舌打ちをした。

 

 その自己修復機能とやらは、おそらくスーにも備わっているものをさらに強化したものなのだろう。スーですら内蔵すら傷つけた処刑代替魔法の爆発を腹に負いながら、尚も生き永らえた。それが即時的なものならば、銃の弾丸程度では止めることはできない!

 

 構わず撃ち続けてみたものの、全く効いている素振りを見せない〇二号。だが注意を引くには十分だったようだ。ゆっくりと、視線をプラッツ隊長ではなくダン達へ向けていた。

 

「くそ! 弾丸では歯が立たない!」

「どいて! スーがやる!」

 

 スーがダン達の前に立ち、魔法を展開した。出会った時と同じように、頭の上に巨大な魔法陣を生成している。そこからぽわ、ぽわと出てきたのはバレーボール大の、禍々しく光る魔法弾だった。

 

「詠唱なしにこれだけの魔力を!?」

 

 ノーラが目を見開いて驚いていた。ビリビリと肌で伝わる力の圧は、なるほど魔法を自在に操るエルフですら驚愕に値するものなのだろう。

 

「いっけええええ!」

 

 スーが吠えると、魔法弾は不規則な軌道を描いて襲いかかる。高圧縮されたエネルギーを孕むそれは、着弾と同時に爆裂。ダンの眼には、まるでグレネードランチャーを掃射したかのような風景が広がっていた。

 

「スー、無理をするな! 一旦下がるんだ!」

「もう一押しだよ!」

「駄目だ! そういう時が一番――」

 

 戦いの時に一番危険な時は、少しでも不確実な希望を持つ時だ。

 

 緊張の弛緩。それは、勝利を確信した時に現れる最大の隙。

 

 〇二号に組み込まれた野生の本能と、人間がその懊悩に閉じ込めている攻撃性は、その一瞬を見逃さなかった。

 

「UAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 

 煙を割いて飛びがったのは、防御したであろう腕から血を流し、尚もそのナタのような爪を振りかぶる〇二号だった。

 

「うそ!?」

「スー危ない!」

 

 ノーラがバババ! と手で印を切り、一瞬のうちに魔法陣を生成した。古代エルフ魔法には手の印の組み合わせだけで展開できる技があるという。諸手を押し出すようにして魔法陣を押し広げると、ノーラとスーを包み込む青白い光のシールドが完成した。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 

 猛獣の爪が魔法シールドに接触した瞬間、周囲の空気が震える。あまりの力にノーラは「くぅぅ!」と苦悶の声を上げ、膝をついてしまった。

 

 〇二号はさらにもう片方の腕を振り下げ、僅かにたわんだシールドに爪を引っ掛ける。強引にシールドを割ろうとしているようだ。

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

「うそ、うそうそうそ! 防御陣がこじ開けられちゃう!?」

「ノーラ逃げて! スーがもう一度……」

 

 だが、その暇は無かった。

 

 バリン、と音を立てて、魔法の盾が砕け散ってしまった。

 

「なッ……」

「危ない!」

 

 〇二号の三太刀目が振り下ろされる瞬間。

 

 ダンはスーごと、ノーラを押しのけるようにしてかばった。

 

 直後にザン! と無慈悲な音がする。

 

 倒れ込むノーラの瞳には、のけぞってふっ飛ばされるダンの姿があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] ダンくん吹っ飛んだー!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ