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第21話 心のセイフティ

 いくら遠距離から一方的に殴れるスナイパーだとしても、数で押し切られては不利。どんな戦いでも、増援や補給路を断つことは大切だ。


「死神さんの言う通信網って……魔力通信のケーブルのことかな? 最新の設備だけど。あるのかな?」

「ついでに変なことを聞くかもしれないが、今の時代、魔法だの何だので遠くの人間と会話できるものはあるのだろうか。隣町とか、国を超えてだとか」

「視界に入るくらいの距離ならあるよ。ノーラも魔法で使ってたよね。でも、隣町とかそういうのは無いかな。あんまり遠いと大気中の魔力が干渉しちゃうから。国を超えてなんて夢物語だね」


 短距離トランシーバーに類似した技術や魔法はある。


 しかし、基地局を経由して電波を飛ばす無線通信網はない。


 面倒事が一つ減ったと、ダンは心のなかでホッとする。


「では魔力通信ケーブルがあると仮定する。この世界の土地は魔力があると聞いたから、干渉する地中埋設してるはずがない。露出はリスクが多いから、自然に考えれば空中架線となるが……」

「死神さん……貴方、本当に何者なの? なんでそんな事を?」

「また、教えてあげようとも――山だクルツ。ケーブルは必ず岩肌に吊られている」

 

 通信網は必ず存在する。でなければ、こんな岩山の影の基地はたちまち孤立してしまうからだ。もちろん秘密というからには、電柱を等間隔で並べるような愚はしないはず。

 

 ともすれば、ある場所は一つ。


 自然に紛れるようにしてケーブルを釣ることが出来る場所――即ち、背にある山だ。

 

「えーっと……あ、あった。山肌に沿って金具で吊り下がってる!」

「流石だ。アレなら狙撃で切断できる。ただ、それといっしょにもう一つ混乱を呼び起こしたい」

「……混乱、ね。ボクの得意分野だ」


 少し声が低くなったクルツを不思議に思うも、ダンは言葉を続けた。

 

「クルツ、武器庫を探し出して火をつけることができるか? おそらくあそこのテントだ」

「まかせて……死神さん、はいこれ」


 クルツが投げてよこしたのは小さい金属の箱。真鍮で出来た指輪ケースのような形。中には雲母石のように積層になった魔石が納まっていた。


「呼石だよ。さっき言ってた『視界に入るくらいの距離』なら通信できる」

「こんな便利なものが。ノーラは魔法でやっていたが」

「ぶっちゃけあれは超高等魔法なんだよね。あんな芸当できるのはベースキャンプでも古代エルフ語が堪能なノーラだけだよ」


 そうなのか、と驚くダン。彼女がいつも軽々とやっていた魔法だが、意外や意外、高等な技術であったとは。


 クルツは「それじゃ早速」と言って、黒頭巾被り、崖を降りていった。音もなくひょいひょいと岩と岩を飛ぶ様子はやっぱりニンジャ。鮮やかな身のこなしに、ダンは改めて感心していた。


「スーはどうしようか?」

「君は約束通り隠れているんだ。これから怖いことが起こるからな」

「スーももう少し役に立ちたい!」

「十分に役に立っているさ。ここへと案内してくれただけで時間を浪費しないで済んでいる」

「なら良かった!」

 

 スーはやはり甘えん坊なのか、まだ出会ったばかりのダンに顔を擦り付けてくるほどになついていた。


 ダンは目を細めて頭を撫でる一方で、こんな無垢な子供の腹を無慈悲にふっ飛ばす帝国という国に、ちりちりと怒りの炎を昂ぶらせていた。


「この子も、ある意味戦争被害者というわけか」

 

 生前にも戦争被害者に胸を痛めたことがあった。その悲惨な顔や――亡骸に。涙を流し、やがて枯れ果てた。


 ただ、ダンも戦争を飯のタネにしている以上、彼らを助ける資格などは無かった。

 

 戦争を起こす人間がいて、雇われている自分たちがいて。


 その割りを食って、人という権利を剥奪(はくだつ)された無垢の少年少女達に、どうして血塗られた手を差し伸べられようか。



『そうさ、私達は人でなしだ。手を差し伸べた瞬間、人としての業を背負う。だが人でなしは人でなしで、一発でも多く敵を撃ち倒せば早く収まるのも事実。私達は戦士であって、救済者ではないことを――ゆめゆめ忘れるなよ、ダン』



 肩を握り、ダンを優しく(いさ)めた少尉は悲しそうにそう言っていた。

 

 結局の所、戦争とは外交決裂の果ての起こらざるを得ない帰着。どこまでも利害か、または憎悪なのだ。

 

 戦争という偶像を作り出す人間がいて、彼らが潤い続ける限りは戦争被害者が無尽蔵に増える。たかだか数人の戦士が気張ったところでチェスの駒を弾く程度であり、足りなくなればプレイヤーはまるで将棋のように、強奪した力を補填する。

 

 惨劇のパッチワークは新たな憎しみを生み出し、民に等しく地獄を与える。そして最も遠い場所にいるオフィスのホワイトカラー達は、エロ動画を見ながら人の死と連動した利潤に、悪魔のような笑みを浮かべるのだ。


 いつの時代でも、戦争とはそういうもの。


 民のための戦争など一度も起きたことはない。

 

 だから、ダンはこの世界に来て嬉しかった。己の技が、そのまま幻獣の生命を護ることにつながる。血塗られた技であっても、明日への命を繋げることになる。


 スーのような無垢な命を戦争の駒にしようとする帝国に、今の彼は真っ黒な憎悪を向けることを許される。


 呪われた技を持つものは、自分だけでいい。


 守るものを害する全てを撃ち抜く。


 ダンの心の中のセイフティが外れる。


 心優しいリザードマンから冷徹非情、恐怖のトカゲ男に精神が切り替わる。

 

「スー、君はあの岩陰から見ているんだ。君を傷つけた悪い人たちを全て屠ってやろう。そうして何もかも終わったら、ベースキャンプに歓迎しよう」

「ホント!? スー、おとうさんもおかあさんもいないから。ダンの横にいていい?」

「いいとも。だから隠れているんだ」

「わかった!」


 ダンはもう、漫然と引き金を引き、羨望だけを追いかける狙撃手(スナイパー)ではない。守護者なのだ。

 

『死神さん、見つけたよ。プラッツのおっさんがつけてるような杭打機(パイルバンカー)だとか、小銃がいっぱいある。けれども半分以上持ち出されているね』


 呼石の箱からささやくような声が聞こえてきた。ダンはこれを初めて使うのだが、おおよそトランシーバーと同じだろうと石へと呼びかける。

 

「クルツ。私の銃声を合図に火を付けるんだ。プラッツ隊長の狩猟武器の中には焼夷グレネードもあったはず。連中も似たようなのを使っているならば、それを見つけて火をつけるんだ」

『了解。一気にやっちゃおう』

 

 サラマンダー85を構える。思わずノーラに距離と風を聞きたくなったが、今は一人だということを思い出す。

 

 慣れとは怖いものだ。生前はいつも一人でおおよその距離を掴んで狙撃をしていたというのに。

 

 湿度はあまり高くない。


 平屋の影に干してある洗濯物を見て、おおよその風向きを感じ取る。


 顔に当たる風の強さと洗濯物のはためくそれを見て風力推測。


 そうやって目の前の当たり前を数字に起こし、着弾予想を絞ってゆく。今見えている歩哨や、物見櫓の上にいる見張りの身長からスコープの目盛を換算して敵兵との距離を測りマッピングしてゆく。

 

 クイックサーチを終えると、次には戦いの狼煙になるケーブルを追ってゆく。それは平屋の建屋の背後から出て、そばに立つたった一つの電信柱を介し、山肌のアンカーに釣られているようだ。

 

 ダンはケーブルが固定されている場所に照準を合わせる。

 

 距離はおおよそ六〇〇メートル。すでに周囲環境の情報は得ている。頭の中で着弾予想図を更新して、現実へと当てはめてゆく。


 最後に息を止め――引き絞るようにトリガーを引いた。

 

 銃声。

 

 ダンの弾丸は見事ケーブルに着弾。青い火花を散らして切れたそれは、魔力の燐光を放って垂れ下がった。

 

 谷から急に響いた銃声に驚いたのか、物見櫓の見張りが慌てて双眼鏡を取り出した。しかし下の歩哨が「火事だ!」といって叫びまわる。クルツが武器庫に火をつけたのだ。

 

 同時多発的に起きるトラブルに、寝不足な見張りはすぐに混乱してしまう。あろうことか仕事を放棄して火事へと視線を向け、慌ててはしごを降りる始末だ。


「練度が低い。戦場ではそれが死に繋がると思え」

 

 レバーを押し込み、サラマンダー85へと命を吹き込む。

 

 物見櫓のはしごを降りている兵士の頭にクロスヘアを合わせて、銃撃。

 

 弾丸は吸い込まれるようにして兵士の顔に着弾すると、彼の顔面中央に大穴を開けた。事切れた死体ははしごの途中で崩れ落ち、足が引っかかって宙吊りとなった。

次は6月6日の0時更新

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