第11話 鳥が少ない森にはご用心
「こっちはあんまり来たこと無いよね」
ノーラが頭に腕を組み、まるでハイキングだと言わんばかりに森を歩いていた。既にベースキャンプから進んで半日以上が経っている。
呑気なノーラに対してダンは大荷物のリュックを背負ったまま、銃を携えて警戒しながら進んでいた。
「おい死神、やけに慎重になるじゃあねえか。ノーラの嬢ちゃんよ、こいついつもこうなのか?」
「そーよ。ダンはいっつもこう。作戦区域につくまでは、おっかなびっくり歩くのよ。幻獣は私達の味方だっていってるのに」
「警戒はするに越したことはない。あの公爵の言葉が本当だとしたならば、何かがいきなり悪意をこちらに向けてくる可能性もある」
「すげえ警戒心だな。俺たちですらそんなにやらねーぞ」
「プラッツ隊長は私兵上がりだから、気持ちがわかると思ってたが」
「俺はもともと砲兵、後方火力担当だったんだよ。知らぬ場所に一番槍なんかしたこたぁねえ。土台均して、大砲をえっちらほっちら担いで撃ってただけだ」
「砲手だったのか。この世界はそういう戦い方をするのか?」
「この世界? なんだなんだ、まるで別世界から来たような口叩くじゃねか」
思わずノーラが軽く肘鉄を見舞う。
そう、彼が異世界から来たというのはノーラと工房のボルト親方しか知らない事実なのだ。あくまで彼はこのベースキャンプでは、ダンは「流れのリザードマン」ということになっている。
「……ああいや、別世界といえば別世界なのだよ。故郷は砂漠が多くてな。砂嵐で大砲はあまり出番はなかったのさ。だからこそ我々狙撃手は、這って進んで土と一体化して、寝ながら銃を撃っていた」
言っていることは半分ウソで、半分は本当だった。現代において戦闘の舞台は中東、それも草木の生えない荒野と岩肌の地ばかりだったのだから。
そういう場所でスナイパーは岩陰に隠れたり岩山の上に陣取ったりする他に、何もない荒野にギリースーツをかぶり、腹ばいの匍匐前進で作戦地域まで進むことがある。
一キロほどの道のりを二日もかけてゆっくり、敵に見つからないように肘すらも立てず。這いずるようにして進むのだ。まさに、土と一体化である。
「はーなるほど。お前さんヘビトカゲ族のツラして砂漠のサルサディ公国の出か。確かにあすこはリザードマンの猟兵が多くいるって聞いたな」
ヘビトカゲ族なのかはダン自身も知らないことだったが、とりあえず頷いて話を合わせておいた。
「おおよそそんな感じだ。流れに流れてここに来た」
「なんで流れてきたかは聞かないでおくか。ここで同じ飯食ってりゃ仲間ってもんよ」
心のなかでホッと安堵のため息。プラッツ隊長はカッカしやすいが、基本的に器の大きい人物だ。相手が聞かれたくないラインを良くわかっているので、ダンはいつも助かっていた。
「なるほど。ダンさんはサルサディ出身なんですね。だからそんなに騎士然としているんだ――とっても、カッコいいです。ノーラにはもったいないくらい」
食いついてきて欲しくないところにオリヴィアが食いついてきた。流石に見かねたノーラが割って入り、助け舟のようにしてダンの腕にひっつく。「これは私のもの」と言わんばかりである。
「ちょっと何よノーラ」
「万年発情のウサギからフェロモンを嗅ぎ取ったから」
「はぁ? 私は純粋に興味を持っただけ。アンタもそうやってるけど、何もできてないの知ってるんだから」
ノーラがそう言うと、拳の中指と薬指の間に親指をニュッと出した、とても卑猥なジェスチャーを向けている。みるみるうちに顔が真っ赤になるノーラを見て、この世界でも『それ』は同じ意味を持つのかと、ダンは遠目でそう思った。
「ダン気をつけて。こいつこう見えてけっこう男癖が悪いの」
「誤解されるようなこと言わないでくれる? 恋愛が多いってだけ」
あーなんかもーこれ以上立ち入るとまた喧嘩がはじまっちゃうのかーと、哨戒をやめて目を細めるダン。思わずプラッツ隊長へと助けを求めたのだが、「俺は無理」と首を振られてしまった。
「ねーお二人サン、はしゃぐとボクの仕事の意味ないんだけど」
上から幼い声がする。見上げてみるとクルツが木の枝にあしをかけ、逆さまになってこっちを見ていた。
「クルツ、異常は無いか?」
「いまんとこはね。でも気のせいかな、ちょっと鳥が少ない気がする」
「鳥が少ねえ、だと?」
そう言って顔を険しくしたのはプラッツ隊長だった。背後の部下もまた、同じように戦いの前の顔になっている。
「鳥が少ねえってことは連中が逃げる何かがいるってことだ。ここいらの鳥はドラゴンが横にいても楽しそうに囀ってやがるからな。そりゃ異常だ」
「悪性幻獣が侵入した、という事か?」
ダンがそう尋ねると、プラッツ隊長は「解らねえがな」と言いながら背の荷を降ろす。
「よし選手交代だ。クルツ、お前ら哨戒班の拠点キャンプまでどれくらいある?」
「そうだねえ。あと二時間ってところかな?」
「その間に何か痕跡があったらすぐに言え。おい死神。ここからは猛獣地区だぜ」
「了解した。お手並み拝見といこう」
プラッツ隊長たちが背負っていた荷物から狩猟道具を取り出した。
左手には縦長のカイトシールド。そして右の手甲に装着したのは、まるでレトロフューチャーの世界から引っ張ってきたかのような杭打機だった。
リボルバー拳銃のようなシリンダーが末端についたそれは、ドラゴンの鱗すら貫く必殺兵器なのだという。
「それが狩猟道具というものか」
「別にこれだと決まっているわけじゃあねえ。榴弾をしこんだ投げ槍とか、ボウガンを使うことだってある」
「頼んだぞプラッツ隊長。私の銃では幻獣に無力だろうからな」
プラッツ隊長はサムズ・アップして応えると、部下とともに盾を構え防陣を組み先陣を切っていた。
「やだダンさん、怖い……」
「ちょっと! くっつくなこのエロウサギ!」
「あらノーラ、お酒がきれてカッカしてる?」
「あ?」
「お?」
ダンには見えないが、二人が背後で静かにぶつかり合っているのがわかる。どうしてこう、この世界の女性は軽々と男に接触してくるのか。
ダンは思わず尻尾をしんなりさせるが、「今は仕事中」と気合を入れ直して、銃を構えて進んでいった。




