第10話 疑惑の男
招集から二日後。ハルモアの月夜の前日。
予定通りにカーマイン男爵ほか、結界班を中心とした職員たちが各々の故郷へと戻っていった。
「確かに、結界班の人たちは休み無しで働いてるから、ねえ……」
ノーラはため息をついていた。今日はアインツ公爵直々に特別混成班への激励を兼ねた出陣式を執り行うということだ。
ベースキャンプに残った出番の職員たちが中央広場に集まっていた。特別に作られた壇上にはアインツ公爵が激励の言葉をかけている。
「観念するんだノーラ。結界班達はいつ倒れてもおかしくない連中ばかりだった」
「わかってる! わかってるけど! カンヅメって! 禁酒やだー!」
ムキー! と小声で怒るノーラ。ダンはため息をつきながら相棒の前に立ち、目立たないように壁となった。
ハルモアの月夜はおおよそ一週間ほど。その間結界班達には休暇を与え、その間手薄になる森に混成部隊を点在させるという。
キャンプ気分の者もいれば、ノーラのようにガッカリしてる者もいる。共通しているのは、時期が時期だけにトラブルなんてほとんどないだろうと、皆半分くらいは気が抜けていた。
この配備がカーマイン男爵発かと思えばアインツ公爵の助言なのだという。事業者の観点から結界班達のリフレッシュを提言したそうだ。
ダン自身も日に日にやつれてゆく結界班たちを見て心を痛めていたので、提案自体はとても良いものだと思っていた。身も心もリフレッシュして欲しいと切に願うばかりだ。
――ただ、もしも。
――これ自体が罠なのだとしたら。
ーーもし極端に手薄になったベースキャンプを取られたならば、森に散った我々は壊滅ではないのか。
いやいやいやいや。
まてまてまてまて。
心の中の人間の姿をした自分自身が、漫才師のようにツッコミを入れてくる。
ここはそもそも戦場じゃないだろう? ――と。密猟者と戦争しているわけでもない。あくまで救済措置だ。
「……考え過ぎか。もうここはあの地獄じゃない」
「うう、ダンと一緒だけならまだ耐えられるのに。なんでオリヴィアと赤髪ゴリラと一緒にいなきゃいけないのよ」
「おいゴリラつったかこの野郎」
「あたしも正直おんなじ気持ちなんですけど? てかなんでこの野蛮人と一緒なのよ!」
にわかに青筋を立てるのはプラッツ隊長とオリヴィアだった。大きなため息をつくのはノーラだった。
「あーらら、こりゃハズレ引いたかな。しかもボクらの担当森の端っこ、国境の近くだって。一番遠いよ。死神さんもハズレだと思う?」
いつの間にか横に居たのは黒装束のハーフリング。頭巾のわずかな目だしから悪戯っぽい笑顔を向けてくるのはクルツだった。彼もまた同じチームらしい。
「さてな。この機会に、みんな仲良くなれればいいんだが」
「どうだかねえ。ま、ボクは仕事に集中するよ。人付き合い苦手なコミュ障だからね」
それがいい、とダンは素直に思った。
★
「ああ、少しお待ちを。ノーラお嬢様、よろしいですかな?」
出陣式が終わり各班が樹海へと向かう途中、ダンたち第一班をアインツ公爵が呼び止めた。
「アインツ公爵様。お嬢様は止めてください。ワイルドワンド家とアインツ家では格が違います」
いつもだらしないノーラが背筋を真っ直ぐに伸ばし、淑女然としてきれいな言葉で対応している。流石大令嬢といったところだろうか。因みに背後でオリヴィアがくすくす笑っていたが、余計な茶々にならないようにダンは尻尾で隠しておいた。
「いえいえ。私はもう身を引いた隠居。少し貴族たちや皇族たちに顔のきく程度の爺でございますよ」
「そんな。恐縮です……」
「閣下。何か火急の用――いや、我々だけに知らせたいことが?」
「ええ、聡明なリザードマン。特にあなたたち対密猟者班がいる第一班にはね」
「……狙撃のオーダーがあるということですね?」
ノーラを含め、皆がぎょっとした目でダンを見た。アインツ公爵はしっと人差し指を立て、周囲を伺って小声で話し始めた。
「前の集会で大隊長のおっしゃっていた通りです。最近隣国である帝国から黒い噂が絶えません。中でもあなた達第一班が見守る場所は、奴らとの国境付近になります」
ダンが地図を頭に思い描く。樹海は三方を山で囲まれ、森が開けている場所のほとんどがマグメイル側を向いているが、北の端は国境が隣接していた。
「帝国ですか。私は新参者で知らないことが多いのですが、つまりはマグメイルの仇敵ということでよろしいですか?」
「その通り。十年前に侵略してきた、あの帝国です。噂によると、現在帝国では、幻獣を使った良からぬ事を企てているそうなのです」
「幻獣を使う……ですって!?」
「ええ。かの帝国の幻獣は狩りつくされてしまったという話も聞きます。それが半年前――というと、皆様も何か腑に落ちるところはありませんか?」
「そういえば、密猟者たちが増えだしたのもそのあたり――」
ノーラの言葉に、メンバーたちは顔を見合わせた。
つまりアインツ公爵はこう言いたいのだ。最近の密猟者の増加は、結界班達の疲弊だけでなく、かの帝国も関わっているかもしれない、と。
「閣下。恐れながらその情報はどこから?」
「仲の良い友人から、とだけ。あとこれは個人的な憶測ではあるのですが――大隊長の動向に気をつけなさい」
「!? やっぱりあの野郎が!」
プラッツ隊長の髪が怒りでブワッと逆立つ。彼の部下たちもまた同じ用に怒りをにじませていた。
「落ち着いてくだされ赤髪の勇士。あくまで憶測です。裏はとっておりません。ですが、この最中に何の手立ても無く、この老骨に大事を預けるというのも少し不思議な話なのです。リフレッシュ休暇の提案も、すんなりと採用されてしまいましたし」
「なるほど。我々が政治的にデリケートな部分へ派遣されることに意味が出てくるかもしれない……と、そういうことですね?」
と、まるでアインツ公爵の陰謀論に乗ったような口ぶりのダンだが、内心は疑念のままだった。
スナイパーは徹底的な現実主義でなければ務まらない。
確証がない限りは絶対に判断をしないのである。
そんなコトを考えているなどとはつゆ知らず、アインツ公爵はダンへニコリと笑う。
「貴方はやはり、実に聡明ですダンさん。なので――仕事を全うしてください。意味は理解できますね?」
つまりは。ダンに密猟者を、あるいはそれを装った輩を撃てと言っているのだ。
仕事ならば撃てるとダンは思う。弾頭の向かう相手が、カーマイン男爵であろうが……そして、アインツ公爵であろうがだ。
「理解しました」
「流石でございますな……貴方のことは個人的に興味がある。もし困ったことがあったならばいつでも相談に来てください」
「痛み入ります閣下。ですが、今のところはこの上司が良くしてくれているので」
尻尾で指すと、「え、私?」と戸惑うノーラ。次第に恥ずかしくなったのか、いつものようにもじもじし始めた。
「はっはっは。良いチームだ。期待しておりますよ、勇士達」
そう言ってアインツ公爵は戻っていった。彼は帰りすがら他の隊員たち一人ひとりに激励をしている。とてもマメな性格なのだろう。
「ダン。どう思う?」
ノーラが不安そうに、ダンの尻尾を握ってそう言った。ノーラとて密猟者相手には苛烈かもしれないが、陰謀めいた何かと立ち向かうことなどしたことが無いはずだ。
「さあな。私は仕事をするよ。それでいいだろう。国同士の喧嘩は、ああいう国士たちに任せればいいさ」
「そう、だよね……」
「ビビったのか?」
「! ビビってないもん!」
エルフはその気質の大小はあるものの、基本的に負けず嫌いだという。ダンはここぞとばかりに茶化してみると、案の定のリアクションが返ってきた。
「どのみち私達がやることは一つだ。皆もプロだ。やることは決まっている。そうだろう?」
ダンがそう言うと第一班は皆一様に頷き、強い足取りで樹海へと歩を進めていった。




