つぐないとなみだ
「本当に、本当に申し訳ありません……っ!」
一通り村長に説明をし終えて、村長は開口一番そう頭を下げた。いや、実際は下げられていないんだけど。寝たきりだし。
だが、代わりに村長はとんでもない威圧をフェリスにぶつけていた。
あれは怖い。正直に怖い。
精神的にも体格的にも芯がある人が叱ると、めっちゃ怖いんだよな。
フェリスはすっかり委縮して、正座していた。
「普通であれば呆れて見捨てられていてもおかしくないというのに、村を救おうとまで……なんという聖人か……! あなた様こそまことの勇者!」
「いやそんなことないです」
俺はすぐに否定した。
単純に打算と下心が走っただけだし。
「なんという謙虚さ……!」
けど、やっぱそういうの伝わらないよな。
諦めながら、俺は話を進めることにした。
「とにかく、寝床だけでも確保したいんですが」
「さ、さすがに三〇〇人となると、家には入り切りませんな……この里はせいぜい二〇〇人程度ですし……倉庫とかいった類も、壊されてしまいましたし」
「ですよね」
村の有様は良く知っている。
だからって、『俺』たちを野宿させるのもどうかと思うんだよな。いや、もちろんそう命令したら従うんだろうけど、不満たらたらやってくるのは目に見えてるんだよ。
だって、俺だもん。
それに、なるべくブラック企業的なことはしたくない。
風呂は諦めるにしても、せめて寝床は……!
「勇者さまは村を救ってくださった恩人だ。我々としても最大限なんとかしたい。スペースに関しては、村の南側の森なら、好きにしていただいて結構なのだが」
「毛布というか、布ならたくさんあるので、そっちは何とかなると思いますけど」
「布?」
「はい。この村の特産品なので。西側に大きいプランターがあって、布糸を吐き出す虫がたくさんいるんです。品質には自信がありますよ!」
ぐっと両手を胸の前で握りしめながら力説するフェリス。くそ、いちいち可愛い。
ともあれ、そのプランターにいるのは蚕みたいなものか。
それだったら、たくさん布もあるし、紐とかもありそうだな。
「それなら、アレが作れそうだ」
『うん』
『そうだね、マスター』
同じことを考えていたらしい『俺』たちも頷いた。
「じゃあ、悪いけど大きい布と、それと、これくらいのサイズのロープとか紐とか欲しいんだけど、準備できるかな」
「はい。みんなも持ってると思うので、大丈夫です」
フェリスは自信満々に言うと、さっそく村長の家を飛び出していった。
役に立てると思って張り切ったらしい。
残ったのは、がんばって家を修復していくミノタウラたちの作業音と、『俺』たちと簀巻きチョビ。そして村長。
なんとなくビミョーに気まずい。
「勇者様」
そんな空気を察してか、村長が口を開いた。
「はい?」
「本当にありがとうございました。うちのフェリスが本当に……」
「いえ、もう過ぎてしまったことですし、今も必死に頑張ってくれてますし」
何より可愛いし。というのは言わない方がいいよな。
「そうですか……時に勇者様。この一件が終わった後、どうなさるおつもりですか?」
「え? そ、そうですね。まだあんまり考えてないんですけど、せっかくの知らない世界なので、色々と見て回りたいですね」
正直に言うと、村長は満足そうに目を細めた。
「いいことです。あなた様なら、いかようにもできるでしょう。我らと同じ亜人族であれ、見た目は人間そのものだ。人里に暮らすことも容易のはずし、その力を使えば、中央に入り込むことも可能でしょう」
「さすがにそれは遠慮したいですけどネ。絶対にメンドーだ」
「はは。違いない」
苦笑すると、村長も笑った。
「うぐっ……」
ごと、と物音と呻く声。チョビだ。
見ると、ようやく意識を取り戻したらしい。早速俺と目があって、思いっきり顔を蒼白させていく。
「ひぃっ! おねがい、もうくすぐらないでっ……!」
「もうしないって言いたいけど、これからの君次第かな」
「ひえぇっ」
あれ。正直に言っただけなんだけど。
まぁいいか。コイツのやったことは、許されることじゃあないんだ。
「とりあえず、明日になったら俺は人里へいこうと思う。チョビ。お前もついてこい」
「え?」
「お前に村を襲えって依頼した人にコンタクトをとりたいんだ」
「えええ?」
「ちなみに拒否権はないぞ」
ズバり言うと、チョビは項垂れて床に顔をこすりつけた。
「まぁいいけど……どっちみち、俺は殺されるんだろうし」
あ、やさぐれた。
ってことはこれ、チョビは脅迫されて依頼を受けさせられたとか、そういうパターンか。だとしても罪に変わりはないんだけど。
「ちくしょう、ちくしょう……! 俺はただ、生きるために……」
「だからって、やること間違えすぎだろ」
「うぐっ……! だって、だって、路銀をどっかに落として途方にくれて、パンひとつ食えなくて、寝るところもなくて、馬小屋のすみっこの方でワラを食ってたとこを助けてもらって、そしたらそれをダシにして……!」
ちょっと待ったなんだその物悲しい経緯は。
「俺だってやりたくねぇよ。強引に召喚魔法を覚えさせられたり、こんなことさせられたり……! でも、やらなきゃ俺が殺されるから……! それで……! ううううっ!」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、チョビは咽び泣く。
「なんでそもそもそんな状態になったのさ」
「里から追い出されたんだよ。魔族として情けなさ過ぎるって……」
「まぁそれは思ったけど」
あくまで俺もイメージだけど、魔族ってもっとイカつい感じだし。
チョビはちょっとビビりすぎなイメージがある。
「だから、だから……男らしくなろうって思って!」
「でも結局、誰かのいいなりになって、こんなことになっているのであれば、本末転倒もいいところではないか? 青年」
ズバっと切り捨てるように言ったのは、村長だった。
「んぐっ」
「相手はそんな君の心の弱い部分にまでつけこんで、里を奪おうとしている悪辣な輩だということでもあるが……それで同情して、君の罪が薄くなるわけじゃあないぞ」
「……分かってる。だから、少しでも償いはするさ。だから、この縄を解いてくれ」
チョビは俺に真剣な目線を送ってきた。
ふむ。
俺はちらりと『俺』たちに送る。みんな、一斉に頷いた。
「一応警告しとくけど、逃げようとしたら」
「うっひゃあああああああ! 分かってる、分かってますから!!」
「じゃあ」
俺はすっと回り込んで、簀巻きから解放する。
チョビは軽くストレッチしてから立ち上がる。改めて見ると、ガチで怖いんだよな。角とか牙とか。体格もエグいし。見た目だけならぶっちゃけ俺がチビりそうだ。
そんなチョビは、ゆっくりと歩いてから、村長の前にひざまずいた。
欠けてしまった手を、優しく取る。ゴツい手で。
全然絵にならねぇ。けど、何をしようとしてるんだ。
「このケガ……俺のミノタウラがやったんスよね……本当に、すみません」
「青年」
「だから、なんとかします」
そう言ってから、チョビは目をとじて、全身を光らせた。
「《完全治癒》」
ふわ、と、穏やかな風がふいて、村長が光に包まれていく。村長が一度だけ、軽く声をあげた。というか、漏れた。
──あ、これって。
理解すると、村長の全身が再生を始めた。ゆっくり、ゆっくり。
比例するように、チョビは険しい表情を浮かべながら、汗を滲ませていく。
「回復……魔法」
『それもとびっきりのじゃないの、これ』
『うん。そんな感じする』
体感時間にして、約五分。
チョビはようやく村長の手を離し、光を消した。ぐったりと倒れかけたが、素早く村長が片手で受け止めた。
「大丈夫か?」
「はぁ、はぁ……なんとか……大丈夫っす。ちょっと休んだ……ら」
チョビは肩で息をしながら、村長の補助を借りて壁際にもたれこんだ。
村長はチョビの前に腰を落とした。改めてみると、歴戦の猛者って感じの顔つきだ。
「そうか。ありがとうな、青年、いや、チョビ殿か」
「こんな目にあわせたのは俺っす。感謝とかいらないですよ」
「そうはいかんとも」
「お人好しっすね……俺とは大違いだ」
チョビは自嘲するように、へへ、と笑った。
すると、村長は素早くその頬をはたいた。ばぎっ、と鈍い音を立てながらチョビの顔は九〇度ひん曲がる。
「うぼげぇっ!?」
あれは痛い。絶対に痛い。
「あっ、すまん手加減間違えた」
「おぉう、おぉぉう……」
村長が慌ててチョビの頬をなでた。
…………わざとやったんじゃあ、ないよな?
一瞬疑ったが、どっちでもいいと思ったので追求はやめておいた。どっちにしても、チョビにはいい薬だからだ。
「そんなことはない。君は今、償いを自ら進んで行った。そして、その行為で私は元に戻った。これは称賛されるべきだ」
「……っ」
「君はこれからやり直せ。私が、君を処刑させないように取り計らう。若者には、未来があって然るべしだ」
すげぇな。
素直に俺は思った。だって、村をこんなことにされて、自分もここまで大きなダメージを受けて、なんでこんなこと言えるんだ。
器がでかいとか、そういう騒ぎじゃない。
本当に優しく、強い人だ。
この人こそ勇者じゃないだろうか。
チョビも肌で理解したのか、ぐすっと鼻を鳴らした。
「……あんた、ホントにお人好しだな……だったら、俺に、こうさせてくれ。あんた以外にも怪我人とかいるんだろ? みんな治療するよ」
「分かった。頼むぞ」
村長が穏やかに笑んだ。そのシワ、似合いすぎだろう。
元の世界じゃあ見たことない。見習うべきだなぁと思っていると、どたどたと足音がやってきた。
フェリスだ。
「お待たせしました、手はずが……って、村長!?」
寝室に入ってくるなり、フェリスは驚きを全身で表現した。
村長は穏やかな笑顔のまま、フェリスに向かって両手を広げる。
「おかえり、フェリス。おいで」
フェリスが、弾けるように飛び出して、村長に抱きついた。
村長はしっかりとキャッチし、フェリスをだっこしてからぎゅっと抱きしめた。
「ああ、ああ、ああああ、村長さま、村長さま! 村長さま────っ!」
「ああ、フェリス。良かった。もう一度お前を抱きしめることができるなんて……」
「うわぁぁぁぁあああああんっ!」
ああ、なんだか目頭が熱くなるなぁ。
ちょっぴり良いお話でした。
次回は男気がみれる……!?
お楽しみください。
面白かったら、評価などお願いします。原動力になります!