レベルアップとメシテロ
「──せいっ!」
相手の呼吸や目線に注意しながら踏み込んで、俺は鉄剣を横薙ぎに払う。
しっかり腰の入れた一撃は、あっさりと敵を両断し、光の粒子をまきちらした。
──レベルアップしました!
ウィンドウに、三十六という数字が表示される。俺のレベルだ。
レベル二〇を越えてから、ペースとしてはかなり落ちてきている。このあたりの魔物は経験値が一桁なので仕方ないっちゃあ仕方ないし、そろそろ狩り尽くす具合だ。
時間は、三時を迎えようとしている。
ちらりとフェリスを見やると、そわそわとどこか落ち着きがなくなっていた。ということは、タイムリミットが近いんだろうか。
このレベルでどこまで挑めるか。未知数ではあるが、後は作戦次第でもあるか。色々と確認したいこともあるし。
でも、確認はしておかないとな。
「フェリス、時間は大丈夫か?」
「あ、はい。あ、いえ。その……」
どっちだ、とツッコミをいれそうになった瞬間だ。
──ぐぎゅるるるるぅ。
と、可愛らしいお腹が、割りと凶暴な音をたてた。あーあ、そういうことか。
フェリスは顔を真っ赤にさせ、耳をぺたんと倒しながらお腹を押さえる。くっそ可愛い。
「まぁ、お腹も空くわな」
『うん、俺たちもお腹減った』
そう。俺もいい加減空きっ腹で、それは当然分身である『俺』たちも同じことだ。
移動がてら食料も調達した方がいいだろう。何せ三〇〇人だ。必要となる量はそれこそ膨大になる。
っていうか、まかなえるのか?
結構怪しいな……。
草原には、敵はいれど食料になりそうなものはなかった。魔物も光の粒子になって消滅するので。肉でさえ手に入らないし。
あれ、これ軽く食糧危機では!? 早くも異世界ライフの危機! サバイバルな予感!
「いい加減水も欲しいしな……」
『じゃあ、貪食スキル使ってみる?』
提案してきたのは思索検証班の一人だ。
手に入れたスキルで、唯一使途不明なものだ。もう一つの《合体》は検証済みだ。
何か嫌なんだよな、《貪食》って。
意味は、確かむさぼり食らう、もしくは細胞の食作用のことだ。
細胞の食作用とは、細胞が固形物を取り込んで吸収することであり、白血球とかが雑菌を食らって体内の免疫を保っている、アレだ。
鬼のように食欲が出て、なんでも食べられるようになる、とかなら嫌だなぁ。しかもスライム系からのスキルっぽいので、かなり有りうる可能性だ。
このまま一食くらい我慢しても、餓死するわけじゃあない。でも万全を期す必要もあるわけで。
空腹がいかに身体機能を下げ、集中力を削ぐのか良く知っている。
「物は試し、か……使ってみるか」
俺はごく、と喉を鳴らしてから、スキルを発動させる。
柔らかい光が俺を包んで──それで終わる。
って、おい。何も起きねぇのかよ。
拍子抜けに呆れると、索敵班からの感覚共有がやってきた。敵だ。
素早く鉄剣を構えて振り返ると、鮮やかなスカイブルーのスライムがいた。
ううっ、同族か!
うにょうにょと威嚇用の小さい触手角を出しているのを見て、俺はほっこりする。
先がほんのり赤くなって、なんだか可愛いのである。くそぅ、戦闘の意思が削がれる!
「どうしましたか、ゆうしゃさま」
「いや、ちょっと……」
ああ、言ってられないか。仕方ない!
俺は意識を集中させ、両腕をじゅるりと半透明のスライム状に変化させ、ジャイロ回転をかけながら高速で襲撃する。
スライムを移植されたからこそ可能な技、形状変化だ。
これも検証で見つけた機能で、全員でしばらく慣れようと練習したら、あっという間に習得できたものだ。
ビバ経験値共有である。
俺は自在に腕を操り、スライムを囲む。
「悪いな」
俺は塩分濃度を調整し、浸透圧差でスライムの体内に浸入、半透明に擬態していた内臓までも溶かした。
悲鳴も何もなく、スライムは何度か大きく痙攣してから絶命する。
経験値が三入った。
後はスライムが光の粒子になって消えるだけなのだが。
ぽんっ、と軽快な音を立てて、スライムはすっごい見慣れたもの――ゼリーに変化した。
「え、ええ………………?」
それは弧を描いて、俺にやってくるので、反射的にキャッチする。
ご丁寧に紙製のカップに入ってますよ。
ぷるぷるしたゼリーが。
しかもなんだか甘い香りするし。
俺は思わずフェリスを見た。
フェリスも目を点にさせていたから、ありえない珍現象なんだろう。いやそうだろ。魔物を倒したらなんでゼリー出てくるんだよ。
「い、一応、《鑑定》かけてみますね」
かなり戸惑いながら、フェリスはゼリーに魔法をかけた。
小さな手を掲げ、ほんのりした光が浴びせられる。
「……えっと。ワラビモチってなってます」
「…………………………わらびもち?」
俺は理解するまでに、たっぷり数秒間かかった。
え、嘘だろ? わらびもち? え? スライムから? え? いや、確かにイメージ的には似てるけどさ。え、いや、でも、えええええ…………。
思いっきり戸惑っていると、ぐう、と俺の腹が鳴った。
透明なわらびもちはぷるぷると、食べて欲しそうにしている。
けど、これは、スライム、だったもの……。
「毒とかはないので、食べられるものかと」
「う、うーむ」
フェリスの後押しを受けて、俺は意を決した。
ぷるん、と一切れ掴み、俺はゆっくりと口に運ぶ。ああ、南無!
「……んんっ!?」
美味い。めっちゃ美味い。
俺は思いっきり目を大きくさせた。
ひんやりとした冷感は優しくて、弾力があった。
けど。もむ、と噛むと食感が変わる。もちもち、とろとろ。そして、口に穏やかに広がっていく甘み。これはたまらん。
そして、それは喉を通して身体中に染み込んでいく。
後味はスッキリ。何も残らない。
「ゆ、ゆうしゃさま、すごく美味しそう……」
「うん、美味い。フェリスも食べるか?」
「……はいっ!」
すすめると、フェリスは一瞬で顔をぱぁ、と明るくさせた。
そりゃそうか。さっきお腹すごく鳴らしてたもんな。ちょっと悪いコトしたかも。
俺はすぐにひと切れつまむ。
フェリスに手渡そうとすると、フェリスは小さい口をぱっくり開けていた。
って、ええ。ここに入れろってことか。
も、もしかして、これは、あれでは! あーんってやつでは!!
「あ、あーん」
電撃的に緊張しながら、俺はわらびもちをフェリスにあーんした。
「あむ……んむ……っはぁぁあ……」
甘さが口の中を支配したからだろう、フェリスの目がきらきらと輝きだした。
そして、ふにゃあ、と、ほのかに顔を赤らめながら、脱力した笑顔を浮かべる。心なしか、猫耳もふにゃっとしている。
なんだこれ、なんだこれ。可愛すぎか。
「お、おいしいれふ……! これ、すっごぉい……! すっごい美味しいっ……!」
こんなの食べたことないって顔だな。
でもまぁそりゃそうか。わらびもちって言った時、発音も怪しかったし。もしかしたらこの世界のどこかにもあるのかもしれないけど、少なくともフェリスは知らない。
「そっか、良かった良かった。じゃあこれ、全部あげるよ」
「ふぇっ!? え、え、でも……」
フェリスは手を伸ばしかけて、自制するようにぴたっと止まった。
「これは勇者様である俺が確保したものだから、か? そんなの関係ないよ。俺はまたすぐに調達できるから、フェリスが食べなよ」
『そうだね』
『俺たちは魔物を狩ればいいから』
優しく諭すと、『俺』たちも同意してくれた。
心強い援護射撃を受けて、フェリスは顔を明るくさせて、ぺこりと頭を下げた。
「はい、ありがとうございますっ! いただきますっ!」
元気よく言って、フェリスはぱくっとわらびもちを頬張った。
ああ、可愛い。
いつまでも見ていたかったが、そうもいかない。俺の腹もかなり空腹だ。わらびもちの一個が腹起しになったようだ。
それに、早くも検証班が相談して、どんな魔物を倒せばどんな料理が出現するのかを調べるべきだと結論を出している。確かに、それは俺も知りたい。
「じゃあ、食糧調達もかねて、がんばりますか」
『『『おーっ』』』
こういう時、大声を出さないのが本当に俺だよな。
次回は夕方から深夜に更新します。
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