キノコシチューとベーコンエッグ2
おばちゃんの朝ごはんは、控えめにいっても最高だと思う。
手伝いを終えて、俺とフェリス、チョビはようやくテーブルにつけた。朝から労働したって感じで、良い感じでお腹もすいている。
「あいよ、お待たせ」
綺麗な白いテーブルクロスに、ことん、と音がした。
おばちゃんが配膳してくれたのだ。
俺たちは一気にいろめきたつ。
男でも満足できるよう、大きめのプレートにもられた、サラダとベーコンエッグと、焼きたて湯気の立つロールパン。
早速いただこう。
俺はフォークを取って、サラダに手をつける。
ざくっ、と音がした。
冷たい水にさらして半透明になったタマネギに、シャキシャキな鮮やかなグリーンレタスと赤く熟れたトマト。オリーブオイルと塩とレモンだけのドレッシングだけど、だからこそシンプルで美味しい。この絶妙な酸味が、むしろ食欲を引き立ててくれる。
んー、食感いいな!
ざくざくした奥から、野菜の甘みがやってくる。苦みがない。
爽やかな風味に息を吸うと、濃厚な肉の匂いがした。
ベーコンエッグだ。
カリカリに焼かれて香ばしくなったベーコンの脂を充分にすった、半熟の目玉焼き。少しナイフを入れれば、固まるか固まらないか、絶妙な塩梅のとろっとした黄身がこぼれる。最高のソースだ。
最初、脂で炒められたことでちょっと固めになった白身と、とろとろの黄身をベーコンに乗せて一口。もう至宝の美味しさだ。
ほっかほかでカリカリした食感のベーコンから、塩気の纏った強烈な肉の旨味がやってくるが、すぐにたんぱくな白身と濃厚な黄身がコーティングして舌が和らぐ。
「んくっ」
思わずほっぺがじゅわーっとなってしまう。
カリカリのベーコンが黄身を吸って柔らかくなる。すると、肉の持つ柔らかさが復活したようになって、更に旨味が増す。
もーうまい。これはうまい。
いつまでも噛んでいたい衝動を我慢して飲み込み、俺はパンを掴んだ。
手に馴染むサイズのロールパン。手に持てばまだ熱をしっかり持っているのが分かる。
がぶっと豪快に一口。
ぱりっとした薄い、日焼けた小麦色の表面が割れ、中からほっわほわの湯気と生地が解放されてくる。
「ほふっ」
一息だけ湯気を吐き出す。
するとどうだろう、パンの香ばしさと緩い甘さが一気に凝縮された。
柔らかい。とにかく柔らかい。
ふわふわ、もちもち。口に優しい食感は、噛めば噛むだけ甘さを引き出してきて、口の中にある脂も吸い取ってくれる。ああ、これだ、これ! あまじょっぱいの!
思わず足をじたばたさせる美味しさだ。
しっかりと味わって、俺は冷たい氷の入った牛乳を飲む。
きゅっと美味しさが引き締められた牛乳も、深いコクがあった。
「うんまっ」
っていうか、牛乳ってこんなに味があるのか!?
この濃厚な旨味はタンパク質だ。高温殺菌してしまうと、壊れてしまう旨味だ。短時間で安全な牛乳を作れるのだから、高温殺菌は仕方ないのだが、じっくりとコストをかけた低温殺菌はこれに近い旨味がある。
地球にいた頃は、俺、よく二四時間営業のスーパーいって低温殺菌牛乳を買ってたなぁ。高いけど。あれ、高いけど。
思わぬ美味しさに出会いつつも、これらはメインじゃあない。
「いよいよだな、キノコのシチュー!」
目の前に鎮座する、穏やかな見た目の木製皿に入っている、具沢山なシチュー。
ややブラウンな乳白色なのは、しっかりとキノコの旨味が溶けだしているからだろう。あれだけ細かく繊細に下処理して取った出汁を使っているんだ。間違いない。
俺はスプーンをとって、シチューに沈める。
おお、ぼてっとする手前の、本当にとろーっとした感じだ。いいな。スプーンから垂れることはないけど、口にいれたらすっと溶けるやつだ。
ふわって香るのは、大地の芳醇ともいえる落ち着くものだった。ああもう絶対美味いやつ。
俺は目をとじて、ゆっくり味わおうと口元へスプーンを運んで。
何かすっげぇ硬いものに顔面を殴られた。
いや目をとじてたから分かんないけど。
ただ衝撃が頭を貫通して、俺は吹き飛ばされた。バランスを取り戻せず、そのまま倒れこみながら、したたか背中を壁に打ちすえる。
「くはっ」
衝撃で空気を吐き出しながら、俺は目をあける。何が起こったんだ!
頭を打ったせいか、まだ視界がボヤける。
ただ、
「きゃあああっ!」
というフェリスの悲鳴と、
「あ、ああ、あ、あ、あアニキっ!?」
動揺しまくって挙動不審な感じになっているチョビの声はした。
いや、なんだ。だから何が起こったんだ?
俺は頭を振って我を取り戻し、自分が座っていたイスとテーブルが引っくり返っていることに気付く。
────え? テーブル?
はっと直前の記憶がフラッシュバックのようによみがえって、俺は探す。
待ちに待った、キノコシチューさんを。
そして、見付けた。
無惨にも引っくり返り、地面にその身を投げ出したキノコシチューさんを。
────は?
いやまて。どうして?
混乱。絶望。
地面にゆっくり染み込んでいくキノコシチューさんを呆然と見つめながら、俺は頭が空白になっていくのを止められない。
「おいコラァ! よくも仲間をつきだしてくれたなぁ!」
そんな中、ガラの悪すぎる連中の怒声が響いてきた。
ゆっくりと視線を送ると、宿の食堂に乗り込んできたのは、三人の男。いかにも筋肉を見せつけてますって感じの服装だった。
見た目もかなりガラが悪く見えるように気を付けているらしい。ずいぶんとぶっ飛んだ髪型三人衆である。
「何いってんだい! ひとの敷地に勝手に侵入してきて盗みを働くからだろ!」
おばちゃんがしっかりとがなり返す。
それで何となく察した。
俺が捕まえたあの二人は、おばちゃんが突き出したんだ。いつの間にか。
っていうか。
うん。まって?
俺の、シチュー。
ゆっくり視線を泳がせると、三人衆の一人が足をあげていて、そこだけあるはずのテーブルがなかった。
つまり。
蹴り飛ばしてきたのか、ここまで。
俺の、シチューを。
ああ、そうか。ぶっ飛ばしたのか。
ああ、そうなんだ。
へぇ。
そうなんだ。
俺はゆっくりと起き上がる。
何故かチョビがびくっ! と肩を震わせ、フォルトがぎょっとしながら天井近くまで逃げたけど、気にしない。気にしてられない。
「んだ、てめぇ。大人しく寝てろや」
ああ、俺の、シチュー。
ゆらり、と身体を揺らして、三人衆を見つめる。
「誰が、寝てろって??」
雷鳴よりも素早く、腕を形状変化させる。
ほんの僅かな反射さえ許さず、半透明の腕は、三人衆を拘束した。
「てめぇ、人様の大事な大事な大事なシチューを台無しにしておいて、なんて??」
ハッキリ自覚した。
俺、キレてるんだ。
次回、すっきり、なのかもしれません。
更新日は明日か明後日です。
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