アンチマテリアルと新たなスキル
「さて、と」
ハンモックの準備を終えて、俺はゆっくりと腰かけた。
相変わらず心地よい感触で、すぐにでも寝たくなるんだけど、今日はそうもいかない。
俺は村長さんから貰った羊皮紙に書いたメモを見る。
今直面している問題点と、これから予想される問題点だ。
目下のところ、大きい問題点として、直面しているのはお風呂問題だ。
何せ三〇〇人だ。
今は近くに泉があるので、十人単位で入れるし楽だけど、今後はそうもいかない。
ちなみに服は合体しちゃってる。一応着脱可能なのが謎だけど、汚れることはない。
うん、あまり考えない方がいいやつだな。
なので、スライムのこととか、ちょっと勉強しておいた方がいいんだよな。
もしかしたらスライムはあんな形状だから、もしかしたらいらないのかもしれない。でも気分が違うんだもんな。風呂って。
っていうか、そこらへんの習慣のこと、全然聞いてないな。
ふと見ると、フェリスの髪も微妙に湿っている。だから、入浴はしてる感じだけど。
「一応、きくんだけど、フェリス」
「はい、なんでしょう?」
ハンモックに座って足をぶらぶらさせるフェリスは、にかっと笑顔を向けてくれる。
「入浴の習慣って、一般的だよな?」
「そうですね。異世界からの勇者様が広められたので、割と一般的です」
「そっか、良かった」
というかその勇者GJだ。
これなら宿屋とかに泊まっても、入浴施設がある可能性が高い。
食料に関しては魔物を狩ればいいので、およそ大丈夫だろうけど。
あと、大きい問題としては絶対的なスペースだよな。こうした自然溢れる場所で安全性が高いトコならいいけど、そればっかりなはずがない。
一応、形状変化で小さいスライム化させることで、ある程度は動けるけど、それでも三〇〇となると結構な状態だ。
それに、小さくさせると復活する時に魔力を結構喰らうし、ちょっとストレスもありそうだしな。可愛そうというか、なんというか。
これはどうすればいいか……。
考えても答えがでない。
「あまり考え過ぎは毒ですよ?」
「ん? ああ、ごめん」
心配そうなフェリスの頭を撫でて、俺は立ち上がる。
ポケットに違和感が走って、確かめると、村長から貰ったカードだった。金属でできていて、幾何学模様が走っている。
それ以外には何も分からない。
「んー、ルームキーっぽいっちゃあルームキーっぽいんだけどな」
じっと俺はカードキーを翳す。
三つある月と無数の星明かりを、その金属が反射した。ステンレス、なのかな?
錆び一つないのは手入れされてるからなんだろうけど。
俺は何度も表と裏を見比べる。
「これ、本当になんなんだろうな」
「なんでしょうねー……私も見るのはじめてですし、そもそもそんなものがあった、っていうのもはじめてです」
ってことは、村でも知ってる人は少なさそうだな。
情報がなさすぎて、どうしたらいいか分からない。なんか負荷とか与えてもいいんだろうけど、爆発とかしたらイヤだし、フツーに壊れる可能性もあるし。
念のため《鑑定スキル》を使ってみたけど、「???」で終わった。
だとすると、どういうものなのか。
「なぁチョビ、これって何か分かるか?」
「いや? 分からねぇな」
即答である。
「ただ、アニキ、《鑑定スキル》は使った?」
「ああ。何もわからなかった」
「だとしたらほぼ確じゃねぇかな。たぶんアンチマテリアル製だ」
「あ、なるほど」
チョビの推察にフェリスが同意した。
思わず目をやると、フェリスは魔法を唱える。呼び出したのは、手ですくったくらいの量の水だ。
ふわふわと浮かぶそれを、フェリスは操ってカードキーの一部に当てる。
けど、その水は見事に弾かれた。
おお。なんだこれ。
「「やっぱり」」
驚いていると、二人は声を合わせて頷いた。
「アンチマテリアルっていうのは、その名の通り、魔法を弾く物質だ。純度によって耐久性が変わったりするんだけど、みた感じ、それはかなり純度高そうだ。打ったら相当な金額になるんじゃね?」
「アンチマテリアルそのものが、すごく高価ですしね」
「へぇ……」
俺は納得しつつ、まじまじとカードを見る。
さらに聞けば、その性質上、加工は非常に難しいらしい。ただ、産出量の少なさと難易度の高すぎる加工方法から、実戦等には投入されていないとか。
要するに無用の長物。
けど、だったらなんでこのカードを作ったんだって話だな。
村長の話によれば、異世界から召喚されたものだけが使えるらしいけれど。俺には本当さっぱりだ。
「なぁアニキはなんか思う節とかないのか?」
「え?」
「アンチマテリアルは、そもそも異世界からの召喚者によってもたらされたもの、と伝えられているんです。だから……何かごぞんじゅっ……ひらい……」
「あーあ、大丈夫か」
舌を出しながら涙をぽろりと流すフェリスをあやしながら、俺は考える。
異世界から。
もたらされたもの。
だとすると、俺からすればこれはルームキーにしか見えない。
「そのもたらされたものが、俺の世界からと同じだった、って仮定したとしたら、これはルームキーなんだよな」
「ルームキー?」
「ホテル……って言ったら通じるのか? まぁ宿場だな。そこの部屋はオートロックっていって自動で施錠されるんだけど、それを解除するためのものなんだ」
「ほぇー。すっげぇ魔法だな」
「電気と機械なんだけどな。まぁ似たようなもんだと思っていい」
アンドロイドとか、自動車とか見せたら、割と驚かれそうだな。
「だから俺の世界じゃ、こうしゅっとスライドさせて――……」
ぴーっ。
「はい?」
いきなり鳴った電子音に、俺は呆気にとられる。
いやだって、電子音て。
目を点にさせつつ音がした方を見ると、光の線が入っていた。
「な、なんだ……」
「これはいったい……なんですか?」
二人に分からないなら、俺にも分かるはずがない。え、これどうしたらいいんだ?
分からないので硬直した状態でしばらく見守っていると、その光の線は折り曲がり、立方体を形成した。
立方体はくるくると回転しながら巨大化し、一気に周囲へ広がった。
「え、はい?」
一瞬身構えたが、害はない。
立方体の線は割と遠くにいってから、停止した。
軽快な音を立てて浮き上がったのは、ウィンドウだった。
え、ええ。
ポップアップされた文字にあるのは、
《ストレージルーム『森』》
《コピーしますか?》
《はい いいえ》
とあった。
な、なんすかこれ。収納? ストレージルーム? だめだ、落ち着け俺。
混乱したままだったら、いつまで経っても何も浮かばない。
俺は状況から考える。
電子音と、このポップアップ。感じを考えると……。
「このエリア一帯を切り抜こうとしてる? いや、コピーしようとしてる?」
「ど、どういうこだよ、アニキ」
「ちょっとやってみる」
俺は《はい》を指でタップする。
瞬間。
光が周囲を包んで、消えた。そして現れたのは、一枚のドアだった。
「こ、これは……?」
戸惑うチョビとフェリス。いや俺もそうなんだけど。
ただ、ポップアップには《コピー成功》と出ていて、俺は察していた。
つまりこれはあれだ。
このエリア一帯が、ストレージエリアにコピーされたんだ。
超ヤバくないか、それ。
「中に入ってみよう」
俺はごくりと喉を鳴らしてから、ドアを開けた。
次回の更新は明日です。
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