謎の女の破壊とリザルト
翌朝。
クソたちは、文字通り逃げていった。
さすがに訓練された見事な動きで野営を折り畳み、あっさりと。最後の最後までクソは怯えまくっていたので、もう手を出してくることはないだろう。
不安要素があるとすれば、あのクソの親がそれを上回るクソだった場合だけど。
「これで、終わりなのでしょうか……」
不安が拭えないのだろう、フェリスは視線が定まらない様子だ。
「あれでまた攻撃しにこれたら、それはそれで凄いんだけどな」
「ま、恥ずかしくて口にもできない、だろうな?」
「まあな」
貴族はプライドが高いから。それがどっちに運ぶか、だな。
こればっかりはイマイチ断定ができない。
「案ずるな。そのようなことにはならんだろう」
そんな俺たちに声をかけてきたのは、あのポニーテールの美女だ。
何故か余裕の態度を見せている。この人、本当に謎なんだよな。
「なんで言い切れるんだ? と、後、あそこにいなくていいのか?」
白煙を上げながら逃げていく騎士団の連中を指さしながら言うと、美女は笑い飛ばした。
「はははっ。私は騎士団ではないからな。たんなる雇われ傭兵だ」
「そのわりには魔法を使えるようだけど」
「ああ、これだろう? たった一回限り、依頼人から渡されたアイテムさ。もう効果がないんだよ。私にこんな器用な魔法は使えん」
依頼人は誰か、とは訊く必要がないだろう。
この美女が変身していた老兵そのもののはずだ。理由はいくつか思い浮かぶけれど。
「いいのか?」
「ああ。後はありのまま報告して金をもらうだけだ」
「ど、どういうことですか?」
「もし、あのクソ小僧が違法をやらかした場合、ただちに気絶させて戻ってこい、という命令だ」
つまり、あのクソの親からの依頼を受けていたってことか。
俺はヘドが出そうになった。
つまり言い換えれば、そうしなければ、亜人族の里の一つや二つ、消えても構わないってことだ。理解がやってきて、俺は思わず美女を睨む。
「おいおい、勘違いしないでくれ」
美女は両手をあげながら言う。
「私はあの里を襲おうと進軍を開始したら、仕留めるつもりだったよ」
あ、その顔はマジだ。
っていうか仕留められることを期待してた顔か? いや、そうでもないか?
「確かに私は人間だが、亜人族に偏見などないからな。それなのに、下らない理由で襲うというのは、私の正義に反する」
「あれ? じゃあ……なんで俺は召喚魔法なんて覚えさせられたんだ?」
「そりゃ、あんたに魔法適性があったからだよ。物理的に鍛えてもよかったけど、いくら時間がかかるか分かったもんじゃないからね」
あっけらかんと言い、美女は本来の武器であろう大剣を抜いた。
錆び一つない、綺麗に手入れされた剣を担いで、美女は逃げる騎士団に狙いを定める。
「それに物理的に鍛えるなら――」
ひゅっ。と、軽い音。でも、顔面が潰れるんじゃないかって思うくらいの風圧。
「これぐらいはできるようになってもらわんとな」
――ごっがぁあああああああんっ!!
…………………………ええぇぇ。
大剣から放たれたとんでもない衝撃波は、地面をごりごり抉りながら、逃げる騎士団連中に直撃した。盛大な爆発の中、あのクソが一番高く打ち上げられている。
あれ、助かるのか?
っていうかまて。あんなことしていいのか?
疑問がやってきて美女を見ると、ぽかんと口を開けていた。
あ。これやっちゃいけなかったやつ。
美女はしばらく硬直してから、何度か頷いた。
「私は何もみなかった。何もしていないし何も起きていない。おーけー?」
「いや無理やろそれ」
「いいか? 何もみていなかったら、何か起きているとの証明も、何も起きていないという証明もできないんだ。つまり、何も起きていないンだよ!」
「何そのシュレディンガー!」
「まあいい。とりあえず私はこれで失礼するよ。さらばだ!」
何故か俺に敬礼して、美女は颯爽と走り去っていった。
「ていうか、色々とツッコミ所満載だったんだけど?」
「まずどうやってあの大剣であんな破壊力を……」
「わかんねぇ。人間ってホントわかんねぇ」
いや、俺もわかんねぇ。
頭を抱えてうずくまるチョビを慰めつつ、俺も思った。
どうみてもあの破壊力はフツーじゃないし。もっとも、達人らしい気配は随所に見せていたから、相当なやり手だとは思ってたんだけど。
でもあそこまで反則級とは。
口にしたらツッコミいれられまくられそうなのでしないけど。
「戻ろうか」
『だね』
俺の意見に、『俺』たちは頷いた。
▲▽▲▽
「つまり、これで里の危機は回避された、と」
「そういうことですね」
報告に戻った俺たちは、すっかり修復された村長の家に(ミノタウラって意外とジェバンニ)いって報告を済ませていた。
村長は深い、深い息を吐いて、安堵したようにチェアへ座り込んでから、天を仰いだ。
「そうか……これで、この里は救われたか……よかった。本当によかった……」
「村長……」
「勇者、いえ、カナタ様。本当に今回はありがとうございました。我々は、決して返しきれぬ恩をいただいてしまった」
ぐっと頭を下げ、村長は深い声で言う。
「いや、そんな」
「いえ。これは我が里一生の恩です。我らが孫の、その孫の代まで、あなたに恩を返すことを誓いましょう」
「長すぎでは」
思わず指摘してしまうが、村長はそれでも足りないくらいだ、と言ってのけた。
この人、本当に剛毅である。
「それと……カナタ様にはこれを」
村長が手渡してきたのは、何かのカードだった。金属で、幾何学模様が刻まれている。
なんだこのオーパーツ感半端ないの。
まじまじと見つめるが、当然正体はつかめない。
「あの、これは?」
「秘宝です。代々我らに受け継がれてきたものです」
「まってすっごく大事なものじゃないんですか?」
そんなものしれっと渡してこないでくれるかな!?
「大事なものです。ですが、我らでは扱えきれないのもまた事実です」
「どういうことですか?」
俺は返す気マンマンで訊く。
いやだって。
俺は、ただフェリスが可愛くて、あと、なんかほっとけなくて、自分がどうしたらいいか分からないから、それだけだ。
それに、そもそも俺は勇者じゃないし。
「これは異界から召喚されたものにしか扱えないとされている代物です」
つまり俺みたいな勇者召喚でよばれたもの専用のアイテムってことか。
俺はまじまじと見つめつつも、やはり返そうと思った。
だって、俺は勇者なんかじゃない。
そう。勇者じゃないんだ。
だからそんな資格なんて――
「そして私は、今召喚されている誰よりも、カナタ様に相応しいと考えます」
俺の思考を遮るように、村長は穏やかな目付きで、俺を見据えてくる。
びりり、と痺れたように動けなくなった。
「あなた様は人がいい。きっと今回も、どれだけの偉業を成し遂げたのか、自覚なさっていない。おそらく美徳と呼べるものでしょう」
染み込むように、村長の声がやってくる。
「だからこそ申し上げます。あなた様は、この里の住人、二〇〇人という命を救ったのです。それも一度ならず、二度までも」
「……──!」
「ですからどうぞ、ご自身を誇りに思ってください。そして、こちらは、そんなカナタ様に相応しいものです」
──ああ、ああ。くそ。
俺は泣きそうになるのをこらえようと、ぐっと下唇を噛んだ。拳を握ったのも、また。
「卑怯だ……。そんな言い方されたら、断れないじゃないですか」
「ええ。大人は卑怯ですとも。それは、ご存じでは?」
ほんとーに見抜かれてるな。
たしかに俺は三〇歳だし、見た目はもうちょっとくたびれてるけども。
「……分かりました。ありがたく受け取らせていただきます」
俺はそう返すしかなかった。
とりあえず、謎のアイテムゲットってとこだな。
次回の更新は明日です。
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