拒絶とビンタ。
「破棄……だって?」
明らかに低気圧だ。周囲の騎士がこっそり距離を取り、テントの中で控えていたメイドがしれっと出ていく。
あ、これ癇癪おこして暴れるパターン。そういえば偵察の時も暴れてたな。
思い出しつつ、俺も警戒を強める。
今の俺は反射神経も飛び抜けているので、何か害を加えようとしても、たとえ花瓶を投げつけてきたとしても撃ち落とせる。
それくらいの自信はあった。
「ちょっと? 死にそうだった君を助け、食べ物を分け与えたのはどこの誰かな?」
「ついでに脅迫されて召喚魔法まで強引に覚えさせられたがな」
チョビは平然と言い返す。あれ、怒ってるなこれ。
どうやらフェリスをバカにされて、チョビも頭にきているようだ。僥倖ってやつだ。
「……それで? もしかして、わざわざそれを言うためだけに、僕の大事な大事な時間を潰させたわけ?」
「いいや。違うぞ」
チョビのその言葉は合図だ。
俺はさっとフェリスのフードから、フェリスの背中を通じて地面に降りる。
「お仕置きの時間だ」
「――殺せっ!」
チョビが宣言した刹那、クソが叫ぶ。
けど、そんなものは織り込み済み。俺は即座に形状変化で元の姿に戻りつつ、剣を抜いて突進してきた騎士に飛び掛かる。
遅い。
騎士が二歩進む間に俺は追いついて、チェーンソーに変化させた腕で剣を切り裂き、さらにもう片方の腕をスライム状にしたまま伸ばして払い、その場に尻餅をつかせた。
どすん、と情けない音がした。
「なっ……!?」
「はい眠っててね」
「「へぶしっ」」
俺は腕を鞭のようにしならせ、それぞれ騎士の顔面をはたいて沈黙させる。
「お、おおお、おいっ!」
「承知」
情けないクソの悲鳴を聞いて、老兵士は剣を抜いた。
素人でも分かる。全然違う。というか、気概があれだ。村長と同じものを感じる。
なんだ、この世界はあれか、こんなのがゴロゴロしてるのか!?
内心で焦りつつも、俺は身構える。
すると、老兵士が怪訝な表情を浮かべた。
「構えは素人……なのに目で追う事すら許されぬ速度……なにもの」
あ、やっぱり見抜かれた。
でも、話が通じそうだ。これならこのまま話を進めてもよさそうだ。
「名乗る名はない。けど、そこのクソの横暴は見逃せない」
「クソってなんだ。クソって。おいまさか僕のことか!」
「確かに坊ちゃんはクソですが」
「おいセバスチャン!?」
クソのツッコミを受けて、老兵はぺろりと舌を出した。
うわぁ。やりにくい。
それだけで色々と察して、俺は肩を落としそうになる。果たしてこの人は本気でそう思ってるのか、演技でこっちを油断させようとしているのか。読めない。
今の俺には、それを見破る経験値なんてない。
「このジジイが……! ええい! であえ、であえええええっ!」
「仲間の呼び方古くないか」
「言わないでやってください。中二病なのです」
「この世界にもあるんだそんなの!」
「痛ましいことに……」
「おい! 貴様ら何を! っていうかジジイ! てめぇどっちの味方だ!」
おお、貴族サマにしては随分と口が汚い。唾、飛んでるぞ。
「どっちの味方か、か」
老兵は、くすりと笑った。
そして、ぐにゃり。と姿を変える。って、へ? はい? えええ?
俺の、いや、みんなの動揺が広がる。
そこに生まれた時間で、老兵はみるみる姿を変えて、美女に変身した。
いや、正確に言えば、姿が戻った、というべきなのだろうか。
鮮やかな群青色のポニーテールに、黄色の目。勝ち気そうな表情は、それだけで魅力があった。
彼女はそのポニーテールを艶やかに撫で上げる。
「私は私の正義の味方だよ。勘違いしてくれるなよ、小僧」
貴族を小僧呼ばわりするその美女は、鮮やかに刃をクソに向けた。
ひ、とクソは喉をひくつかせ、大きく後ろへ崩れ落ちるようにさがる。うん、ダサい。
「お、おいっ! はやく、誰かこい!」
声を裏返させて、クソは吠える。けど、誰もこない。当然だ。
代わりに剥がれたのは、テントだった。
「……は?」
意味が分からず、クソは周囲を見渡す。すっかり広がった景色は、しかしもう陽が落ちてしまって暗い。
俺はフェリスに目線を送ると、フェリスは頷いて明かりの魔法を放った。
照らし出されたのは、三〇〇人もの、俺。
クソが硬直した。
もう、本当に一ミリも動かない。
そんなもんだよね、反応なんて。俺も同じ顔が三〇〇人もいたらビビると思う。今回は特に、そこらじゅうに気絶した騎士もいるし。
「な、なんだこれは……」
驚いているのは、クソだけではない。ポニーテールの美女もだ。
こちらは参った、という様子で苦笑している。でも硬直しないのはスゴいと思う。
「特に細かく教えるつもりはないんだけどさ」
俺が一歩前に出ると、『俺』たちも一歩前に出る。完璧なタイミングだったので、足音が揃って重低音を鳴らした。
クソはそれだけで大きく全身を震わせ、ポニーテールの美女は「ははっ」と乾いた笑いを浮かべた。
「俺、三〇〇人いるんだよね」
「まったくもって意味がわからんぞ!!」
あ、戻ってきた。
叫ぶようにクソは言うと、震える足で立ちあがる。
「なんだ、なんなんだ……!」
「とりあえず、テメェの部下は全員眠ってもらってるよ。制圧したともいうね」
「うるさい! こんなことしてタダですむと思ってるのか!?」
「今、盛大なブーメランをきいたね、俺」
俺はわざと大きくため息をついた。
もしここで俳優とかなら、下卑た笑いの一つでも浮かべるんだろーけど、俺にできるのは営業スマイルだけだ。だから、あえてそれを浮かべる。
「まさか、ここで生きて帰れると思ってるの?」
脅迫としては、充分な効果があったらしい。
思いっきり顔をひきつらせて、クソはへなへなとその場に座り込んだ。乙女座りで。
「な、なっ……!?」
「ほんの少ししか俺も知らないけどサ。ちょっと色々と横暴すぎないかな?」
「……! 僕は貴族だぞっ!」
「だからなんだってんだ」
俺は情けなく叫ぶ貴族に言い返す。
ああ、思い出す。自分が偉いと勘違いしてる大人たちのことだ。偉いのは立場であって、その人本人ではない。一歩その範囲から出れば、ただの人間であることを理解していない。
そういうの、ムカつく。
意味のない権力を振るったところで、不快でしかない。
ましてやそれで、誰かを傷付けるなんて。
「なんかのウケウリなんだけどさ、生きるか死ぬかって、貴族とか、そんな身分関係ないんだよね。死ぬ時は死ぬし、そして、そういう時は、貴族とかそういうものは守ってくれないんだよ」
「ひ、ひい、ひいいっ!? や、やや、やめてくれぇっ!」
ここまで言ってるけど、俺は殺す気なんてない。
でも、また悪いことを考えるのはよくないから、そんなの思わないようにはしないと。
「金か!? 金ならくれてやる! だから、だからっ!」
「お金はいらない。けど」
ぱちん、と、俺は腕をしならせ、ビンタを決めた。
「ふべぇっ!」
「お仕置きだ。自分がやろうとしたことが、どれくらいヒドいことか、教えてやるよ」
俺が下がると、隣にきた『俺』たちが前に出る。
『一人一発だね』
『それでも三〇〇発』
『どこでネをあげるか、だね。あまり気は進まないけど』
けど。
放置しておくのはもっと気が進まない。だから、心を鬼にして。
『いきまーす』
「ぶぎゃっ!」
『いきまーす』
「あだぁっ!?」
『俺たちは』
「ふぐぅっ!」
『クソが泣くまで』
「あぐうっ!」
『クソを殴ることを』
「ぶひぃっ!」
『やめないっ!』
ビンタを続けることにした。
――ぱんぱんぱんぱんぱんぱぁんっ!
「ぎゃああああああっ! ごめんなさいっ! ごめんなぁああああああいっ!」
結局、四〇発くらいで泣き喚いたのだが、二度とやらないと誓うまで、ビンタは繰り返した。
次の更新は明日です。
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