ガラスとお仕置き
――ガラスの割れる音。
「まだか! まだ報告はこないのか!?」
野営テントの中とは思えない豪華な家具類の中、ソファにふんぞり返っているのは青年だった。サラサラした緑の髪を綺麗に切りそろえた、見た目だけは上品な感じだ。
けど、その表情は醜悪そのものだ。
傍に控えているらしいメイド服の女性が、肩を震わせながら、地面に割れたグラスを掃除していく。
ちっ、と、青年が舌打ちをしたタイミングで、騎士というよりも兵士という方が似合いそうな武装の一人が跪いた。
この人だけ、武装がシンプルだ。
「申し訳ありません。思ったよりもてこずっているようでして」
「ふざけやがって……! あんなゴミ以下の存在の里一つ簡単につぶせないとは……魔族もおちたもんだな」
「まったくでございます」
「もう待ちきれない。さっさと進軍して、里ごと滅ぼしてしまえばいい!」
「ですが、それだと外聞があまりにも悪くなります」
諫めるように進言するが、青年にきく様子はない。あーあ、典型的なワガママ拗らせた貴族のぼっちゃんって感じだな。
「関係ないね。僕がシルバースライムを倒す方が大事だろう」
……シルバースライム?
「しかし、里がなにものかによって壊滅させられた、という名目で我らは調査隊として入る予定です。そうでなければ、領主から苦言をいただきます」
「関係ないね! そもそもこの土地は父上のものじゃないか! それを分家筋に貸し与えているだけだろう?」
「しかし、貴族と領主としての名誉がございます」
「貴族でもないヤツが貴族を語るな!」
一喝、というより、怒鳴り散らして兵士を黙らせる。
よくみると、兵士は老齢だ。きっと長年仕官しているんだろう。
あんな若造にいいように怒られて、よくキレないなって感心する。
「お前は僕の言うことだけ叶えていればいいんだ。いいね?」
「……失礼しました」
「僕はシルバースライムを討伐する。そして膨大な経験値を手に入れて、名をあげるんだ」
うっわぁ。絵に描いたような、なんとかってヤツだな。
でもこれでハッキリした。
俺はそっと、偵察を終えた。後はマスターに託そう。
▲▽▲▽
――夕方。
夕食時を前に、俺は野営の近くに陣取っていた。
「遅かれ早かれ、あのアホ貴族は騎士団を率いて村へ入る」
「たぶん、むちゃくちゃにするんでしょうね……」
『というか、騎士団の野営地として、フェリスの里を狙ってる感じだね』
『下手しなくても、全員仕留めるつもりみたいだよ』
殺す、という言葉を使わないのは優しさだけど、結果は同じだ。
フェリスはぎゅっと唇を噛んで、寂しそうに目を半分とじる。チョビは怒りを抑えきれないのか、舌打ちをした。
「俺たちも大概野蛮だけどよぉ、あっちもあっちで大概だな」
「人間にも色々あるからな」
「カナタさま……」
「大丈夫だよ」
俺はフェリスの頭を撫でて落ち着かせる。
「俺がそんなことさせない。させないために、今ここにいるんだ」
大丈夫。
「俺は、三〇〇人いるからな」
そう言ったと同時に、周囲に展開していた『俺』たちが立ち上がる。
形状変化させ、野営地を取り囲んでおいたんだ。
野営地を攻めるために時間をかけたのは、『俺』たちを全員呼び出したからだ。
今回はプロの戦闘屋――騎士団が相手だからな。総力戦で挑まないと。
たぶん、俺一人でもなんとかなりそうな気はするんだけどな。レベル差がおかしいから。でも念には念をってやつだ。
事前の調査で、相手の騎士団は八〇人程度。数の上でも負けることはない。後は奇襲を仕掛けて、一気に攻め落とす。
「っていっても、派手に攻撃とかはするつもりないんだけどな」
残念仕様の俺は、血なんて見たくないんだ。
だからそれ以外のあらゆる方法で全部使わせてもらう。
「チョビ。フェリス。頼むぞ」
「わ、わわわわわわ、わかってるるるるるるるる」
「……大丈夫なんでしょうか……」
「チョビー」
俺はチョビの背中を撫でる。本当は肩でも組んでやればいいんだろうけど、届かない。
俺が小さいんじゃない! チョビがデカすぎるだけだ!
「頼むぞ。お前に全部かかってるんだから。償い、するんだろ?」
「……! わかった」
チョビは勇気を振り絞るように頷いてくれた。
よしよし。これなら大丈夫だろ。後は、と。俺は形状変化して、フェリスのフードに忍び込む。戦力的に見るなら、フェリスとチョビは心もとない。だから俺が護るんだ。
「たっぷり懲らしめてやろうぜ」
「はい!」「おう!」
二人の気合いを受けて、俺は息を吸う。
「――それじゃあ、ミッションスタートだ」
合図を送ると、フェリスは魔法を展開する。
大きい魔法陣を呼び出し、そこから幾つもの光を野営地の上空に放った。赤、黄色、緑。まるで花火みたいで見とれそうになるけど、それを我慢した。
当然のように野営地はにわかに騒ぎ出す。
そこへ、チョビがフェリスを連れて野営地の正面へ走っていく。
警戒に表へ出て来た騎士たちに、チョビは姿を見せるためだ。
「……よぉ! 明日まで待ちきれないから、わざわざきてやったぞ!!」
「はぁ? 誰だ貴様!」
「俺か? 見てわかんないのかよ」
ずる、と、チョビはフードを取る。
とたん、ひっと騎士の連中が恐怖を顔面にはりつけ、喉をひき鳴らす。
ただでさえ凶器の顔面が、暗がりというのも手伝って、もはやカオスになっている。当然の反応といえば反応だ。口にしたら傷付くから絶対に言わないけど。
「――テメェらクズが里を滅ぼせって依頼した魔族様だよ」
思わせぶりなセリフを重低音響かせる声で放てば、必ず騎士は怯む。
予想通り、騎士の連中は顔をあわせ、中に引っ込んでいった。
しばらくすると、あの老齢の兵士がやってきて、手で入れと合図した。老齢の兵士は怒っているのか、歴戦を思わせる野太い睨みをきかせてくる。
チョビは思いっきり怯えそうになったが、俺がそっと手を伸ばして背中を軽く叩く。
「よくここが分かったものだな?」
「お前ら魔族をなめすぎだ。本気になればこの程度、チョロいんだよ」
「はっ。ずいぶんと今日は強く出たものだな?」
「おいおい、口は噤んだ方がいいぜ。それとも、あのビビりが演技だって言ったほうがいいか?」
チョビの精いっぱいの虚勢だ。
でも、上手く通用したのか、老齢の兵士はそれ以上は話さず、野営地でも大きいテントへと案内した。
中は、偵察の時に確認した通りの派手な内装と、ふんぞり返った貴族の青年。
「ずいぶんと遅かったじゃないか」
開口一番、これである。
傍には老齢の兵士と、ちょっと派手な装備の騎士が数人。なんとかなると思ってるんだろう。
「それで、わざわざコンタクト取ってきたってことは、何かあるんだろう? そこの獣臭いガキまで連れてきて。というか、できればソイツはどこかへやってほしいんだけど」
クソだ。こいつはクソだ。今決めた。
あからさまに鼻をつまむクソは、さらに続ける。
「なんなの? イヤミなの? とりあえずさっさと用件を済ませてくれないかな」
「……分かった」
横柄横暴。相対するとそのムカつき加減が半端じゃないな。
チョビは不快感を隠さない。それでいい。その方が相手に威圧がかかる。
老齢の兵士だけがギラリと目を光らせる中、チョビは口を開く。
「今回の一件だけど、全部破棄させてもらう」
一瞬だけ、沈黙が落ちた。
ややあってから、青年が顔を歪める。
それが、お仕置きのはじまりだった。
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