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俺、三〇〇人になりました。

新連載、はじめます。

つたない文章ですが、せいいっぱい楽しんでもらえるよう頑張ります。

 いやー、この雄大な草原。穏やかな風。気持ちいいなぁ。ここが異世界ってヤツかぁ。

 現実逃避にはぴったりだ。ふふふ、と柄にもなく微笑んでみる。


 ――ぬる。ぬりゅり。ずず。……すぽん。


 そんな俺の心境を無視するように、やたら水分の多い効果音が鳴り響き、それはひんやりとした地面に落ちた。


 俺から分裂した、スライムだ。自己増殖したとも言う。


 そんな俺の子とも言える生まれたて半透明のスライムは、ぷるぷる可愛らしく震え、ものの一〇秒もしない内に形状変化を始める。

 ちょっぴり騙されて痛い目にあったけど、愛着のある一〇万円もしたスーツ。ちょっとやさぐれた感のある顔、もったりと緩み始めた感のある三〇歳の身体。自分で言っててちょっと悲しい。


 間違いなく。俺だ。


 俺はぎぎ、と首を錆びたブリキ人形のように動かして、銀髪猫耳の少女を見やる。

 同時に、『俺』になったスライムも、俺を真似て少女を見た。


 その数、実に三〇〇人。


 割と壮観だけど、俺からすれば気持ち悪いことこの上ないし、少女からすれば威圧感半端ないだろう。

 でも、そうせざるを得ない。

 たっぷり一〇秒間見つめると、少女は耐えきれなくなったように、その場に崩れ落ちた。そして流れるような所作で、土下座する。


「イヤ、ほんと、ごめんなさいっ!」


 背景にドーン! という文字がついてきそうなくらい、いっそ清々しい土下座。

 いやでもちょっと待って。

 これ、見る人が見れば俺が犯罪者じゃね?

 こんなだだっ広い、柔らかい風だけを運んでくる草原のど真ん中じゃあ、そんな心配ないけどさ。


 とはいえ、いつまでも現実逃避していられない。


 というか、そのせいで俺は三〇〇人にまで増殖したのである。いい加減なんとかして止めないとシャレにならん。


「とりあえず、色々と状況行方不明なんだけど、一番ヤバいのは今の俺なワケで。とりあえずこれ、止める手段ないの?」

「ご、ごごごごご、ごめんなさいっ! あ、ありますっ!」


 猫耳少女は慌てて顔を上げた。


「というか、もう魔力が尽きてるので、自動的に自己増殖はオフになってます。それにしても、いきなり三〇〇人に増殖するなんてスゴいですね! ゆうしゃさま、さすが!」

「そ、そっか」


 だからさっきから気だるいのね。

 っていうか、魔力って。勇者様って。

 いよいよ異世界転移してきたって感じだな。

 俺は頭をぽりぽりかきながら、息を吐く。


 朝、俺はいつものように出勤しようとしていたんだ。時刻は四時。始発に間に合う時間だ。二時間くらいしか寝れていないので、ちょっと足下ふらつくけど大丈夫。

 むしろ髪のぼさぼさ具合が気になってたんだよな。いい加減トリートメントも買いにいきたいのだが、ドラッグストアが開いてる時間に仕事が終われないのでどうしようもない。

 そう思いながらドアを開けたら。


 いきなり草原に立っていて、増殖が始まって、こうなったってワケ。


 以上、状況説明終わり。

 とりあえず俺は異世界転移したっぽいことは理解出来ている。

 三〇〇人も増殖していく中、ただ現実逃避してたワケじゃあない。……逆に言うと、それぐらいしか分かってないんだけど。


「まぁ止まったんならいいんだけどさ、で、さっき勇者様って俺のこと言ったけど?」

「はい、言いました! 失敗ですけど!」

「よし勢いよくとんでもないこと言ったね」

「ご、ごごごご、ごめんなさいっ!」


 反射的にツッコミ入れると、少女はまた頭を地面にこすりつけた。

 いやだからそれされたら俺が犯罪者。


「とりあえず、状況を説明して欲しいな? 俺、とりあえず勇者召喚だか何だかで、異世界に呼ばれたってのはなんとなく察してるんだけど」

「さ、さすが勇者様っ……!」


 いやまぁ、それは俺がラノベとか読むの好きで、異世界転生とか転移とか、そういうのも手ぇ付けてたからなんだけどな。

 察しが良いとか、そういうのじゃない。


「とりあえずさ、失敗って?」

「あ、はいっ! あの、その……異世界から勇者さまを召喚しようとしたら失敗して全然違う人を召喚しちゃったのに、身体全身ぐっちゃぐちゃになっちゃったのでとりあえず肉体を再生させるためにスライムと合成しちゃいました!」




 ………………………………うん?




 俺はゆっくりと首を傾げた。

 ちょっと何を言ってるのか分かんないんだけどな?


「えっと、とどのつまり?」


 俺は営業スマイルを浮かべつつ、少女が一気にまくしたてた言葉を噛み砕く。


「俺は何? 異世界召喚とかそういう感じの魔法で失敗されて、巻き込まれるような形でやってきて、全身ぐっちゃぐちゃになったんだ? で、それをなんとかするために、今、俺の体内にはスライムがいる、と?」

「はい! しかもそこらへんで草をバリムシャア! してた野良スライムです!」

「スライムからしてもとんだとばっちりだなオイ」


 俺はツッコミつつ、三〇〇人になった俺を見た。

 あー、うん。理解も納得もしたくないけど、うん。分かった。

 とりあえず、俺はここに来るなり命の危機に瀕して、なんとかするためにスライムを移植されて、どうにかなったから目覚めたんだけど、いきなり能力が発動したのか。


 スライムを移植されたことによって、宿った能力が。


 それが、たぶん、自己増殖。

 うーん。辛み。

 思わず頭を抱えてしまった。


「っていうか、俺、今、体内にスライムいんのかよ……」

「はい、魂にまで食い込む形で合成されました」

「すっごいね、夫婦もびっくりなくらいの結合っぷりってヤツか。それで、分離は?」

「無理です。魂まで結合したので、無理やり離すと爆散します」

「爆散」


 思わず顔をひきつらせた。ついでに寒気がして全身震えた。

 人間に対する言葉じゃねぇだろそれ。

 つまりあれか、俺はずっと体内にスライム飼うしかないってことか。うわぁ。


「……じゃあ、元の世界に戻るとかは?」

「それも、ごめんなさい……召喚魔法はあるんですけど、元の世界へ戻すとなると、今の文明魔法じゃちょっと……」

「つまり呼び出しっぱなしかい?」

「ええ、だからこそ、この世界に召喚した勇者さまには十分な報酬と地位を与えることになっているのですが……その……」

「俺は失敗作、ってことなんだよな?」

「あ、はい……なので、その、申し上げにくいのですが……」

「そういうのはナシってことね」

 少女の申し訳なさそうな反応に先回りして答えると、少女は頷いた。

 でもちょっと待て。変だろ。


「っつうか、その勇者召喚って、そんなポンポンしていいのか? 聞くだけで国にとってすげぇお金かかりそうなんだけど」

「は、はい……非公式、です……」

「つまり勝手にやったと」


 顔を横に向けながら少女はひきつり笑いを浮かべる。冷や汗だらだらだし、ひとさし指どうしをつんつんしてるし。

 分かりやすすぎる動揺だろ。

 俺は呆れそうになるが、考えていた。


 まぁ、なんとなく状況はこれで分かった。


 とりあえずここは、ありがちな魔法のファンタジー世界なんだろう。文明レベルとかも何となく察せるくらいの。それで、何らしかの危機に陥っていて、俺は(というか俺じゃない誰かなんだろうけど)この子に呼び出された、と。

 正直、元の世界へ戻れない、というのは構わなかった。


 何せ、これで、毎日朝の五時から夜中の〇時までというアホみたいなブラック仕事から解放されるのである。あそこにはもう戻りたくない。


 だったらここでまったりと異世界ライフを楽しみたいもんだ。……勇者召喚なんてしてる時点で、厳しい可能性あるけど。いや、でも、その場合でもまったりしてる時ってあるし、うん。期待は捨てない方がいい。

 とはいえ、まったりできたとしても、最高かどうか分からない。

 ここはスマホもなければテレビも、ラジオも、ネットもない。後、ラノベもない。どっぷりディープに引きこもった娯楽ライフがないのである。

 せめて飯が美味いとまだ精神的に楽なんだけど。


「いや、それよりも、だ。こいつらをどうにかするのが先だろ」


 俺は、ずらりと座りっぱなしで現実逃避しているようにしか見えない『俺』たちを見る。

 いや、これ現実逃避してんな。


「ねぇ、こいつら消すとか出来ないの?」

「スライムは自己増殖することで種族を増やしますから、そういうのはないと思います」

「あ、そう……」


 俺はがっくりと肩を落とした。


「それに、消すメリットはないと思いますし」


 いや、俺の精神的ダメージが少なくなるんですけど。


「じゃあ、置いておくメリットは?」

「えっと、スライムの自己増殖は、その時点での完全コピーなんです。だから、自分と全く同じ存在、記憶さえ共有してます。だけど、増殖元――マスターの命令には逆らいません」

「つまり完全同位体な手下ってことか」

「それだけじゃあないです。経験値共有も出来ますよ」

「経験値共有?」


 おうむ返しに訊くと、少女はこくりと頭を縦にした。


「はい。例えば、魔物を倒して経験値が一〇入ったと仮定しますと、今いる三〇〇人全員に、その一〇の経験値が共有されます。更に、魔物を複数人でそれぞれ同時に倒すと、その経験値が全員に入って、それも共有されます。つまり、三人が倒したら一〇の経験値が三人に入って、それが三〇〇人に共有されます」


 ってことは、一〇×三=で三〇になるのか。それが三〇〇人なら、割り振られてしまうが、結果として合計で九〇〇〇稼ぐわけだ。

 ほほぉう。と、俺は理解して――。



 とんでもないんじゃね?



 あれ、それってつまり。

 三〇〇人全員で協力すれば、一瞬で大量の経験値が手に入るのでは?


「なぁ、ちょっと詳しく話を聞かせてくれないかな? 特に世界について」


 俺は、やや前のめりになって少女に訊ねた。


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