episode1 素直になりなよ
私はいつものように朝起きて、学校に行って、友達とくだらないことを話しながら笑い、家で家族とも談笑し、そして眠る。今日もそんな平凡な一日として過ぎ去っていくんだなあなんてことを考えていた。今日が人生の大きなターニングポイントとでもいうべき日であるとは知らずに。
「華、ちょっとお買い物行ってきてくれない? お醤油きらしちゃったの」
お母さんが突然私を呼んだ。自分の世界に入り込んでいた私はその言葉で現実に引き戻される。
「りょうか~い。」
私はお母さんからお金を受け取って薄暗くなってきた街へ出かけた。
外に出て数分、私は公園の前に通りかかった。そこには一人で何かの練習をしている女の子がいた。
「ねえ、あなたなにしてるの?」
声をかけて女の子に近づいてみた。
「え? これは……って委員長!?」
公園にいたのは同じクラスの橘千代だった。
「橘さんこんな時間になにしてるの~?」
私は不思議に思って聞いてみた。もう時間は夜7時。普通はこんな時間にここにいないだろう。
「別になんでもいいでしょ」
橘さんはいつものように私とあなたは関係ないんだから何しようと勝手でしょ? なんて感じで距離を縮めようとしない。
「あっ! もしかして体育祭のリレーの練習とか?」
私たちが通う美園ヶ丘高校では再来週に春の体育祭が行われる。私たちのクラスは全体的に運動神経がよくないのでリレーの最後の一枠をくじで決めた結果橘さんに決定した。
「はあ? 私が練習? ないない。私がそんな熱血キャラじゃないことくらい知ってるでしょ」
橘さんは笑ってそう言った。橘さんはクラスで孤立している。全然協力的じゃないし、人と話すのがあまり好きではないようだ。そんな彼女は体育祭のこともどうでもいいのだろうか。
「それ何?」
私は橘さんの持っていた棒状のものについて尋ねた。
「木の枝だけど。そこに落ちてたの」
「それバトン替わり?」
さすがにないなと思いつつも言った。すると、橘さんは顔をそらして言った。
「……なわけないでしょ。私、木の枝ソムリエになるための勉強してたの!」
分かりやすすぎる反応で思わず笑みがこぼれた。まさか本当にその通りとは。「じゃあなんでそんな木の枝持ってるの?」そんなこと聞くまでもなかったし、めんどくさい言い訳をされそうだったので話を進めた。というか木の枝ソムリエってなんだ。
「よかった。橘さんも体育祭に向けて頑張ってくれてるんだね」
私が口を閉じると同時に「なわけないでしょ」と橘さんはまたまた言った。橘さん、もうばれてるぞ。
「私もリレー出るし一緒に練習しよっか。リレーなんだし一人でやるより二人のほうがいいでしょ?」
橘さんの「なわけないでしょ」は突っ切って話を進めたら案の定「勝手に話進めんな~!」なんて頬を膨らませて言ってきた。その姿は新鮮でとてもかわいらしかった。
「まあ、委員長が練習したいって言うなら私が手伝ってあげないこともないわ」
俗に言うツンデレってやつみたいな反応。それも絵にかいたような。
「ありがと。じゃあ始めよ~っ」
ここは橘さんに乗っておいた。