第九話「旅支度」
村人達は幻獣のグレートゴブリン討伐を祝う宴の準備を始めた。ギルドマスターが村に氷の精霊を招きたいと提案したが、村長が精霊の立ち入りを禁じた。過去にエミリアを巡って殺人事件まで起きているのだ。
やはりエミリアはシュルツ村には歓迎されないのだろう。村人の中には一度エミリアに会ってお礼をしたいと言う者も居たが、完全に武装し、明らかに俺に敵意を向けている者も居る。
「レオン、すぐに支度を終わらせて迷いの森に入りなさい。精霊狩りが居るみたいだから……」
「わかってるよ」
精霊が体内に秘める精霊石は幻獣の魔石等とは比較にならない程の高値で取引されていると母が教えてくれた。どれだけ力が弱い精霊石だとしても、その値段は七百万ゴールド以上もするのだとか。
人間が精霊石に触れた時、精霊石は人間の体内に吸収される。体内に精霊石を持つ者は加護と精霊の力を得るが、精霊石の力が徐々に肉体を蝕み、人間とも精霊とも異なる、非常に獰猛な魔族と化す。
精霊石を取り込んだ人間、すなわち魔族は額から黒く変色した精霊石が飛び出す。精霊石自身が魔族の体を拒み、額から外に出ようとする。それでも魔族自身が持つ魔力に引き止められて額に留まる。
幻獣を上回る魔法能力と魔力を兼ね備えた魔族が、過去に大陸を支配した事があった。精霊狩りの中には魔族化を望む者も多い。魔族と化して絶大な力を得た者が集団で大陸の支配を始める事もあるのだ。
精霊の契約者は常に精霊狩りと魔族から狙われている。俺はエミリアの存在を隠して生きるつもりはない。今はまだ力を制御出来ていないが、訓練を積めばより強力な魔法も習得出来るだろう。
ギルドで百三十万ゴールドもの大金を受け取った俺は、母と共に魔法道具屋に入った。魔法の訓練に必要な物を買い揃えなければならないからだ。
「レオン、精霊を持つ者は常に狙われているという事を忘れない様に」
「こんなに早く精霊狩りが現れるとは思わなかったよ」
「そうね、恐らく以前から氷の精霊を追っていた者達でしょう。村の人間ではないわね」
「早めに村を出てエミリアと合流した方が良いよね」
「ええ。すぐに買い物を終わらせて村を出た方が良いわ」
それから俺は魔法道具屋で杖を買う事にした。杖があればエミリアの魔法の威力を強化出来るからだ。俺は幼い頃から剣を使った戦い方を学んでいるから、新しい剣を購入するつもりだ。
杖の先端に青白い魔石が嵌った銀製の杖を手に持った。心地良い氷の魔力が体内に流れ、まるでエミリアの手に触れている時の様な落ち良さを感じる。杖の名前は氷の杖。店で最も値段が高いが、エミリアに最高の杖を用意したいので、俺は迷わず購入した。
長さ四十センチ程の短い杖を懐に仕舞い、母と共に魔法道具屋を見て回り、魔法の練習に必要ような物を片っ端から買った。お金なら十分あるのだ。旅のために節約をしなくてはならないが、魔物を狩ればお金を稼げるのだから、生活には困らないだろう。
それでも村を出て貧乏暮しをする事になるのは間違いないが、エミリアには裕福な暮らしを送って貰いたい。彼女を養えるだけの男にならなければならないのだ。
「こんなところかしら。必要な物があれば旅の最中に買い足すのよ」
「分かったよ」
大量の荷物を抱えて店を出る。魔法道具屋で購入したのは、魔力を回復させるマナポーションが二十個、それから水・氷属性魔法に関する魔導書。入門者向けの非常に易しい物を一冊だけ選んで購入した。多くの魔法を習得するよりは、まずは一種類ずつ極めていきたい。
基本的な攻撃魔法であるアイスショットも、エミリアが使用すればグレートゴブリンに大ダメージを与える事も出来るのだ。まずはエンチャントを極めようと思う。剣を持ち始めて五年は経っただろうか。剣の技術と新たな魔法を組み合わせ、俺だけの戦い方を追求する。
村では宴が始まったが、精霊狩りも村人に紛れて俺達を監視している。明らかにシュルツ村の人達とは雰囲気が異なるのだ。目が座っており、敵意を剥き出しにし、いつでも武器を抜けるように手を武器の傍に置いている。装備も村の冒険者より随分豪華だから妙に目立つ。
精霊狩りは全部で三人。黒い鎧を纏い、腰には剣を差している。俺と母を見つめながらゆっくりと後方から近付いてくるのだ。剣は多くの人間の血を吸っているのだろう。通常の武器とは異なる禍々しい魔力を感じる。
「物騒な精霊狩りも居るのね……」
「ああ、剣を買ったらすぐに父さんと合流しよう」
それから俺は母と共に武具屋に入った。武具屋の店主も家族をグレートゴブリンに殺されている。彼は既に俺とエミリアがグレートゴブリンを討伐した事を知っていたのか、涙を流しながら俺を抱きしめると、好きな武具を譲ってくれると言った。
「それでは、剣と盾を頂けますか? それからライトメイルも欲しいです」
「ああ! グレートゴブリンを殺してくれた英雄に武具を提供出来るなんて光栄だよ! 好きな物を持っていってくれ!」
「ありがとうございます!」
気前の良い店主の言葉に甘え、俺はミスリル製の武具をセットで頂いた。ミスリルのブロードソードとラウンドシールド。それから予備の武器としてダガーを一本。店で最高級のミスリルの武具一式。これは魔術師でも装備出来る様に軽量化されたミスリルライトシリーズという防具で、メイル、ガントレット、フォールド、グリーヴの四点セットだ。
すぐに武具を纏うと、全身に魔力が満ちる感覚を覚えた。どうやら魔力の回復を高める効果があるらしい。魔術師見習いである俺が装備するには高級すぎる武具に俺はすっかり興奮した。
「レオン、お前さんは随分物騒な連中に狙われているんだな。店にまで殺気が流れてきている。くれぐれも命を落とさない様に、精霊を守りながら暮らすんだぞ……」
白髪の店主が俺の肩に手を置くと、俺と母は店主に礼を言って店を出た。予想以上に精霊狩りが接近しているのだ。いつ敵が武器を抜いてもおかしくはない。俺を殺したくて堪らないのか、精霊狩りからは強烈な殺気を感じる。
これが母が言っていた「精霊の加護を持つ者は短命」という言葉の意味なのだろう。精霊の加護は絶大な力を持つ。この力があればどんなに強い魔物だって仕留められるだろう。勿論、訓練は必要だが、既に微精霊の加護を授かっている者なら、俺よりも上手く加護の力を使える筈だ。
こんなに早く精霊狩りに目を付けられるとは思わなかった。エミリアを守らなければならないのだ。俺に加護を授けてくれたエミリアが安心して暮らせる未来を作るんだ。やっと加護を得たのだから、精霊狩りなんかに殺されてたまるか。
背後から禍々しい魔力と強烈な殺気を感じながら家に戻ると、既に買い物を終えた父が馬車の御者台から手を振っていた……。