第八話「幻獣の討伐者」
「レオン……! 遂に加護を授かったのだな! まさかグリムの奴を倒して仕舞うとは!」
「ええ、私達の息子が加護を授かったんだわ。十四年間も魔法が使えなかったレオンが加護を得たの! 今日はお祝いにしましょう!」
仕事を終えて自宅に戻っていた魔術師の母が何度も俺の頬に口づけをしてくれた。父は大粒の涙を流して喜び、強く抱き締めてくれた。二人共俺以上に加護を得た事を喜んでくれているのだ。
剣士の父と魔術師の母、それから火と地の微精霊が俺を祝福してくれると、父が俺を見つめて首を傾げた。
「加護を授かったにもかかわらず、どうして微精霊が居ないんだ?」
「そうね、レオン、私達にも微精霊を紹介して頂戴」
「実は、俺は微精霊じゃなくて精霊の加護を授かっているんだ」
「精霊? まさか、それは本当なのか!?」
「ジークフリート、レオンが私達に嘘をついた事があったかしら?」
「勿論無いとも、モニカ。だが、精霊が加護を授けるのは魔法能力に長けた魔術師や生まれつき高い魔力を持っている者と決まっている。微精霊すら持たないレオンに加護を授けてくれた精霊とは一体何者なんだ?」
俺は鞄からグレートゴブリンの魔石を取り出して机の上に置いた。両親が驚きの余り言葉を失うと、父の微精霊が俺の頭の上に乗って喜んだ。
「この巨大な魔石は……、幻獣クラスの魔石なのか?」
「これは幻獣のグレートゴブリンの魔石だよ。俺と氷の精霊・エミリアが協力して倒したんだ」
「迷いの森の氷姫か? レオンがグレートゴブリンを仕留めてしまうとは……! それに、どんな人間にも加護を与えなかった精霊から加護を授かるなんて。やはりレオンが微精霊の加護を授からなかったのは、精霊の加護を受けるためだったのかもしれん……」
「ええ、微精霊よりも遥かに高位な存在から加護を授かった。これから多くの試練が待ち受けているでしょう。精霊の加護を持つ者はどの時代も短命。精霊狩りは契約者を殺して加護を強制的に解除し、精霊を殺して精霊石を奪う……」
「モニカ、物騒な事を言うな。レオンはあのグリム家のアレックスを倒したんだ。これから魔法を学べば最強の精霊魔術師にもなれるだろう」
「そうね……。だけど、精霊の加護を得たのなら、今すぐ精霊の元に戻った方が良いわ。再び氷の精霊を誘拐して加護を得ようとする者が現れるかもしれない」
「勿論そのつもりだよ。今日から家を出てエミリアと一緒に暮らすんだ。来月の一日、誕生日を迎えたらエミリアと共に旅に出る。旅支度をするために戻ってきたんだよ」
エミリアがシュルツ村の近くで俺の帰りを待っているのだ。村にはエミリアの加護を得ようとする者も多い。契約者は常に精霊を守らなければならない。勿論、魔物から守るだけではなく、悪質な人間からも守る必要があるのだ。
精霊狩りの中でも過激な連中は、契約者と精霊を殺し、精霊が体内に秘める精霊石を奪い、加護の力を得る者も居る。普通の人間なら既に契約者が居る精霊に手を出そうとはしないが、契約者を殺してでも加護を得ようとする者が居るのだ。
「すぐに支度をしましょう! まずは魔石の換金からね。ジークフリート、あなたはレオンのために馬車と当分の食料を用意して頂戴」
「わかった! 一時間後に家で落ち合おう」
黒髪を長く伸ばした筋骨隆々の剣士、冒険者歴二十年の父が颯爽と家を出ると、遂に俺の旅支度が始まった。まずは迷いの森でエミリアから魔法を教わり、エミリアを守れる力を身に着けてから旅に出る。
今日は四月十日。旅立ちは三週間後だ。シュタイン王国で最も魔法の研究が盛んな王都ローゼンハインを目指して旅に出る。エミリアと共に世界を見て回り、二人で魔術師として暮らすのだ。
それから俺は母と共に冒険者ギルドに入った。既に俺がグリムを圧倒するだけの魔法能力を持つ事がギルド内で噂されている。二人でギルドのカウンターに進むと、ギルドマスターが直々に対応してくれる事になった。
「シュタイナーさん、今日はどういった御用ですか?」
「実は、私の息子がグレートゴブリンの討伐に成功しましたので報告に参りました」
「グレートゴブリンの討伐? まさか、無属性のレオンがですか?」
「確かに今朝までは無属性でしたが、今は無属性ではありません。氷の加護を受けたのですから」
「氷の加護といいますと、氷の微精霊から加護を授かったのですか? それにしても、グレートゴブリンの討伐とは……。つまらない嘘はつかないで下さい。ギルドマスターである私が直々に討伐隊を組んでも倒せなかった魔物ですよ」
「まぁ、普通は信じられないでしょうが、レオンは討伐の証明として魔石を持ち帰りました。加護すら持たない、魔法も使えないレオンが迷いの森に入り、何十人もの村人を殺め続けた幻獣のグレートゴブリンを仕留めたのです!」
母が魔石をカウンターに置くと、冒険者達が一斉に魔石を見つめた。毎日の様に魔石に触れている冒険者はこの魔石が魔獣クラスの物ではなく、幻獣クラスの魔物の物だと理解した。
ギルド内は大いに盛り上がり、大粒の涙を流して喜ぶ冒険者も居る。グレートゴブリンに家族を殺された者、仲間を殺された者が多く居るからだ。
ギルドマスターが魔石に鑑定の魔法を掛けると、満面の笑みを浮かべて俺を見つめた。マスター自身も自分の娘をグレートゴブリンに殺されている。何度もグレートゴブリンに復讐をしようとしたが、仲間を失うばかりで討伐は出来なかった。
「娘のリサを殺されてから十五年……。遂にシュルツ村から幻獣の討伐者が現れた! 今日は何と嬉しい日だろうか……。リサも天国でレオンを祝福してくれているだろう。グレートゴブリンの討伐報酬として五十万ゴールド。それから、魔石は八十万ゴールドで買い取ろう」
「百三十万ゴールドも貰えるんですか!?」
「これでも少ないくらいだ! レオン、一体どんな技でグレートゴブリンを仕留めたんだ? ゆっくりと聞かせてくれないか? まさかレオンが娘の仇を討ってくれるとはな……!」
ギルドマスターが感極まって俺を抱きしめると、村中からグレートゴブリンの被害者が集まってきた。家族を殺された村人達は俺に何度も頭を下げ、お礼の言葉を述べてくれた。十四年間、一度も使う事が無かった魔力を剣に注ぎ、全力の一撃でグレートゴブリンに攻撃を仕掛けたと話すと、ギルド内は大いに盛り上がった。
「実は、俺に加護を授けてくれたのは氷の精霊・エミリアなんです」
「氷の精霊か……。確かにあの森でグレートゴブリンに対抗出来るのは氷姫しか居ない。レオンが精霊の加護を得ていたとは! シュルツ村から偉大な精霊魔術師が誕生した!」
マスターが叫ぶと、周囲から熱狂的な拍手が上がり、俺は自分の行いが正しかった事を実感した。「無属性のシュタイナー」「魔法すら使えない落ちこぼれのレオン」などと散々馬鹿にされてきたが、やっと村の役に立つ事が出来たのだ。
村人達はエミリアを恐れていたが、俺と共に憎きグレートゴブリンを仕留めた偉大な精霊だと村人達は称賛した。それ程この村にはグレートゴブリンに家族を奪われた者が多いのだ。
すぐに旅支度を始めよう。幻獣の討伐に慢心している場合ではない。エミリアを守るために力を付けなければならないのだ……。