第四十話「勝利の余韻」
魔族の砦を出るとエミリアの姿を見つけたハンナが駆け寄ってきた。ハンナは嬉しそうにエミリアを見つめながら、舌の先でエミリアの頬を舐めた。エミリアもまたハンナとの再会を喜び、ハンナの美しい栗色のたてがみを何度も撫でた。
エミリアとギレーヌを後ろから抱きしめる要領でハンナの背に乗り、最後にティナがギレーヌの腕に抱かれると、俺達は迷宮都市を目指して進み始めた。俺のすぐ目の前にはエミリアが居るという事に嬉しさと緊張を感じる。
やっと会えたのに何を話せば良いかわからない。言葉を交わさなくても、俺達の心は通じ合っている。人間は精霊を守るために生まれ、精霊は人間に力を授けるために生まれる。お互いを助け合うために命を授かった関係だからか、一緒に居るだけで妙に心地良く、言葉に出来ない程の喜びを感じる。
エミリアが俺の手に触れると、彼女の心地良い魔力が流れ込んできた。ギレーヌに悟られない様に、こっそりと俺の手を握っているのだ。俺はエミリアに恋をしているが、ギレーヌも俺の精霊なのだから、彼女にも最大限の愛を注ぐつもりだ。
勿論、ティナや火の微精霊も同じだけ愛さなければならない。シュルツ村では落ちこぼれと呼ばれていた俺が、今では二体の精霊と一体の微精霊、それからガーゴイルのティナまでが俺に力を貸してくれている。
シャルロッテさんやクリステルさんとはこれからも頻繁に交流したいと思う。最初は意見の違いもあったが、クリステルさんは腹を割って話せば素直に俺の提案を受け入れてくれた。シャルロッテさんは俺に忠誠まで誓ってくれている。時間を掛けて二人の事を知っていきたいと思う。
「レオンさん、クリステルさんとはどういう関係なんですか?」
「クリステルさんとはフェーベルで知り合ったんだよ。知り合ってからすぐに意気投合して、死霊の精霊・ギレーヌが暮らす死のダンジョンの攻略を始めたんだ」
「それにしても、レオンさんは幻獣まで討伐してしまったんですね。私が眠りに就いている間に、随分と成長されたみたいで嬉しいです。もう私の力なんて必要ないのかもしれませんね。ギレーヌさんも居ますし、シャルロッテさんも居るんですから……」
「俺はエミリアが必要だよ。エミリアを取り戻すために死ぬ気で努力してきた。俺が弱いばかりにエミリアに怖い思いをさせてしまったけど、これからはエミリアが安全に暮らせる様に努力するよ」
「レオンさんは本当に逞しくなりましたね。レオンさんの成長が嬉しいです。本当は私だけのレオンさんで居て欲しかったんですが、こんなに素敵な方を放っておく精霊は居ませんよね……」
エミリアが寂しそうに呟くと、ギレーヌが振り返ってエミリアを見つめた。
「エミリア。もしかして私とレオンの関係に嫉妬しているの?」
「この気持は嫉妬なんでしょうか。何か心にひっかかる様な、レオンさんを自分だけのものにしたいなんて思ってはいけないんでしょうか」
「ええ、いけない事よ。レオンは私の契約者でもあるからね」
「やっぱりそうですよね……。それでもレオンさんと一緒に居られるんですから、本当に嬉しいです。ずっと会いたかったんですから、もう絶対に離れたくありません」
エミリアは震えながら俺の手を強く握り、静かに涙を流した。氷の中で目覚めの時を待ちながら夢を見ていた。俺との生活を思い描き、ただ待ち続けたエミリア。やっと目が覚めたと思ったら、俺に新しい精霊が居た。エミリアは俺とギレーヌの出会いを喜んでいないのだろうか。
それにしても、俺を独り占めにしたいなんて大胆な言葉がエミリアの口から飛び出すとは思わなかった。もしかするとエミリアは俺が想像する以上に俺に好意を抱いているのではないだろうか。何年も森で俺を監視していたとも言っていたし。
「もう、仕方がないわね。今日だけはエミリアと二人で部屋を使っていいわよ。私はティナと別の部屋に泊まるから」
「え? レオンさんと二人だけで? 本当に良いんですか? ギレーヌさん」
「ずっと会いたかったんでしょう? 仕方がないから一日だけレオンを貸してあげる。だけど勘違いしないで頂戴。レオンは私のものでもあるんだからね」
「はい、勘違いなんてしません。ありがとうございます、ギレーヌさん!」
ハンナが歩く度にエミリアの豊かな胸が揺れ、俺は思わずエミリアの胸元に目が行った。彼女の体を後ろから抱き締めているから、すぐ視線を落とせばエミリアの豊かな谷間が見える。ローブの隙間から見えるエミリアの胸に見とれ、形が整った白く美しい彼女の胸をこっそりと盗み見た。
恋愛すらした事がない俺には刺激的すぎる光景に思わず息を呑み、ピンク色の下着に包まれた豊満な胸を見続けると、俺は思わず恥ずかしくなって視線を反らした。それから俺はフェーベルに到着するまで、何度かエミリアの胸を盗み見た。
ギレーヌも小さな体からは想像出来ない程、立派な胸をしているが、エミリアの方が若干大きいだろう。人間とはどこか異なる魅力がある精霊に、俺はすっかり魅了されている事に気がついた。
迷宮都市フェーベルに到着すると、冒険者ギルド・レグルスのギルドマスターをはじめとする熟練の冒険者集団に帰還に、市民達は何事かと通りに集まった。マスターのダニエルさんが魔族に囚われていた精霊を開放したと言うと、市民達は歓喜の声を上げた。
そうして俺達は市民達に祝福されながら、冒険者ギルドに戻り、すぐに宴の準備を始めた……。