第三十二話「二度目の幻獣討伐」
ギレーヌがデーモンの体を切り裂き、心臓付近に埋まっていた魔石を取り出すと、直径二十センチ程の魔石を俺に渡してくれた。魔石からはデーモンの禍々しい力を感じる。魔石が持つ魔力を肌に触れていると、枯渇していた魔力が徐々に回復を始めた。
ギレーヌの加護を授かった事により、闇属性の力を得たのだ。デーモンと同じ属性を体内に持っているからか、デーモンの魔石が妙に心地良い。
それからクリステルさんはデーモンの角と爪を切り落とし、デーモンの目と心臓を取り出した。幻獣クラスの魔物の中でも、デーモンの素材は高値で取引さているらしい。強い魔力を秘める幻獣の素材や魔石を金属に溶かして武器を作れば、特殊な効果を持つマジックアイテムを作る事が出来る。
ティナが涙を浮かべながら俺の胸に飛び込んでくると、俺は暫く彼女の小さな頭を撫でていた。人間二人と微精霊が二体。ガーゴイルと精霊が一体だけで死のダンジョンの支配者であるデーモンの討伐に成功したのだ。迷宮都市フェーベルで最も攻略の難易度が高いダンジョンを攻略したのだ。
ギレーヌがゆっくりと俺の隣に腰を下ろすと、俺はポケットから彼女のために用意したルビーの首飾りを取り出した。ギレーヌは美しく輝く白金製の首飾り見つめ、満面の笑みを浮かべながら俺の肩に頭を乗せた。
「素敵な首飾りね。エミリアという精霊のために用意した物なの?」
「いいや、これは君のために用意したんだよ」
「私のために……?」
「そうだよ。ギレーヌの瞳の色に近いルビーを選んだんだけど、気に入って貰えたかな?」
「ええ……。気に入ったわ。つけて頂戴」
ギレーヌが長い黒髪を持ち上げると、細い首筋に目が行った。こんなに小さな体で精霊狩りに追われ続け、毎日命を狙われていたのだ。これからは俺がギレーヌを守らなければならない。
ギレーヌの首にルビーの首飾りを付けると、彼女は満足気に微笑んで俺に手を差し出した。俺はギレーヌの手に優しく口づけをすると、彼女は最高の笑みを浮かべて俺を抱きしめた。俺の顔にギレーヌの豊かな胸が当たり、なんとも言えない心地良さを感じる。体は細いが胸は思いのほか大きく、俺は暫く彼女の豊かな胸の感覚と体温を感じていた……。
「レオン様。デーモンの討伐、おめでとうございます!」
「クリステルさんや皆のお陰ですよ。まさか五階層にデーモンが居るとは思いませんでした」
「ええ。私も想像すらしませんでした。普通、ダンジョンの支配者は最下層で冒険者を待ち受けているものです。大抵のダンジョンには魔族が作り上げた宝物庫があります。ダンジョンの支配者が冒険者を殺して奪った金品等を守っています。五階層までデーモンが上がっていたという事は、もしかすると地上を目指していたのかもしれません」
「もし俺達がここでデーモンを討伐していなかったら、デーモンがフェーベルを襲撃していたという事ですか?」
「そうなりますね。大勢の人間が命を落としたでしょう。幻獣クラスの魔物の中でも戦闘力が高いデーモンをこの場で討伐出来た事は本当に運が良いです。これも死霊の精霊・ギレーヌ様とレオン様のお陰です」
クリステルさんは深々と頭を下げると、予備のヒールポーションを渡してくれた。俺達はデーモンとの死闘を語り合いながら、ポーションを飲んで体力を回復させた。町に帰還する前に、ダンジョンの最下層を目指して進み、宝物庫のお宝を頂く事にした。
二日もあれば最下層まで降りられるだろう。既に幻獣討伐を成し遂げた俺達の連携の前には、デーモン以下の魔物の襲撃は簡単に退けられる筈だ。
「宝物庫ですか。一体どんなお宝があるのか楽しみです!」
「そうですね。報酬は山分けにしましょう! ギレーヌ、すぐに町に戻りたいけど、他の冒険者に宝を取られていはいけないから、暫くダンジョン攻略に付き合ってくれるかな? それに、ダンジョンで魔法の訓練もしたいし、魔物討伐の経験も積んでおきたいんだ」
「勿論良いわよ。私はあなたの精霊。あなたの望みが私の望みでもある。それに、私もダンジョンの宝に興味があるの。私のためにお金を稼いで、新しいドレスを買って頂戴な。それから、安心して眠れる家も欲しいわ。馬車を買って一緒に旅をするのも良いかもしれないわね」
「ギレーヌの期待に応えられる様に頑張るよ。それから、馬車なら持ってるから心配しなくても良いよ。まずは宝物庫を目指そう。お金があればエミリア奪還の資金にも出来る。装備を整えて最高の状態で魔族を襲撃するんだ」
俺達は暫く体力と魔力の回復を待ちながら、お互いの事をゆっくりと語り合った。エミリアとの出会いや、ティナとの出会い。森での生活や、シュルツ村での暮らしなど。それからクリステルさんは王都ローゼンハインでの生活や、シャルロッテさんとの思い出等を語った。
ギレーヌはダンジョンの事しか知らないからか、俺達の話を聞いて目を輝かせ、早く外で暮らしたいと微笑んだ。彼女は自分がダンジョンから出れば全ての人間が精霊石を狙って襲い掛かってくると勘違いしている。自分自身が死霊の精霊だとバレなければ精霊狩りに目をつけられる事も無い。
シュルツ村は小さな村だったから、村人の大半はエミリアの事を知っていたが、迷宮都市フェーベルでは氷の精霊の名を出しても知らない者も多い。今では人間と共に幻獣のグレートゴブリンを討伐した神聖な精霊だとも言われている。
今回のデーモン討伐はギレーヌの汚名をすすぐ良い機会でもある。俺は地上に戻ればいかにギレーヌが人間思いで、デーモンから俺を守ってくれた正しい心を持つ精霊だと力説するつもりだ。それから囚われているエミリアを奪還出来れば、ギレーヌを人間殺しの精霊だと言う者も減るだろう。
「ダンジョンの攻略を再開しましょうか。宝物庫を目指して進みましょう」
俺達は重い腰を上げ、ゆっくりと下層を目指して進み始めた……。