第二十八話「レオンの覚悟」
背後からリビングデッドの攻撃を受けて全身に激痛が走り、脂汗が一気に吹き出し、自分の死を悟った。五階層で命を落としたという事は、この者達の生前のレベルは三十を超えている。魔法を身に付けたばかりの俺が、熟練の冒険者パーティー相手に一人で立ち向かっているのだ。最初から無理な戦闘だったのだ。
徐々に意識が朦朧とし、背中からは血が吹き出し、命の終わりを悟った。最後にエミリアの顔を見たい。こんな所で死にたくない……。二体のリビングデッドが背中から剣を引き抜くと、再び激痛を感じて地面に倒れた。
ティナを呼び出せば助かる可能性は上がるだろう。しかし、ティナを危険にさらしてしまう。俺のためにティナまで死なせる訳にはいかない。せめてヒールポーションが飲めたら、まだ生き延びる可能性がある。全ての魔力を掻き集め、アイスゴーレムを一体作り上げよう。
俺は鞄を拾い上げ、激痛に悶えながら逃げ出した。全身からは大量の汗が流れ、耐え難い痛みを感じながら、体を引きずる様に無様に逃亡する。ギレーヌのために用意した食料が鞄からこぼれ落ち、地下墓地の泥にまみれた。
俺の背後からはゆっくりと五体のリビングデッドが付いてきている。俺を追い詰めたと思っているのだろう、走って俺のとどめを刺そうともしない。この魔法に俺の人生を賭ける。失敗すれば俺の体には剣が突き立てられ、誰にも看取られずに命を落とし、彼等と同様の動く屍になるだろう。
エミリアが何度も俺に見せてくれたアイスゴーレムを脳裏に描く。魔法は想像力が肝心だ。しっかりした完成形を想像し、魔力の力によって創造する。エミリアのアイスゴーレムは二メートルを超え、人間の言葉を理解し、どんな魔物も軽々と叩き潰せる力があった。
借りるぞ……、氷姫の精霊魔法。俺はエミリアを守るために生きなければならないのだ。ギレーヌを仲間に入れてエミリアを救出し、旅を続けるのだ。もう一度エミリアを見るまでは何が何でも諦めない。
「アイスゴーレム!」
体内の全ての魔力を掻き集め、両手を地面に付ける。闇の魔力が蔓延する場には強烈な冷気が発生し、俺の目の前には瞬く間に氷のゴーレムが出来上がった。体長は二メートルを超えており、左手には氷の盾を持ち、右手には氷の剣を持っている。
武器を持ったアイスゴーレムが現れると、リビングデッドの群れが一斉にアイスゴーレムに攻撃を仕掛けた。魔術師がファイアボルトを連発してアイスゴーレムの体に風穴を開け、戦士が両刃の剣でアイスゴーレムの左腕を切り落とし、二体の剣士がロングソードでアイスゴーレムの体を削った。
敵がアイスゴーレムとの戦闘に集中している間に鞄からヒールポーションを取り出し、大急ぎで飲み干した。背中の痛みが徐々に消えて傷が塞がり、枯渇していた体力が回復し、意識が鮮明になり、体中に力が漲った。
アイスゴーレムは既に自分の死を悟ったのか、俺を守る様に敵の前に立ち、リビングデッドの攻撃を受け続けた。俺はアイスゴーレムの背中を飛び越えて戦士の頭部にアイスショットの魔法を放ち、敵の頭部を完全に破壊した。
戦士が命を落とすと、魔術師が狼狽えながら後退を始めた。アイスゴーレムは俺に微笑みかけながらゆっくりと溶け始めると、剣士の足を握りながら静かに命を落とした。最後まで俺のために命を使ってくれたアイスゴーレムに感謝しながらも、全力で剣士の顔面を殴った。
流石に腐敗しきった体には俺の攻撃が堪えたのか、リビングデッドが無様に倒れると、俺は氷から剣を作り上げて頭部に突き立てた。魔術師は残る一体の剣士を捨てて逃げ出し、ロングソードを持った剣士がゆっくりと距離を詰めてきた。
一対一ならリビングデッドには負けない。俺は九歳から剣を持ち、魔物との戦闘を想定して父と稽古を積んできたのだ。防具はないが、それでも恐怖は感じない。冒険の旅を始めて、幻獣のアラクネにも遭遇し、数多の魔物を討ち取ってきた。エミリアを取り戻すためにひたすら稽古を積んできたのだ。こんな所で死ぬわけにはいかない。
「かかってこい!」
俺が叫んだ瞬間、剣士はロングソードに風の魔力を纏わせて水平切りを放ってきた。風のエンチャントが掛かった剣は驚異的な攻撃速度で、まるで父の剣の様な鋭い攻撃に驚きを感じながらも、敵の剣を瞬時に氷の剣で防いだ。
氷の剣の耐久力が限界を迎え、刃が根本から折れると、俺は左手に盾を作り上げた。背中を刺された痛みを思い出しながら、盾を握り締めて剣士の顔面を殴った。剣が無ければ盾で攻撃をすれば良い。父は盾を使った戦い方も教えてくれた。氷の盾の表面に無数のトゲを付けてスパイクシールドを作り上げた。
敵が顔面に俺の攻撃を喰らって尻餅を付いた瞬間、俺は再び剣士の顔面をスパイクシールドで殴った。無数のスパイクが顔面を捉えると、剣士は静かに命を落とした。残るは仲間を捨てて逃げ出した魔術師が一人。
スパイクシールドを捨てて全力で走り、魔術師の後を追う。幼い頃から森を駆けて微精霊を探し続け、ゴブリンとの戦闘を繰り返して体を鍛えてきた。魔法ばかり学び、二人の剣士と戦士に守られて育った魔術師とは体の鍛え方が違う。
仲間を見捨てる最低な魔術師に追い付くと、俺は背後からアイスショットを放って心臓を貫いた。やっとリビングデッドのパーティーを殲滅出来た。やはり死のダンジョンと言われているだけの事はある。ダンジョンに潜ってからの短い時間の間に何度も死を意識した。五階層からは四階層までとは全く異なるダンジョンの様だ。
リビングデッドとの戦闘を終えると、俺はギレーヌのために用意したプレゼントを回収した。泥水を吸って汚らしく膨れたビスケットとサンドイッチ。汚れ切った乾燥肉と、落下の衝撃で割れた瓶詰めのナッツ。ドライフルーツとソーセージも床に落ちて汚れている。紙袋に仕舞っていたが、墓地には所々泥水が溜まっており、食料は全て泥水の中に落ちたのだ。
食べ物は全てだめになってしまった。ギレーヌのために購入した花束と白金の首飾りだけが無事だ。ヒールポーションも予備の物はクリステルさんに預けた。大半の荷物を失った俺は気を取り直して墓地を歩き回り、ギレーヌを探し続けた。
三十分ほど墓地を徘徊すると、背後から禍々しい魔力を感じた。まるで幻獣のアラクネの様な強烈な魔力、グレートゴブリンの様な強い殺気に震えながら、恐る恐る背後を振り向くと、そこには美しい少女が立っていた……。