第二十七話「蘇る者」
レーナと別れた俺達は順調にダンジョンを攻略し、遂に五階層に降りる階段に辿り着いた。四階層の最深部に到達するまで三時間程かかったが、ブラックウルフよりも強力な魔物の姿は無かった。
ファイアゴブリンと火属性のファイアエレメンタルという魔物が居ただけだ。ファイアエレメンタルは火属性の魔石から出来た魔物で、魔物が体内に秘める魔石がダンジョン内で長期間放置された場合、エレメンタルとして蘇る。
まるでゴーストの様な体をした魔物は、体内に秘める魔石を破壊しなければ永遠と生き続け、ダンジョンの魔力を糧に成長し、人間を襲う。ダンジョン内にのみ生息する希少な魔物の姿を見られた事は嬉しいが、エレメンタルは執拗に俺達を追い回し、遠距離から攻撃魔法を放ってきた。
クリステルさんが地の精霊・シャルロッテから教わった地属性の魔法を駆使してファイアエレメンタルの攻撃を受けた。エレメンタルは魔力から出来た体をしているから、物理攻撃は効かない。ただし、エンチャントを掛けた攻撃はダメージが通る。
クリステルさんが石で盾を作り上げてファイアエレメンタルの魔法を防ぎ、俺がエンチャントを掛けた剣で敵を切り裂いた。体内に秘める魔石さえ破壊すればすぐに命を落とすので、比較的戦いやすい敵だった。
「遂に五階層に降りられるんだね。レオン、許可証の用意を」
「ティナ、クリステルさん。ここから先は俺一人で行きたいんです」
「それはまたどうしてですか? もしギレーヌが攻撃を仕掛けてきたら、レオン様だけでは対応出来ないかと思います」
「さっきレーナも言っていましたが、ギレーヌは今日も精霊狩りから狙われたんです。大勢で押しかければ彼女を怯えさせてしまうでしょう」
「それはそうですね……。一時間して戻らなかったら突入します」
「わかりました。ティナ、火の微精霊。クリステルさんと一緒に待っていてくれるかな」
「仕方がないな。ギレーヌを怒らせない様に気をつけるんだよ」
俺はティナと火の微精霊をクリステルさんに任せると、ミスリルの防具を外し、ブローソドードとダガー、それからラウンドシールドを置いた。五階層に続く階段の前には魔法陣が書かれており、魔法陣を突破するための許可証と、ギレーヌのために購入した送り物を鞄に詰めて持ち、右手には花束を持った。
ダンジョン内で武具を身に付けず、花束と食料だけを持っているのはフリート大陸中を探しても俺以外に居ないだろう。魔物が巣食うダンジョンで武具すら身に着けないのは自殺行為。万が一、ギレーヌが攻撃を仕掛けてきたら、その時は氷の盾を作り出して防げば良い。命懸けで自分の誠意を伝えれば、流石に攻撃まではしてこないだろう。
レーナが教えてくれたが、ギレーヌは「精霊の加護を持つ者は私を守る力がなければならない」と考えているのだ。心から人間を憎んでいる訳ではないだろう。レーナに加護を与えないのは、自分を守る力が無いと判断したからなのだ。レーナが精霊狩りに狙われない様に配慮する事は出来る性格なのだろう。
「それでは行ってきます……」
「くれぐれも気をつけて下さいね」
「レオン、困ったら僕を召喚するんだよ。指環に魔力を込めるだけで僕を呼び出せるんだからね」
「わかったよ」
火の微精霊は階段の手前まで俺を見送ってくれると、俺は小さな微精霊の頭を撫でた。不安げな表情を浮かべるクリステルさんとティナに見送られ、俺は魔法陣を抜けて遂に五階層に降りた。
一階層から四階層までは火属性の魔物の棲家になっていたが、五階層からは闇属性の魔物が多く生息している。階段のすぐ側に武器を持ったスケルトンが潜んでおり、突然の魔物との遭遇に驚きながらも、左手から氷の塊を飛ばして敵の頭骨を砕いた。
エミリア直伝のアイスショットはスケルトン程度の魔物なら一撃で討伐出来る。まだまだエミリアのアイスショットには敵わないが、魔力の消費も少ないので、弱い魔物を狩る時にはアイスショットを使う事にしている。
魔物がひしめく空間で武具を一切持たないのは何とも言えない恐怖を感じる。五階層はまるで巨大な墓地の様な空間になっており、四階層までとは比較にならない程、空間が持つ魔力が強い。
レベル三十以下の冒険者の立ち入りを禁じている理由がはっきりと理解出来る。古い時代の魔族の墓が立ち並ぶ墓地は天井付近に火の魔石が埋まっており、ぼんやりと空間全体を照らしている。完璧な暗闇ではないだけまだ救いがある。
ギレーヌのために用意した花束を持ちながら、左手に冷気を溜めて魔物の襲撃に備える。墓地にはスケルトンだけではなくリビングデッドの姿もある。ダンジョン内で命を落とした冒険者が蘇った者だ。
恐らくこの階に居るリビングデッドは、死霊の精霊・ギレーヌに挑んで敗れた者だろう。かつては冒険者としてパーティーで活動をしていたのだろう、まだ若い十三歳程の元人間達が一斉に俺を取り囲んだ。
腐敗した体に鋼鉄の防具を身に着け、真新しい武器を握り締めている。リビングデッドの数は全部で四体。ロングソードを構えた剣士が二人、木の杖を持ち、ローブを羽織った魔術師が一人。それから大剣を持った戦士が一人。バランスの良いリビングデッドのパーティーに恐怖を感じながらも、花束と鞄を地面に置いた。
かつては純粋な心で冒険者として活動していたのだろうが、いつしか死霊の精霊を殺してでも大金を稼ぎたいと思い始め、遂に死のダンジョンに挑んだのだろう。金に目がくらみ、一人寂しく地下墓地で暮らすギレーヌに勝負を挑み、あっけなく命を落とした。
冒険者の亡骸が一斉に襲い掛かってくると、俺は左手に氷の盾を作り、敵の攻撃に備えた。体格の良い戦士が強烈な水平斬りを放つと、氷の盾が木っ端微塵に砕けた。生前は今よりも随分強かったのだろう。強さを持ちながら金銭欲に打ち勝つ事も出来ず、精霊狩りに身を落とした冒険者崩れの魔物は俺が討伐しなければならない。
「アイスショット!」
戦士の腹部に氷の塊を飛ばすと、戦士は回避が間に合わずに俺の攻撃をもろに喰らった。俺が戦士に攻撃をした瞬間、魔術師が炎の矢を放ち、俺の頬をかすめた。目の前の戦いだけに集中していては、たちまちリビングデッド達の餌食になってしまう。
魔術師の魔法を回避し、左手に氷の盾を作り上げ、全力で戦士の顔面に殴りつけた瞬間、背中に焼ける様な痛みを感じた。恐る恐る振り返ってみると、二体の剣士が俺の背中にロングソードを突き立てていた……。