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氷姫 - 契約の魔術師と迷いの森の精霊 -  作者: 花京院 光
第一章「迷宮都市フェーベル編」
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第二十五話「五階層を目指して」

 俺とクリステルさんはお互いの背中を守りながら攻撃を始めた。ミスリル製のラウンドシールドを左手に持ち、右手でブローソドードを構える。エミリアから何度も教わったエンチャントを掛け、剣に冷気を纏わせる。火属性のファイアゴブリンは俺のエンチャントを目の当たりにして狼狽したが、すぐに攻撃を仕掛けてきた。


 敵はファイアボルトの魔法を使えるのか、武器を使って戦う者も居れば、木に登って高い位置から炎の矢を飛ばす者も居る。俺は冷気を纏わせた剣でファイアゴブリンを叩き切った。ここ最近は徹底的に剣と魔法を学んできたからか、ファイアゴブリン程度の魔物なら簡単に狩れる。


 敵よりも身長が二十センチ近く高いのだ。筋力も俺の方が多い。それでもダンジョンは魔物の領域。魔物の方がこの空間の地形を理解しているから有利に戦えるのだ。狂戦士の果実が成る木々を飛び移りながらファイアボルトを飛ばす厄介な敵が居たが、ティナが敵の首根っこを掴んで地上に叩き落とした。


 ティナは体は小さいが力はかなり強い。ファイアゴブリン程度の魔物なら力づくでねじ伏せる事も出来るのだ。遠距離から執拗に炎の矢を飛ばし、俺達を狙っていたファイアゴブリンが俺の前に立つと、両手を向けて炎の矢を放ってきた。


 俺は瞬時に左手に持った盾で敵の攻撃を受け、右手に持ったブローソドードで敵の首を飛ばした。敵の首が宙を舞うと同時に凍り付くと、ファイアゴブリン達が咆哮を上げ始めた。


 ダンジョン内に反響する気味の悪い声に釣られ、闇の中から三体の魔物が姿を現した。真っ黒な体毛に包まれた体長百五十センチ程の魔物、火属性のブラックウルフだ。爪には炎が纏っており、筋肉は大きく肥大している。あまりにも大きすぎる狼系の魔物に狼狽した瞬間、一体のファイアゴブリンが狂戦士の果実を落とした。


 ブラックウルフが地面に落ちた狂戦士の果実を食べ始めると、敵の体内の魔力が徐々に増幅し、次第に恐怖を覚える程の魔力の強さを感じた。闇属性以外の魔物が狂戦士の果実を食べると寿命が縮まるが、魔力を大幅に強化出来る。


 体は瞬く間に大きくなり、仲間のブラックウルフを頭から喰らうと、敵味方を判別出来ずに襲いかかってきた。狂戦士の果実を落としたファイアゴブリンはブラックウルフの鋭い爪で切り裂かれ、仲間を殺されたファイアゴブリンは仲間の死を笑った。


 忌々しい魔物達にとっては仲間が死のうが笑い事でしかないのだ。俺はクリステルさんとティナに背中を任せ、体長二メートル程まで成長した化物の様なブラックウルフに剣を向けた。


 目は血走っており、狂戦士の果実の効果で精神が高ぶっているのか、一目散に俺に向かって飛びかかってきた。ラウンドシールドで敵の顔面を殴っても効果は無く、ブラックウルフの爪が俺の頬を切り裂いた。


 パックリと切れた頬からは大量の血が流れたが、戦いで興奮しているから痛みは感じない。痛みに悶えていられる余裕はないのだ。まさかファイアゴブリンがブラックウルフに狂戦士の果実を与えるとは思わなかった。


 魔物も狂戦士の果実を食べるが、それは闇属性の魔物に限ると思っていた。狂戦士の果実自体が闇属性に属するから、異なる属性の魔物が食べれば毒にしかならない。人間にとっても狂戦士の果実は毒なのだ。大量のお酒を一度の飲むよりも遥かに危険な果実は、ダンジョンで死を悟った時の最終手段として用いられる。


 巨体のブラックウルフが俺に体当たりをかますと、俺はあまりの攻撃の速さに回避が間に合わず、敵の攻撃をもろに喰らった。体が高速で宙を舞い、石の壁に激突すると、まるで全身の骨が砕けた様な激痛を感じた。


 立ち上がるだけでも全ての力を振り絞らなければならない。膝は震え、剣も盾も体当たりの際に何処かに消えた。今俺に残っているのは一振りのダガーと、エミリアが授けてくれた魔法しかない。


 クリステルさんとティナから大きく離された俺の元には、再び巨体のブラックウルフが駆けてきた。


「死んだな……」


 俺が自分の死を悟った時、足元に狂戦士の果実が落ちている事に気がついた。慌てて拾い上げると、俺は意を決して黒い果実を齧った。体力と魔力が一気に回復し、瞬く間に恐怖心が消えて精神が高ぶると、俺は果実の力に惑わされずに平静を保てている事に気がついた。


 体の震えは止まり、全身の痛みを忘れてダガーを引き抜いた。体内から冷気を掻き集め、左手を地面に向けた。今こそアイスゴーレムの力を借りよう。まだ不完全だが、仲間は一人でも多い方が良い。


「アイスゴーレム!」


 鋭い冷気が空間に充満した瞬間、体長百八十センチ程の氷のゴーレムが現れた。俺は彼のために氷の盾を作り、氷から作り上げた両刃の剣を持たせると、彼は俺を見つめて跪いた。まるで頼れる騎士の様な立派なゴーレムが忠誠を誓う様に頭を垂れると、ブラックウルフが飛びかかってきた。


 瞬間、アイスゴーレムが氷の盾でブラックウルフの顔面を殴ると、骨が砕ける音が室内に轟いた。驚異的な攻撃力に俺の気分は一気に高揚し、俺はアイスゴーレムと共にブラックウルフに切りかかった。


 エンチャントを掛けたダガーで敵の足を切り裂くと、瞬く間に下半身が凍りついた。狂戦士の果実のお陰で魔力が完璧に回復しているから、いくらでも魔法を使える。下半身が凍りついた状態でも、ブラックウルフは口から炎を吐き、俺達を威嚇した。


 このままでは敵に近づけない。ブラックウルフの爆発的な炎を浴びれば一撃で命を落とすだろう。アイスゴーレムが俺を見つめて微笑むと、俺の肩に手を置いて静かに頷いた。それからアイスゴーレムが盾を握り締め、炎を浴びながらゆっくりとブラックウルフとの距離を詰めると、アイスゴーレムの体が溶け始めた。


 命を落としても俺に攻撃の機会を作ろうとしてくれているのだろう。アイスゴーレムの愛に俺は思わず涙が溢れ、彼の背中に体を付け、徐々にブラックウルフとの距離を詰めた。大きかった背中が瞬く間に小さくなると、彼はすっかり水に変わってダンジョンに吸収された。


 ブラックウルフはアイスゴーレムを溶かすために全ての魔力を使い切ったのか、怯えながら俺を見つめた。既に自分の死を悟っているのだろう。俺は仲間の死に激昂し、全力で敵の頭部にダガーを突き立てた。体中から魔力を掻き集め、ダガーを思い切り敵の頭部に差し込むと、ブラックウルフの体が氷に包まれた。


 エミリアの加護が無かったら俺は死んでいただろう。それに、俺を守ってくれたアイスゴーレム。今度はもっと大きく、丈夫な体に作ってあげよう。ダガーを引き抜くと、クリステルさんとティナが駆け寄ってきた……。

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