第二十四話「死のダンジョン」
地下に続く石造りの階段を降りる。クリステルさんが火の微精霊を浮かべているので、光が入らない地下でも随分明るい。階段を降りるごとに火の魔力が徐々に強まる。魔物達は土地自体が持つ魔力に惹かれ、このダンジョンに住み着いたのだろう。
ダンジョンは魔族が人間を殺めるために作り上げた棲家。死のダンジョンにもかつては闇属性の魔族が暮らしていたが、いまでは冒険者に討伐されて魔物だけが暮らす空間となっている。下層に進むに従って土地が持つ魔力が強まり、生息する魔物もレベルの高い者が集まる。
定期的にダンジョンに入る人間を殺め、肉を喰らって生きる魔物も居る。ダンジョン内には光を必要とせずに成長する果実等が成り、魔物の中には果実を栽培して販売している者も居る。
「ダンジョン内で店を持っている魔物も居るなんて、何だか面白いですよね」
「そうですね。私はまだ一度も会った事がありませんが、人間にも魔物にも平等にアイテムを販売するらしいですね。お父様が若い頃ダンジョンによく潜っていたので、私も幼い頃から冒険の話しばかり聞いて育ったんです」
「クリステルさんのお父上はどんな仕事をされているんですか?」
「国防に携わっていますよ。王都ローゼンハインの防衛をしているんです」
「王都の防衛ですか。冒険者時代は名の通った方だったんでしょうね」
「そうですね……。今でも毎日の様に剣を振り、冒険者時代に鍛え上げた肉体がなまらない様にと、訓練を積んでいるんです」
「俺の親もそうですよ。シュルツ村で現役の冒険者をしているんです」
「それは素敵ですね。冒険者と魔術師の間に生まれた精霊魔術師ですか……。私は親が精霊を用意してくれましたが、レオン様は自分の力で精霊の加護を授かった。一体どうやって精霊の加護を授かったんですか?」
「毎日森に入って微精霊に話しかけていたんです。俺は微精霊の加護を持たずに育ったので、加護を得るために毎日森で微精霊を探していました。そんな様子をエミリアが見ていてくれたみたいです。三年も俺を監視していたのだとか……」
「エミリア様の三年の片思いですか……。きっと素敵なお方なんでしょうね」
「はい、最高の女性ですよ」
俺の言葉を聞いたクリステルさんは少しだけ不満気な表情を浮かべた。長い階段を降りながらクリステルさんと話をしているだけでも、冒険をしている様で何だか面白い。
階段を降りて一階層に立つ。平らな石が規則正しく敷かれた小さな町の様な空間は、地下に居るとは思えない程の開放感があり、石造りの魔族の家が点在している。
古代の建造物を見ていると思わず胸が高鳴ってくる。石の魔法に精通した者達が魔法で作り上げた空間はなんとも言えない美しさがあり、かつては多くの魔族が暮らしていた事が想像出来る。
フリート大陸の創造神・イリスは大陸に魔族と人間と精霊を作り上げた。微精霊は自然の魔力の場から生まれ、神の力を持つ精霊は人間と同じだけの数が居たのだとか。人間同士の争いが起こり、戦争の度に更なる力を求める者が現れ、精霊を殺して体内に精霊石と取り込み、魔族として人間を狩り始めた。
そんな者達が人間に追い詰められて暮らし始めたのがダンジョンだ。大抵のダンジョンは人間に追われた魔族が作り上げたものである。そのため、ダンジョン内には人間を殺すための罠がいくつも仕掛けられている。
ダンジョンを注意深く進むと、クリステルさんの微精霊が反応した。微精霊がゆっくりと空を飛びながら俺達を誘導すると、灰色の木々が立ち並ぶ空間に到着した。木々にはこぶし大の黒い果実が生っている。
「狂戦士の果実ですね。一口食べれば体力と魔力が回復し、精神が高ぶって破壊衝動が抑えられなくなります。お父様は狂戦士の果実を食べても平静を保ったまま魔物討伐を出来ました。精神力が高い人や呪いに耐性がある人には効果が薄いみたいです」
「俺の父も以前食べた事があったと言っていました。ダンジョン内で食料を失い、体力も魔力も尽きた時、狂戦士の果実を食べたのだとか」
「それで、レオン様のお父様はどうなったんですか?」
「果実のお陰で無事に生還出来たと言っていましたよ。ですが、二度と口にしたくないと言っていました。自分が魔物の様に変わり、敵を必要以上に痛めつけて殺したのだとか。自分の肉体を果実の力に乗っ取られたとも言っていました」
「そうですね。これは一種の呪いです。ダンジョン内にのみ実を付ける果実で、魔族が品種改良して作り上げた物なんです。古い文献で読んだのですが、かつて大陸を支配していた魔王は好んで狂戦士の果実を食べていたみたいですよ。この果実を食べ、人間を殺して回り、大陸を支配したのだとか……」
シュヴァルツ王国の防衛に携わるクリステルさんの父とは一体何者なのだろうか。正体を知りたくてたまらないが、友達だから何でも聞いて良いという訳でもない。相手が全て話してくれるまで待とう。
俺だって自分自身が加護すら持っていなかった事を他人に話すのは勇気が要る。自分自身が落ちこぼれだった事実は他人には隠したいからな……。
「レオン、魔物の気配を感じるよ」
俺達は監視されていたのだろう。周囲を見渡すと、背の高いゴブリンの亜種に囲まれている事に気がついた。いつの間に俺達に接近していたのだろうか。物音すら感じなかった。この魔物は図鑑で見た事がある。体長は百五十センチ前後、繁殖力が高く、火属性が強い土地に生まれるゴブリンの亜種、ファイアゴブリンだ。
赤い皮膚をした醜いゴブリンの集団が徐々に近付いてくると、俺は一気に心臓が高鳴り始めた。緊張のあまり体中から汗が吹き出し、手は震え、思わず逃げ出したい衝動に駆られた。
敵の数は十五体。図鑑で見るのと実際に姿を見るのでは印象が全く違う。敵は人間を殺して奪ったであろう剣や斧を持っており、体には魔物の革から作ったメイルを身に付けいてる。
ティナが俺の肩から飛び上がると、両手を頭上に向けて火の魔力を放出した。直径三十センチ程の炎の球を作り上げると、ティナはゴブリンの群れに向かって容赦ない一撃を放った。
ティナのファイアボールが一体のファイアゴブリンの腹部を捉えると、小さな爆発が起こって周囲のゴブリンが一斉に吹き飛んだ。敵は火属性の魔物だから火の魔法に耐性があるのだろう。それでもティナの一撃で三体ものファイアゴブリンが命を落とした。
やはり俺のガーゴイルは最高だ。俺はティナに援護されながら、クリステルさんと共にファイアゴブリンの群れに切りかかった……。