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氷姫 - 契約の魔術師と迷いの森の精霊 -  作者: 花京院 光
第一章「迷宮都市フェーベル編」
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第二十二話「宿でのひととき」

 宴は深夜まで続き、初めてのお酒に沈みきっていた気分も高揚した。明日からクリステルさんと共に行動する事を約束し、ティナと共に宿に戻った。


「レオン、今日はゆっくり休めたかい?」

「ああ、久しぶりに訓練を忘れて楽しめたよ。明日からは遂にダンジョン攻略に挑む。無事に死霊の精霊が居る五階層に辿り着かなければならないからね」

「僕もダンジョンの攻略は初めてだから楽しみだよ」

「明日もティナの力を借りる事になると思うけど、一日も早くエミリアを取り返そう」

「勿論。僕は君のガーゴイルだからいくらでも力を貸すよ。さぁレオン、野営の生活で汚れ切った僕の体を綺麗に洗っておくれ」

「そうだね。それじゃ一緒に風呂に入ろうか」


 ミスリル製の武具と荷物を置く。ギルドに持ち込んだ魔石は全部で十五万ゴールドで買い取って貰った。スケルトン、スライム、ゴブリンの魔石だけで十五万ゴールドも稼げたのは、エミリアと効率の良い狩りを行えたからだ。


 買い取り価格が低い魔石でも、大量に魔石を集める事が出来れば毎月の生活費程度にはなる。それでもエミリアに裕福な生活を送って貰うにはまだまだ足りない。俺はエミリアに貧乏暮しなんてさせたくない。


 エミリアは「レオンさんと一緒ならどんな食事でも、どんな宿でも良いです」と言ってくれた。美しいエミリアのために、彼女に似合う服や装飾品なんかも十分に買ってあげたいし、毎日美味しい食事を食べて欲しい。


「またエミリアの事を考えているの……? もう少し僕の事を見てよ……」

「ごめんごめん。いつもティナと一緒に居るじゃないか」

「そうだけど、頭の中はエミリアの事で一杯なんだろう?」

「初めて女の子を好きになったんだ。今はエミリアの事しか考えられないよ」

「それはそうだよね。自分の精霊を誘拐されているんだから……」


 ティナは恥ずかしそうに革製の服を脱ぎ、タオルで体を隠すと、俺はティナと共に浴室に入った。小さなティナを抱き締めながら浴槽に浸かる。随分久しぶりに風呂に入った気がする。


 ゆっくりと湯に浸かりながら、明日からのダンジョン攻略に向けて精神を集中させる。俺はまだダンジョン内の魔物の強さを知らない。野生の魔物よりもダンジョンの魔物の方がレベルが高い傾向にあると父から聞いた事がある。


 レベル三十七まで上がった俺が簡単に負ける事は無いと思うが、俺達はたった三人でダンジョンに挑まなければならない。それも、何十人も精霊狩りの命を奪った死霊の精霊に会いに行くのだ。相手が問答無用で俺達に攻撃を仕掛けてきたら、俺はティナとクリステルさんを守れるのだろうか。


 クリステルさんのレベルは三十五。幼い頃から剣術の訓練を受けて育ったらしい。魔力は俺よりも低いが、剣の腕は俺よりも上だろう。火の微精霊から授かった加護で攻撃魔法を使い、地の精霊・シャルロッテから授かった加護の力で防御魔法を作る事が出来ると聞いた。


「クリステルさんって何者なんだろうね」

「僕の勘だとあの人は貴族だね。生まれた時から精霊の加護を授かっていたなんて、平民ではありえない事だよ」

「見た目も動作も貴族みたいだったからね」

「冒険者の様な服装をしていたけど、礼儀作法が他の冒険者とは随分違ったからね。あんなに礼儀正しい冒険者なんて居ないよ」


 クリステルさんは恐らく俺達に身分を隠している。生まれた時から精霊が居たと言っていた。クリステルさんの誕生に合わせて幼い精霊を呼び寄せた、もしくはお金で買ったという事だろう。


 微精霊は人間の誕生直後に姿を現し、人間に加護を授けるが、精霊は加護を授ける対象の事をよく観察し、加護を授ける価値があると判断した相手に自分の力を授ける。貴族が幼い精霊を探し回り、自分の娘の誕生と同時に精霊を引き合わせたという事だろう。


「レオン。翼を綺麗に洗ってくれるかな」

「わかったよ」


 それから俺はティナの体を丁寧に洗った。石鹸を付けたタオルで翼をこすり、頭部から生えている二本の角を丁寧に磨く。大理石の様にも見えるが、手で触れてみると意外と柔らかい肌を洗い、最後に爪の間に挟まった汚れをブラシで落とす。すっかり綺麗になったティナは上機嫌で浴室を出ると、ギルドから分けて貰ったエールを飲み始めた。


 ティナが楽しそうにエールを飲む姿を横目に見ながら、武具を磨き、明日のダンジョン攻略に向けて気持ちを落ち着かせた。明日の朝七時から死のダンジョンに挑む。迷宮都市フェーベルで最も攻略難易度が高く、死亡率が高いダンジョンだ。


 明日の朝、クリステルさんと共に死霊の精霊のための贈り物を選ぶ。精霊狩りではない事を証明するために、様々な贈り物を用意する事にしたのだ。花束や甘いビスケット、ダンジョンでは手に入らないであろう香水や髪飾り等。どんな物を好んでくれるかは分からないが、俺達が敵ではないと理解して貰わなければならない。


「レオン、もし死霊の精霊が心を開いてくれなかったらどうするの?」

「何度も通い続けるよ。俺はシュルツ村でもそうしてきた。五年近くは森で微精霊を探し続けたんだ」

「だけど、今回はそんなに時間はないよ」

「わかってるよ。だから本気で口説く」

「口説くって、恋愛じゃないんだから。本当に好きになられたらどうするんだい? 君には既に僕とハンナとエミリアが居るのに」

「本当に好きになって貰えたら俺も好きになるよ。俺に加護を与えてくれるなら俺が死ぬまで守り抜く」

「レオンのそういう性格、僕は結構好きだよ」

「ありがとう、ティナ」


 ティナはエミリアが縫ったピンク色のパジャマを着ると、俺の胸に飛び込んできた。そろそろ眠ろう。今から悩んでいても仕方がない。実際に死霊の精霊に会った時に、本気で相手に誠意を伝えれば良いのだ。


 今までもずっとそうしてきた。森で微精霊を探し続け、何度も口説いた。それから俺は遂にエミリアから加護を授かった。前向きに行動を続けていれば、いつかは夢は叶うと信じている。未来の可能性を信じて行動する事しか出来ないのだ。行動を始める前に不安を抱いていても仕方がないからな。


「そろそろ寝ようか」

「ああ。おやすみ、僕のレオン」

「おやすみ。ティナ」


 俺は小さなティナを抱き締めながらゆっくりと目を瞑った……。

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