第二十話「新たな仲間」
それから俺はギルドマスターのダニエルさんから死霊の精霊・ギレーヌが支配するダンジョン五階層の立ち入り許可証を頂いた。十二階層まで続くフェーベルのダンジョンは魔物のレベルも比較的低く、駆け出しの冒険者でも狩りを行えるが、五階層を境にダンジョンの難易度が跳ね上がる。
五階層に挑む者はレベル三十を超えていなければならない。勿論、全てのダンジョン攻略者が死霊の精霊に勝負を挑む訳ではない。死霊の精霊が生息している場所はダンジョン内で最も闇の魔物が多く巣食う巨大墓地。六階層に降りるためには五階層の墓地を抜けなければならないのだ。
大抵の冒険者は死霊の精霊に興味本位で挑んで命を落とす。討伐が成功すれば二千万ゴールドも稼げるのだ。精霊石をオークションにでも掛ければ更に高値で売り捌く事が出来るだろう。
通称「死のダンジョン」は都市の地下に多くのダンジョンがある迷宮都市フェーベルでも最も死亡率が高いダンジョンとして有名なのだとか。
「レオン、死霊の精霊を目撃した事がある者達を連れてきたぞ。これからレオンを歓迎する宴を開こうと思う。フェーベル産のエールでも飲みながらゆっくりと情報を集めるんだ」
「ありがとうございます、ダニエルさん!」
「礼を言うのはこちらの方だ。幻獣の討伐者と共に魔族の討伐作戦に参加出来るのだからな。町を執拗に襲っていた魔族達を討伐出来れば、俺のギルドの知名度も上がる。それに、魔族という忌々しい連中は人間よりも遥かに金を持っている。かつては貴族だった者が魔族になるケースが多いんだ。砦を落とせばもしかすると俺達は一気に金持ちになれるかもしれん」
「ダニエルさん。俺とティナはお金のために討伐作戦を行う訳ではありません。エミリアを取り戻すためですから、砦内の金品は全てレグルスが納めて下さい」
「本当か!? レオンは欲のない男なんだな。俺は金を稼ぐために冒険者になった様なものだ。だからこうして立派なギルドも持てたし、メンバー達が裕福に暮らせる環境を作れた。レオン、必ず作戦を成功させよう。フェーベルの安全のために、氷の精霊・エミリアのために」
ダニエルさんが微笑みながら俺の肩に手を置くと、彼の火の微精霊と風の微精霊が俺の頭の上で楽しげに跳ねた。エミリアの加護を授かってから、他人の微精霊が懐く様になっている。俺の体内に流れる精霊の力を感じて、仲間意識を抱いているのだろうか。それとも魔力が高まったから微精霊達が認めてくれているのだろうか。
「さぁ宴を始めるぞ! レオン、ティナ、食べたい物を言ってくれ。何でも用意させよう」
「それじゃ、僕はスペアリブを食べようかな。レオンは?」
「俺はエールとスペアリブ。それからたんぱく質を多めに摂っておきたいな。体を酷使しすぎて栄養が足りないんだ」
マスターのダニエルさんがギルドメンバーに命令すると、メンバー達は大量のお酒と肉をギルドに運び込んだ。それから年配の冒険者が杖を振ると、石で出来た巨大なテーブルと椅子が現れた。テーブルには肉料理が盛られた大皿がいくつも置かれ、ギルド内にはエールの樽が運び込まれた。
一体どれだけお酒を飲むつもりなのだろうか。ダニエルさんが乾杯の音頭を取ると、ティナはテーブルに飛び乗ってスペアリブを鷲掴みにした。まるで魔物を狩る時の様に、味付けされた豚の肉に喰らいつくと、ガーゴイルの豪快な食事風景に冒険者達は思わず息を呑んだ。
「女の子なんだからだらしない食べ方をしたら駄目だよ」
「確かに僕は女だけど魔物だから関係ないんだ」
「それはそうだね。俺はエールを頂く事にするよ」
ギルド内には若い女性冒険者の姿もあり、腰からレイピアを提げた十七、八歳程の美しい剣士が俺の隣に立つと、ティナが鋭い目つきで睨みつけた。長い金髪をポニーテールにしており、綺麗に磨かれた白銀の防具が冒険者としてレベルの高さを物語っている。
肩には火の微精霊が乗っており、彼女の体内からはティナよりも強い火の魔力を感じる。火の微精霊がゆっくりと俺に近付いてくると、ティナがスペアリブを振り回して火の微精霊を退けた。
「僕のレオンに近づくとファイアボルトで撃ち抜くからな!」
ティナが威嚇すると、火の微精霊は怯えて剣士の背後に隠れた。きっと俺を独り占めしたいのだろう。
「あの……、隣の席に座っても良いですか?」
「はい、どうぞ」
「それでは失礼します」
一礼してから丁寧に椅子に座ると、がさつな冒険者連中とはどこか異なる雰囲気を感じた。何かこの空間に相応しくない様な、まるで貴族の様な動作の美しさがある。エミリア程ではないが、容姿も非常に美しく、スペアリブを食べる姿にも品がある。
身長は百六十センチ程だろうか。垂れ目気味の青い瞳、メイルの上からでも分かる豊かな胸。スタイルも抜群に良いのだろう。剣士として冒険者をしているから筋肉もついてるみたいだ。
そんな美しい剣士を横目に見ていると、ティナが頬を膨らませながら俺の頬を叩いた。それからエールが入った小さなコップを持ち上げると、目を輝かせながら一気に飲んだ。ガーゴイルも酒を飲むとは知らなかった。
「レオン、他の女なんかに見とれちゃって。君は僕のものなんだからね」
「ティナはもう酔ってるのかい?」
「まだまだだよ。僕はお酒が強いんだから」
「ゆっくり飲むんだよ」
俺はティナと共にエールを飲むと、心地良い苦味の後に爽やかなコクを感じた。初めて冒険者達の宴に参加しているので、気分は高揚し、美しい剣士が隣に居るから妙に緊張する。
こんな時にエミリアが居れば、一緒にフェーベル産のエールを飲み、豪華な肉料理を食べながら語り合ったのに。エミリアと一緒に至福の時を過ごせない事が妙に悲しい。
エミリアとはたった三週間しか一緒に居なかったが、間違いなく彼女が居た時間は俺の人生で最高のものだった。不意にエミリアが恋しくなって、俺は一気にエールを飲み干した……。