第十九話「幻獣の討伐者」
冒険者ギルドが立ち並ぶギルド区に入ると、木造の大型の建物が密集していた。どのギルドも個性的な外見をしており、魔石を加工して作った色とりどりの魔石ガラスを嵌めている建物が多い。
魔石内に秘める魔力が消滅した時、魔石は粉々に砕ける。砕けた魔石を魔法炉で加工した物が魔石ガラスだ。一般の家庭でも魔石ガラスは広く使われており、王都ローゼンハインの精霊魔術師が火の精霊から魔石を加工する技術を学び、フリート大陸では魔石ガラスが普及し始めた。
美しい魔石ガラスが嵌まる建物を見て回ると、俺達は一軒の冒険者ギルドに到着した。二階建ての小さなギルドだが、ギルド内には微精霊を二種類、三種類連れている熟練の冒険者の姿もある。
俺が生まれ育ったシュルツ村では、二種類の微精霊を持つ者はアレックス・グリムしか居なかった。小さな村ではグリムは神童と呼ばれていたが、冒険者が多く暮らすフェーベルにはグリムを遥かに上回る人間も居るのだ。
「ここが冒険者ギルド・レグルスだ。俺はギルドマスターのダニエル・ハイン。レベルは四十五。火の微精霊と風の微精霊の加護を受けている」
「俺はレオン・シュタイナーです。氷の精霊・エミリアから加護を授かっています。以前レベルを測った時は七でした」
「レベル七だって?」
「はい、精霊の加護を授かる前のレベルなので、現在のレベルは不明です」
レベルとは魔力を数値化したもの。幼い頃、シュルツ村の冒険者ギルドで魔力を計測した時はレベル七だった。それから魔法訓練を積んだから、現在は大幅にレベルが上昇しているだろう。
一般の魔術師のレベルが三十程度と言われている。幻獣を討伐するには最低でもレベル五十以上。幻獣を上回る力を持つ神獣を討伐するにはレベル七十以上。勿論、魔物の種類によって討伐に必要な強さや属性は異なる。
生まれたばかりの精霊の平均レベルが四十。それから契約者を得て、人間の魔力を糧に成長する。強く育った精霊はレベル七十を超え、大精霊の称号を授かる。大精霊は神獣を退ける力を持ち、大精霊と化した精霊は天界で創造神と共に大陸を守りながら暮らす権利を得える。
神自身の魔法能力を授かり、魔力の中から生まれた精霊が下界で契約者と共に成長し、大精霊に進化を遂げる事が出来た時、精霊は永遠の命を得る事が出来る。精霊を大精霊にまで育て上げた契約者が命を落とした時、天界で老いる事の無い肉体を授かり、大精霊と創造神と共に天界で暮らす。
「幻獣の討伐者ともあろう者がレベル七というのは信じられない。一度魔力を計測しよう」
黒髪を逆立てた三十代後半程のギルドマスターがカウンターに案内してくれると、カウンターの上にある石版に手を乗せる様にと言った。ギルドでの冒険者登録や、魔力の計測等に使用する石版に触れ、体内の魔力を掻き集めて全力で魔力を注いだ。
室内にはまるでエミリアの魔法の様な鋭い冷気が充満し、真冬の森の様に一気に温度が下がった。圧倒的な氷の魔力に俺自身も驚き、ティナは寒さに震えながら小さな炎の球を作り上げて天井付近に浮かべた。
ティナが作り上げた炎が室内の冷気を払い、室温が徐々に上がると、冒険者達は歓喜の声を上げた。
「この強烈な氷の魔力がグレートゴブリン討伐者の力か……!」
「マスター! レオンさんは俺達のギルドに加入してくれるんだろう?」
「これが幻獣を葬った冒険者の力なのか!? 僅か十四歳で迷いの森のグレートゴブリンを仕留めた英雄! 俺もいつかレオンさんの様に幻獣を討伐したい!」
「まるで真冬の森に来たかと思ったぞ。魔法一発で空間全体の温度を一気に下げるとは。こんなに強烈な魔法は死霊の精霊の魔法以来だ」
冒険者達が俺を取り囲み、是非冒険者ギルド・レグルスに加入する様にと勧誘してくれたが、俺はフェーベルのギルドに加入するつもりはない。王都ローゼンハインでエミリアと共に加入するギルドを選ぶつもりだから、現時点ではギルドに加入する必要はないのだ。
ちなみに、シュルツ村ではあまりの弱さに冒険者登録を拒否された。魔石買い取りの依頼は出来るが、討伐クエストは受けられない冒険者見習いだった。シュルツ村で冒険者登録をするには、微精霊の加護を持っていなければならなかった。俺は冒険者登録すら拒まれた落ちこぼれ。この世で俺より弱い人間は居ないと思っていた。
死ぬ気で魔法を学び、エミリアを取り戻すと誓った時、俺の魔法能力が一気に開花した。人生十五年間で最も努力した辛い日々は正しかった。二度とエミリアを危険な目には遭わせたくないと、死ぬ気で魔法を学び続けてきた。
最高の力で魔力を炸裂させただけで、ギルドに蔓延していた微精霊達の魔力を一撃でかき消し、俺自身の氷の魔力に変えた。遂に空間を支配出来る程の魔法能力を得たのだ。そろそろ範囲魔法を習得する時期かもしれない。
ダンジョン等の広い場所で一気に魔物を討伐出来る範囲魔法が使えたら、更に効率良く魔石を集める事が出来るだろう。
ギルドマスターが震えながら石版を指差すと、俺は石版が表示した数値を見て言葉を失った。石版が示している俺のレベルは三十七。一気にレベル三十も上げる事が出来たのだ。
「十五歳でレベル三十七!? 信じられないレベルの高さだな。レオン! 是非俺のギルドに加入してくれ! 共に死霊の精霊を討伐して名を上げよう! 精霊石を売れば一気に金を稼ぐ事が出来る! 死霊の精霊が持つ精霊石には千二百万ゴールドの値段が付いている! それに、討伐を成功させればフェーベルから八百万ゴールドの討伐報酬を貰えるんだ! 俺達が力を合わせれば一気に二千万ゴールドも稼げるぞ!」
「マスター、申し出はありがたいのですが、俺は死霊の精霊を殺すつもりありません」
「どういう事だ? 討伐の許可が欲しくて俺を呼んだのではないか?」
「いいえ、俺は死霊の精霊を仲間に引き入れるつりもです。死霊の精霊から加護を受けて、俺からエミリアを奪った精霊狩りと魔族に引導を渡します」
「精霊狩りと魔族の討伐……?」
「はい」
俺は手紙をマスターに渡すと、冒険者達が一斉に手紙を覗き込んだ。それからマスターは暫く考えると、満面の笑みを浮かべて俺の肩に手を置いた。
「俺の祖母は魔族に殺された。水の精霊の加護を持っていたんだ。俺がギルドマスターになったら、いつか魔族に復讐をしようと思っていた。魔族に大陸を支配された時代もあった。魔族の集団がフェーベルを襲撃した事もあった。人間と精霊の生活を脅かす魔族の討伐。面白そうじゃないか……。レオン・シュタイナーの魔族討伐作戦に、冒険者ギルド・レグルスは全面的に協力をする!」
ギルドマスターが腰に差していた二本の剣を引き抜き、頭上高く掲げると、冒険者達が一斉に武器を抜いて掲げた。皆が俺に力を貸してくれるのだ。俺以外にも魔族を憎んでいる者が居る。魔族に家族を殺された者も多く居るのだ。
レグルスに所属する冒険者の中でもレベル三十を超える者達が、魔族討伐作戦に参加する事が決定した。エミリア奪還作戦の参加予定者は現在二十五名。魔族と精霊狩りを討伐するにはまだ戦力が足りないだろう。すぐにでも死霊の精霊を仲間に引き入れる方法を考えなければならない……。