第十五話「精霊との暮らし」
エミリアとの生活を始めてから三週間が経過した。精霊狩りは俺達を襲う事は無く、遺跡の付近を徘徊して攻撃の機会を伺っている。ガーゴイルのティナとウィンドホースのハンナが俺達を守る様に警戒しているからだろうか、精霊狩りが遺跡に入る事はない。
何度かティナが遺跡付近に身を隠す精霊狩りに攻撃を仕掛けた事があった。ティナは可愛らしい見た目からは想像出来ない程に暴力的で、容赦なく魔法を放って精霊狩りを攻撃する。
炎の球を飛ばすファイアボールの魔法や、炎の矢を飛ばすファイアボルト等の魔法を使用すると、精霊狩りの気配が消えるのだ。ティナが俺達を守ってくれているからか、今のところは安全な暮らしが送れている。
俺はこの三週間で徹底的に魔法を学んだ。一日中氷の魔法を作り上げる練習をしているからか、俺の魔力は以前とは比較にならない程上昇した。氷の盾を作り上げるアイスシールドの魔法や、氷からゴーレムを作り上げるアイスゴーレムの魔法等。
アイスゴーレムは氷の加護を持つ者だけが作り出せる精霊魔法であり、エミリアは杖一振りで体長二メートル程の氷のゴーレムを作り上げる事が出来る。ゴーレムは術者の魔力によって知能が決まり、エミリアの作り上げるゴーレムは人間の言葉も正確に理解する事が出来る。
俺が作り上げるアイスゴーレムは体長五十センチ程、言葉も殆ど理解出来ない可愛らしい氷の人形だ。小さなゴーレムでは戦闘に参加する事は難しいが、エミリアのアイスゴーレムはゴブリンの群れを一撃で薙ぎ払う力がある。
グレートゴブリンとの戦闘でアイスゴーレムを作らなかったのは、魔力の消費が激しいからなのだとか。自在に動くアイスゴーレムを作り出す事は難しく、初めて作ったアイスゴーレムは真っ直ぐ歩行する事も出来なかった。
それから俺は覚えた魔法を永遠と唱え続け、十五歳までの集中した魔法訓練を終えた。睡眠時間を削って魔法を学び、魔力が枯渇すればマナポーションを飲んで回復させ、徹底的に己を追い込んだ。
集中力が切れたら剣の稽古に切り替え、エンチャントを掛けた剣の攻撃を右手で繰り出し、左手からアイスショットを飛ばす練習をした。剣と魔法攻撃を交互に繰り返す練習を初めてからは、ゴブリンやスライムなんかは簡単に狩れる様になった。
今日は遂に俺の十五歳の誕生日。旅立ちの日がやって来たのだ。五月一日の早朝、遺跡を出るために起き上がると、隣で寝ていた筈のエミリアの姿が消えていた。
「エミリア……!?」
胸騒ぎを感じて遺跡中をくまなく調べて回った。エミリアが俺より早くに起きて遺跡を出る事はない。荷物はあるが杖は消えており、遺跡の入り口には腹部から血を流すティナが倒れていた。
「ティナ! その怪我はどうしたんだ!?」
「レオン……、エミリアが精霊狩りに連れ去られた……」
「精霊狩りに? まさか……、俺が寝ている間にエミリアを襲ったのか!?」
「ああ、三十分位前だよ。この手紙を置いていった……」
ティナが俺に手紙を差し出すと、彼女は力なく意識を失った。俺は怒りに震えながらも、小さなティナを抱き上げて家に戻った。エミリア特製の傷薬をティナの腹部に塗り、ヒールポーションを飲ませると、ティナの傷はすぐに癒えた。
手紙を開いて中を読む。「氷の精霊を返して欲しければ死霊の精霊を殺し、精霊石を手に入れろ。迷宮都市フェーベル西部の砦で待つ。期限は五月三十一日」手紙を読むと、俺は精霊狩りの卑劣な犯行に激昂した。
「ティナ! すぐに迷宮都市に向かおう!」
「どうするつもりだい?」
「精霊狩りからエミリアを取り戻す!」
「今のレオンでは絶対に不可能だよ。僕だって魔法を一発も当てられなかった。熟練の魔術師が四人、恐らく砦には更に多くの精霊狩りが居ると思う」
「四人!? 遺跡を監視していたのは三人じゃなかったのか?」
「いいや、新しい男が増えたんだ。三人にエミリア誘拐を命じたのもその男だと思う」
「どんな男だったんだ?」
「フードを被っていたからわからなかったけど、地属性の魔法に精通している事は確かだよ。それに、かなり戦い慣れているね。僕のファイアボルトを軽々と回避して、僕の腹部を切り裂いたんだ。もしかするとあれは魔族かもしれない。人間とは比較にならない程の力を感じたよ」
「魔族か……」
俺はエミリアの荷物を馬車に積み込み、ティナを抱えて御者台に乗った。手綱を握って全力で馬車を走らせ、大急ぎで迷宮都市フェーベルに向かう。
都市の地下にダンジョンがあるフェーベルは冒険者が多く暮らす町で、シュタイン王国の中でも特にダンジョン攻略が盛んな街だ。迷宮都市の地下ダンジョンで暮らす死霊の精霊・ギレーヌは冒険者を殺める精霊として有名だ。
ダンジョン内で最も闇の魔物が多い空間に生を受け、人間を狩りながら暮らす。死霊の精霊・ギレーヌは闇属性の中でも最も強力な加護を持つ。加護を授かればアンデッド系の魔物を自在に操る力を得るのだ。
生息数の多いスケルトンやレイス、リビングデッドやゴーストといった魔物を操る力を持つ死霊の精霊を殺せた者は居ない。大勢の精霊狩りが死霊の精霊に挑んだが、無数のアンデッドに囲まれ、一斉に攻撃を受けて命を落とした。
「レオン、死霊の精霊を殺すんだろう?」
「いや、俺はいかなる精霊も殺さないよ。死霊の精霊を殺して精霊石を精霊狩りに渡せばエミリアは開放されるだろうが、精霊を救うために精霊を殺す事は出来ない……」
「それじゃ、どうやってエミリアを救うんだい? まさか、魔族に喧嘩でも売るつもりなのか? そんなのは命を捨てるだけだ。君が死ねばエミリアも悲しむし、僕も悲しい。君のためなら僕が死霊の精霊を殺してもいいよ」
「ティナ。敵が何故死霊の精霊の力を求めるのかが分からない。魔族と化した人間に精霊石を渡す事は敵に更なる力を与える事になるんだ」
「それはそうだけど……。何か良い考えがあるの?」
考えなんてものはない。今日からエミリアとティナとハンナと共に旅をするつもりだったのだ。まさかエミリアが誘拐されるなんて考えてもみなかった。エミリアを守るために睡眠時間を削り、徹底的に魔法を学んできたが、俺が眠った僅かな時間に、音も立てずにエミリアを誘拐するとは……。
エミリアを誘拐した者が死霊の精霊の力を求める理由が分からない。それに、俺からエミリアを誘拐せずに、自ら死霊の精霊を殺しに行けば良いものの、何故俺に死霊の精霊の討伐を命じるのだろうか。もしかすると氷の加護を持つ俺なら死霊の精霊を殺せるとでも思っているのだろうか。
「俺は死霊の精霊を殺さずにエミリアも救う!」
「そんな事、出来る訳無いよ!」
「村の連中も俺が微精霊の加護を受けられないだろうって、十四年間も言っていた。それでも俺は加護を得た。前向きに考えて行動を続ければ道は開ける。俺は死霊の精霊の加護を受けて精霊狩りに挑む!」
「死霊の精霊は今まで誰にも加護を与えた事が無い、最悪の精霊。だけどレオンなら……、誰よりも精霊を愛しているレオンなら、死霊の精霊も心を開いてくれるかもしれない……。いや、レオンならきっと出来るよ! 氷の加護と死霊の加護があれば魔族だって倒せるに違いない!」
ティナが目を輝かせて喜ぶと、俺は小さなティナを抱きしめた。俺からエミリアを奪った精霊狩りと魔族に対抗するために、死霊の精霊の加護を手に入れてみせる……。