第十三話「力を求める者」
遺跡を出てミスリル製のブロードソードを抜く。美しく輝く青白い刃は月の光を受けて輝き、何とも言えない高級感を漂わせている。ミスリル製の武具はオリハルコン製の武具に次いで耐久力が高く、強い魔力を秘めている。
魔力の回復速度を高めるミスリルライトシリーズの武具は体の一部の様に馴染み、一切の違和感も感じない。まるで何年も使い込んできた道具の様な一体感を覚える。
「レオンさん、こんなに遅いのに剣の稽古をするんですか?」
「エンチャントを自分の物にしたいんだ。精霊狩りがエミリアを襲った時に守れる様に、訓練を積まなければならないんだ」
「私のために訓練をしてくれるんですね。嬉しいです。レオンさん……」
「エミリアは先に休んでいていいよ」
「そんな訳にはいきません。レオンさんと一緒に寝たいんです」
「多分、深夜まで訓練を続けると思うよ」
「それでも、私はレオンさんと一緒に居たいです……。だめ……、ですか?」
「別にかまわないけど……」
エミリアは俺の言葉を聞いて喜び、笑みを浮かべて俺を見つめた。エミリアはもしかして俺に好意を抱いているのだろうか? それとも、精霊とはこれ程までに人間の事を好きな生き物なのだろうか。
父の微精霊も、父より先に眠った事はなかった。微精霊が眠る時は父と共に布団の中に入り、静かに体を休める。顔が無いから目を瞑っているかは分からないが、父は微精霊も眠ると言っていた。
改めて精霊が居る生活に楽しさを感じながらも、強力な力を持つ精霊を守る者としての自覚を持ち、魔法の訓練を始める事にした。
今は夜の九時頃だろうか。魔物のうめき声が微かに聞こえる夜の遺跡は何とも言えない恐ろしさを感じるが、エミリアはこの環境に慣れているのか、楽しげに俺を見つめて微笑んでいる。
月明かりがエミリアの銀色の髪を照らして神秘的な雰囲気を醸し出し、幸せそうに微笑む彼女を見るだけで気分が高揚する。これが精霊という生物なのか。あまりにも美しい。エミリアを守るために、一日でも早く力を身に着けなければならない。
ブロードソードを握り締めて魔力を込める。剣には冷気が発生し、体内の魔力が徐々に低下する感覚を覚えた。それでも初めてエンチャントを使用した時よりは魔力に余裕がある。
剣に冷気を纏わせた状態で何度も素振りをし、肉体が疲労を感じるまで徹底的に己を追い込んだ。俺は強くなる機会を得たのだ。今までは加護が無かったら魔法を使用出来なかった。いくら剣の技術を磨いても、エンチャントすら掛かっていない剣で魔物を狩り続けるのは至難の技だった。
グリムが討伐したブラックウルフは、加護を持たない俺には到底太刀打ち出来ない強い力を持つ魔物。俺はスライムやスケルトン、ゴブリン等の魔獣クラスの中でも低級の魔物を専門に狩っていた。
魔法が使えるなら一撃で仕留められる魔物も、俺には強敵で、慎重に戦わなければ大きな怪我を負う事もあった。今の俺の剣は既にゴブリンの集団を纏めて狩れるだけの力がある。
三十分ほど動くと魔力が枯渇したので、マナポーションを飲んで魔力を回復させた。夜の穏やかな風が頬を撫で、火照った体を冷まして精神を落ち着かせる。初めての本格的な魔法訓練に俺の気分は高ぶっており、自在に魔法が使える事に無上の喜びを感じる。
それから四時間程、俺は永遠と訓練を続けた。魔力の使用とマナポーションによる回復を繰り返す度に、体内に秘める魔力が強まる感覚を覚えた。魔力は筋肉と同様に鍛える事が出来る。魔力の消費と回復を続ければ際限なく高める事が出来るのだ。
エミリアがうたた寝を始めた頃、ティナが遺跡の屋上から降りてきて夜の見張りをしてくれると言った。俺はティナの好意に甘えて、エミリアと共に休む事にした。
深夜の遺跡には相変わらず魔物の気配が漂っており、悍ましいうめき声が聞こえてくるが、魔法を学び始めて自信が付いたからか、初めて迷いの森に入った時よりも落ち着いてこの場に居られる自分に気がついた。
幼い頃の俺は父と共に森に入り、父は加護を持たない俺が剣一本で生活するための知識を授けてくれた。魔物を狩って火を起こし、魔物の肉を焼いて食べる。森での生活が幼い俺を鍛えてくれた。今でも森は俺に様々な事を教えてくれる。
時にはゴブリンに襲撃されて怪我を負う事もあったが、緊張感のある森での時間が俺の精神を高ぶらせ、冒険者として生き方を教えてくれた。夜気を胸いっぱいに吸い込んでからティナの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに目を瞑った。
「まさか君が女の子だったとは思わなかったよ」
「レオンが性別を聞かなかったから教えなかったんだ」
「ティナ、俺を信じてくれてありがとう。俺はまだ君よりも遥かに弱いけど、きっと君が誇れる魔術師になるよ」
「君の成長を楽しみにしているよ。エンチャントも既に自分のものにしたみたいだし、レオンは案外氷の魔法に適性があったのかもしれないね」
ティナが懐から堅焼きパンを取り出し、楽しげに齧ると、俺はガーゴイルという生き物に愛らしさに気がついた。まるで大理石の様な小さな手でパンを持ち、大切そうにゆっくりと食べる姿が、幼い子供の様で可愛いのだ。
肌はエミリアよりも白く、頭部からは二本の角が生えている。革製の服の内側には様々な物を隠し持っており、森で捕まえた虫なんかを俺にくれる事があるが、俺は彼女にバレない様に虫を逃がすのだ。
「さぁ、早く休むんだ。人間は軟弱だからね。睡眠をとらないと満足に動けないんだろう? 全く弱い生き物だよ。だから僕が守ってやらなきゃならないんだ。別に、君の事がが好きだから守る訳じゃないんだからな!」
「ありがとう。それじゃ先に休ませて貰うよ。おやすみ、ティナ」
「ああ。おやすみ……、レオン」
俺はエミリアを起こしてから新居に入った。エミリアは寝ぼけて俺の顔に触れると、彼女の心地良い魔力が体内に流れてきた。俺の氷の魔力とは比較にならない程の強力な魔力を感じる。これが精霊であるエミリアと俺の実力差なのだ。一日も早く強くなりたい。明日も早朝から訓練を始めよう。
「レオンさん、魔法の訓練は終わりましたか?」
「ああ、随分待たせてしまったね」
「いいえ、あの……。もし良かったらなんですが、眠る前にもう一度だけ私の手を握って貰えませんか? レオンさんの魔力を感じながら眠りたいんです……」
「勿論かまわないよ」
村の女性とは比較にならない程の美貌を持つエミリアと共に眠る事を考えただけで緊張する。それから俺はエミリアと共に遺跡内の浴室に来た。浴室には魔力を込めるだけで自動的にお湯が出る装置があり、訓練で疲れた体をゆっくりと揉み、古代の浴槽に浸かりながら目を瞑った……。