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氷姫 - 契約の魔術師と迷いの森の精霊 -  作者: 花京院 光
第一章「迷宮都市フェーベル編」
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第十二話「友との再開」

 それから俺はエミリアと共に料理を始めた。野菜と乾燥肉を煮込んだスープに、日持ちする堅焼きパンを裂いて間にチーズとソーセージを挟む。パンをゆっくりと加熱してチーズを溶かすと、俺が森で好んで食べる冒険食の完成した。


 実家で暮らしていた時よりも随分質素な食事だが、栄養があれば良いのだ。エミリアに関しては食事を必要としない。人間の魔力を糧に生きるのだから、俺と共に食事をする必要がないのだ。それでも俺は精霊と共に食事をしたいと思う。


「これって、レオンさんがいつも森で食べているパンですね。一度私も食べてみたいと思っていたんです!」

「本当は堅焼きパンじゃなくて普通のパンの方が柔らかくて美味しいんだけど、日持ちする堅焼きパンはまとめ買いすると安いからこれを使うんだよ」

「そうだったんですね。冒険者の生活の知恵みたいで、なんだか面白いです」

「さぁ、冷める前に食べようか」

「はい、頂きます!」


 エミリアが嬉しそうにパンに齧りつくと、俺は彼女の仕草や笑みにすっかり魅了されている事に気がついた。同世代の女の子とこんなに長い時間一緒に居た事はない。人間を殺める氷姫と恐れられていたエミリアは、ソーセージとチーズをパンに挟んだ物を食べるだけでも目を輝かせて喜ぶ純粋な精霊なのだ。


 パンを齧るとソーセージに絡んだ濃厚なチーズの香りが口全体に広がり、何とも言えない美味しさを感じた。俺は森でこのパンを食べるのが好きだ。時折ガーゴイルなんかが俺の昼食を奪おうと近付いてくるが、何度かパンをあげている内にすっかり俺の事を気に入ってくれた奴が居た。


 石像の様な小さな体をした魔物は、森の中で俺を見つけてはからかい、食料を奪ったり悪態をついたりするが、それでも俺を攻撃した事は一度も無かった。魔物の中には人間に友好的な種族も多い。


 魔物は基本的に人間を襲う生き物であるが、中にはウィンドホースの様に人間と共に暮らす種族も居る。ガーゴイルも人間と敵対しない種族で、魔術師なんかが飼っている事もある。俺の母も若い頃にガーゴイルを飼っていたが、狩りの最中に魔物に殺されてしまったらしい。


 ガーゴイルはあまり人に懐かない魔物だが、一度懐けば忠実で、良き相棒になる頼れる魔物だ。ガーゴイルは魔獣クラスの魔物だが知能も高く、人間の言葉を理解する個体も居るらしい。森で俺に近付いてきた小さな友達は言葉も理解していた。


「今、何を考えているんですか? 何だかとっても楽しそうです」

「ガーゴイルの事を思い出していたんだよ。森で俺に会いに来てくれた奴が居たんだ」

「レオンさんが時々パンをあげていた子の事ですか?」

「そこまで知っているんだね」

「はい! レオンさんの事を三年近くも見ていましたから。私の三年の片思い……、遂に叶いそうです……」

「え? 何か言った?」

「いいえ、なんでもありません。あのガーゴイルは面白い子でしたね。ゴブリンの群れを見つけては炎の球を落として蹴散らしたり、スライムの頭を棍棒で殴りつけて倒したり」

「ああ、滅茶苦茶な性格だったけど、あいつは俺より遥かに強かった。あんな魔物が俺の仲間になってくれたらいいんだけど……」

「噂をすれば、遺跡の入り口に魔物の気配を感じます。火属性で体は小さくて、背中には翼が生えていますね。多分、レオンさんの事を好いているガーゴイルだと思いますよ」

「そこまではっきりと分かるの?」

「はい、迷いの森に生息する魔物の種類は少ないので、大抵の魔物は魔力の強さや属性だけで判別出来ます」


 精霊は微精霊を遥かに上回る魔法能力の持ち主だ。俺が僅かに感じた火の魔力を、エミリアは手に取る様に感じているのだろう。


 それから体長六十センチ程の、大理石の様な体をした小さな友達が俺の新居に入ってくると、図々しく俺の膝の上に飛び乗り、俺の手からスープが入った皿を奪った。


「君はいつも当たり前の様に俺の食事を奪うんだね」

「レオンの物は僕の物だからね」

「君のそういう性格、俺は意外と好きだよ」

「僕もレオンの事は嫌いじゃないよ。遂に精霊を見つけたんだね」

「ああ、氷の精霊・エミリアだ」


 ガーゴイルが青い瞳を輝かせてエミリアを見つめると、彼は嬉しそうに微笑んだ。


「ガーゴイルさん。私はレオンに加護を授けた精霊のエミリアです。どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。今日は忠告をしに来たんだ。僕の遊び相手であるレオンが精霊狩りなんかに殺されてはたまらないからね。精霊狩りは間もなくこの場所を襲撃するだろう。僕の読みが外れた事はないんだ」

「俺達も分かっていたよ。襲撃のタイミングが掴めれば良いんだけど」

「あの手の輩は確実に深夜に襲撃をする。正々堂々戦う勇気なんてないんだよ。僕は以前も森で精霊が命を落とす瞬間を目撃した事があるんだ。その時も精霊が眠りに就いた瞬間に、複数の男達が一斉に剣を精霊に突き立てた」

「わざわざ忠告をしに来てくれたんだね」

「そうだよ。まぁ、僕の遊び相手になってくれる人間なんてレオンしか居ないからね。僕の唯一の友達が死ぬ瞬間なんて見たくないんだ。森から精霊狩りが出るまで僕もこの遺跡に居よう」


 食事を終えたガーゴイルは翼を広げ、パンを幾つか懐に忍ばせると、宙に飛び上がった。ガーゴイルは革製の服のポケットから小さな指環を取り出すと、俺に投げて寄越した。


「それは僕を呼び出すための指環。指環に魔力を込めればいつでも僕を召喚出来る。これは僕からの感謝の気持ちだ。魔物である僕を受け入れてくれた君のガーゴイルになろう」

「俺のガーゴイル……?」

「勘違いしないでくれよ。君と一緒に居れば毎日美味しい食事を食べられるって思ったから指環を渡すんだ。別に……、君の事が好きな訳じゃないんだからな!」


 ガーゴイルは赤面しながら遺跡から出ると、指環の内側に名前が彫られている事に気がついた。もう一年以上もの付き合いになるが、ガーゴイルが自分の名前を名乗った事はなかった。


 指環の内側にはティナと彫られている。性別不明のガーゴイルは女の子だったのか。ガーゴイルは自分が仕える価値があると判断した人間に指環を渡し、正式に召喚獣になる。今日一日でエミリアとティナ、ウィンドホースのハンナが仲間になってくれたのだ。一生分の運を今日で使い切って仕舞ったのではないかと思わず心配になる。


「レオンさん……、凄いです。ガーゴイル様な知能の高い魔物から認められるなんて!」

「本当に彼女は食事目当てなだけかもしれないけどね」

「きっと恥ずかしいからレオンさんの事を好きだって言えなかったんですね」

「ガーゴイルが居れば冒険の旅もより安全なものになるだろうね。基本的にガーゴイルは殆ど睡眠をとらないから、夜の間は俺達の事を守ってくれるだろう」

「そうですね、ガーゴイルは魔物から人間を守る神聖な生物。賑やかな旅になりそうで楽しみです……!」


 旅の前に、忌々しい精霊狩りの連中をなんとかしなければならない。ティナから受け取った銀製の指環を左手の中指に嵌める。ガーゴイル特有の火の魔力が流れると、なんとも言えない心地良さを感じた。


 ティナを召喚するには指環に魔力を込めるだけで良い。そうすればティナを呼び出すための魔法陣が自動的に地面に現れる。ガーゴイルは生涯で一人の人間にだけ指環を渡す。自分が認めた人間以外には名を名乗る事もなく、指環を授けた人間が寿命を迎えるまで共に過ごし、お互いを守りながら暮らす。


 ティナとエミリア、ウィンドホースのハンナを守れる男にならなければならない。すぐにでも魔法の訓練を始めよう……。

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