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地球最後の、片想い

作者: 水葉 ゆうり

                      


 地球に氷河期が訪れた。過去に類を見ないの寒冷は世界中の作物を凍らしていった。草食動物も肉食動物も雪の下敷きになった。寒さに耐えられたものも次第に息絶えた。かつて空を走ったトナカイも、落ち葉の上を駆け巡ったリスやキツネもみんな、過去の生き物になってしまった。でもそれはヒトも例外ではなかった。

 政府が提示した対応マニュアルもどれだけ長く生きられるかに徹底した延命術で、根本的な解決策は、なかった。食料はどこも売り切れで出荷停止が各農場から言い渡された。ただの薄い紙切れより食料のほうがよっぽど大事な世の中になったのだと、言われた。他にも毛布、灯油、コートなども出回ることはありえなかった。

 都市機能が停止してから一か月、雪は降り続け、寒さは人の心をも凍らしていった。

 半年、備蓄が底を尽き始め、争いと共に人々は死んでいった。

 一年、大抵の人間は死んでしまった。生きている者は余程準備が良く、なおかつ運が良かったもののみだと思われる。

 そして二年と十か月が経った。


  世界には、誰もいなくなった――。



 「マスター」

 独りでに呟いた。手には一通の手紙がある。

 from Master To You 裏面に丁寧に書かれたその文字はもう何回読んだか憶えていない。 ふと、記憶を辿って回数を数える。どうやらこの手紙に三十四回、目を通したらしい。

 窓の向こうには止むことのない吹雪が今日も吹いていた。

 窓に反射する私は、今日もいつも通りの表情をしていた。


 『君がこの手紙を読んでいるということは、僕はもう君の傍にいないのだと思う。身勝手だが本当に申し訳ないと思う。この手紙を書こうと思ったのは、ただの気まぐれだったかもしれない。でも書いていくうちに明確に理由が分かった気がする。僕が***あとに、君が少しでも寂しくならないようにこの手紙をと。まあ、君からしたら暇つぶし程度にしかならないんだろうが。それと毎日二枚以上読まないこと。それじゃあ、また明日に便箋を開いてくれ。』


     *


 「マスター、聞きたいことがあるんです」

 「どうした?」

 真っ黒な髪に青い眼鏡、それと白衣を着た一人の青年に質問をする。

 「どうしてマスターはそこまで私にこだわるんですか?」

 「なんでだろうな」

 「理由はないんですか」

 「君が初めて会話できたロボットだからかな」

 そうですか、と呟く。

 初めて会話ができたロボット、それが私のことだ。全長155cm、体重は30キロ程度の人型ロボット。見た目としては完全に人間だった。背中にまでなびく長い髪は淡いグリーンで、このエメラルド色の瞳には認識機能が備わっている。ないのは嗅覚と触覚と味覚。 耳は聞こえる。そうでもしないと会話ができるロボットだなんて口が裂けても言えない。

 「もう少しで直るから動かないで」

 「分かりました」

 背中からがちゃがちゃと音が聞こえる。

 壊れたのは実は私のせいだったりする。マスターの家に生まれてからかれこれ三年以上経った。それで油断してしまったのか、室内プールに落ちてしまったのだ。少し水の様子を観察したかっただけなのだが、結果として機械として致命的なダメージを受けてしまった。

 マスターに各システムを直してもらって5日目になる。私には感情というシステムは搭載されていないが、流石に申し訳ないと感じている。次からはネットの動画で水の流れを観察することにしよう、そう機械仕掛けの心に誓った。


 「よし、多分直った。動いてみてくれるか」

 「はい」

 そういいながら腕と脚を使って立ち上がる。多少も動作が不安定になることなく私は、立ち上がれた。水没初日と比べると圧倒的なまでに感覚が違った。

 「大丈夫です。寧ろ前より動作がよくなった気がします」

 「そうか……ならよかった。今後はあんな無茶しないでくれよ」

 直す前と何も機能を変えてないから次、どぼんしたら本当に駄目になるかもしれない。そう言いながら工具を仕舞った。

 その言葉を聞いて、私は一つ疑問が浮かんだ。

 「マスター、それなら私に行動制限区みたいな機能を付ければ、水没する心配も解決するのではないでしょうか?」

 そう言うと少し困ったような顔をして答えた。

 「『我思う、故に我在り』これは先人の名言だが、僕は君に枷をつけたくなかったんだ。自分で考えて行動するから君たらしめる、そう考えてた」

 「……難しい話なのでよくわからないです」

 私がそう言うと、「まあ、いいよ」そういって笑った。


月日は残酷なまでに早く流れ、早くも一か月が経った。

 「マスター、どこへ行くんですか?」

 読んでいた天体の参考本から顔を上げ、このだだっ広い空間から珍しく出ようとしていたマスターに尋ねた。最近はマスターが私に構ってくれない。水没の一件以来だ。

 「ああ、少し用事があってね」

 そう言うと、重々しいドアを開けて書庫のほうへ向かっていった。

 珍しくマスターも本を読むんだな、それくらいにしか感じず、もう一度本へと意識を向けた。

 これが最後の会話になるとは思ってもなかった。


 1,2時間経ったのに、マスターは帰ってこなかった。

 きっと普段本を読まないからどの本にしようか迷ってるんだな、そう私は考えた。なので、『日頃の、特にいつしかの水没の件のお礼に、読む本を一緒に探そう』という口実を元に、マスターを手伝おうと思い書庫へ向かった。廊下の窓にも二重、三重窓で防寒対策はされてあったが、それでもやはり、内蔵の気温メーターは氷点下を示していた。

 書庫の中には灯りが付いていた。ここもえらく広いのでマスターを探すのは大変だな、そう思ったが積極的にあちこちを探すことにした。

 「マスター、どこにいるんですか?」

 しばらく探した後に声を発した。しかし帰ってくる返事はなかった。

 「おかしいな、もう戻っちゃったかな」

 そう一人で呟いて踵を返したとき、ふと机の上に何かがあるのを見つけた。

 近づいて見ると、それは一枚の手紙だった。こんなのあったかな、そう感じつつ興味本位で封のされていない封筒を開けて、一枚の紙を取り出した。

 「ん、from master to You……マスターから私へ?」

 文章は表面へと続いていた。


 マスターに会えなくなってから、十日が経った。

 手紙は合計で十枚読んだ。全て読みたかったが、最後のお願いは聞いた。その十枚の手紙の内容はとりとめのないものばかりだった。なので、私は未だにマスターが失踪した理由が分からなかった。いや、憶測なら。

 「私が」

 駄目なロボットだから?

 声にならずに思考回路のみの回答となった。

 あの一件、私が室内プールに落ちてから以来、マスターの態度が変だった。きっと私が駄目なロボットだから、私なんか、所詮初めて会話できたロボットという肩書きだけだ。マスターならもっと良いロボットが作れるだろう。

 あるはずのない機械仕掛けの心が痛んだ。いままで感じたことのないこの痛みは、一体何を表すのか、まだ分からなかった。


 『どうかな、最近の調子は。この手紙でもう二十日目になるはずだと思う。あと一枚しか手紙が残ってないと思うと、胸が痛い。君は元気に過ご***るか。きっと書籍を読み漁って知識をため込んでるだろう。いくらネットが生きてても、そこから君の人格を形成するのは気が引けた。だから君にネットの知識は引いていない。辞書はもう読む必要はないだろうけど、君の好きなように生活出来**と僕は嬉しい。それじゃあ、また明日。』


 段々とマスターからの手紙を読むのが怖くなった。それと同時に別の不安が出てきていた。

 『マスターに会えることは二度とない』

 頭の中によぎる不安。実際生きているのかどうかすらも……。とそこで、思考を働かせるのを止めた。この得体のしれない感覚が怖かった。

 私は考えるのを止め、動くのを止めた。自然とそうなった。


    *


 ふと、目が覚めた。いやロボットなので起きたという表現は正しくない。電源が付いて再起動した。日付は覚えている日より三日進んでいた。こんなことは今までになかった。

 腰かけていた椅子から立ち上がると、パサッと何かが床に落ちた。それを拾い上げると何が落ちたのか瞬時に理解した。

 「マスターからの手紙……最後の」

 唯一ルール違反をしてしまった最後の一枚。私の手は、意思はそれを読むように指示している気がした。電子回路の気の迷い。私は意を決し中身を開いた。

 『これで最後の手紙にな*てしまった。私は君に謝りたい。君ももう分かっているかもしれないが、僕は***いる。本当は一七枚目あたりまでには***つもりだった。でも**だった。このことは君にとっては伝えないほうが******し*ない。でも君のパラメーターには異常が起*ないは***ら伝え***。』

『いままで本当にありがとう。』

 それは、とてもちぐはぐな文章だった、でも分かった。

 私はマスターを迎えに行かないといけない。マスターが困っているから。

 私は、雪対策の専用コートを着て、いままで一度しか出たことのない外へと向かった。


 それが私の最後の決意――。


 マスターのいる場所はおおよそ理解できた。何かしらの理由があって出かけていたのだ。私は嫌われていなかった。ただそれだけで感覚が変わった。この何もない田舎にマスターの行くところといえば、私が元々いたあの研究所ぐらいだった。

 猛吹雪のなか飛ばされないように慎重に歩いた。



 「つ……着いた」

 最後の気力を振り絞って大きな入り口を開けた。エントランスには人ひとりの影もなかった。メモリーデスクに刻まれた記憶を辿り、研究室を目指した。ぼろぼろになった部屋名の文字は、読み取ることが困難なほどだった。それでも、見つけることができた。

 「マスター、もう朝ですよ」

 椅子に座ったまま、全く動かないマスターに声をかけた。

 「マスター……?」

 「……っ」

 「起きてください」

 「君……か」

 「君か……じゃないですよ。先に言うことがあるでしょう?」

 そういうと体勢を変えないまま首だけを動かし、分からないとジェスチャーした。これだからマスターは困るんです、と心の中で呟いた。

 「ありがとう、でしょう」

 「ははは……そう…かもな」

 「もう……ますたーったら……っ?」

 突然だった。動かないマスターの頭に触れようとしたら、視界があやふやになり、そのまま膝から崩れ落ちてしまった。動かない脚に疑問を持ちながらも、マスターのほうへと顔を上げると、そこには苦虫を噛み潰したような顔をしたマスターがいた。

 「***、ごめんな。もう直せそうにないや」

 「マスター?」

  何を?と聞く前にマスターが話し始めた。

 「俺もロボットだったんだ。」

 「自分で自分も修理できる、完全な自律型ロボット。住んでた施設で定期的に電気を供給さえ出来ればあと何十年も持つ機械だよ」

 「君のコアは完全な修理ができなかった。だからここで作る必要があった」

 「私のことなんて後でいいですから。今はマスターの身体が大事です。今から施設に帰りましょう。私にはまだまだ電気ありますから」

 コアが壊れていたって関係ない。腕さえあれば這ってでも帰れる。そう思いマスターの服を引っ張ろうとしたら

 

 「こんな感情……なんで僕の博士は搭載したんだろう。僕は君に……」

 ガシャン、と大きな落下音を立てた後、すべての音が聞こえなくなった。聞こえるのは小さな、とても小さな水滴の音だけだった。

 「……マスターは馬鹿です。大バカ者です。」

 「そんな機能ついてないなんて嘘です。」


 「あなたが……死んでしまったら…私も永遠に片想いじゃないですか。」

 私ももうダメみたいだった。机の引き出しを背もたれにして倒れ掛かる。

 「私……幸せでしたよ」


 「マスター、生まれ変わってもあなたは私の――」


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