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警吏本部

「これは、バルディス閣下!」

 開けっ放しになっている入り口を身をかがめるようにしてくぐって、黒騎士バルディスが姿を見せた。全身黒づくめの黒騎士の略装に、濃紺のマントを羽織っている。入り口付近に立ったまま次の指示を待っていた数人の若い警吏が、姿勢を正して、通り過ぎるバルディスに敬礼をする。街の中心部にある、マロニア中央騎士堂の警吏本部である。

 キールは騎士の国である。国を守るために組織されている軍隊も、街を守るために組織されている警察も、キールでは騎士というひとつの枠組みの中に一本化されている。この辺りの社会構造は、この世界の王政を敷いている国では一般的で、ドレイファスもカイザースベルンも同じような仕組みになっている。

 国によって制度は少し違っているが、事務官以外の実動警吏(警吏騎士)になるためには、上級騎士として叙任後、最低一年の専門教育と資格試験に合格しなくてはいけない。剣の腕がものをいう軍隊とは違って、警吏では実務的な能力、例えば捜査に対する勘や推理力など、剣以外の要素でも実力を発揮できる。そのため、警吏騎士の職も宮廷騎士と同じくらいに人気が高い。

 王宮騎士は、宮廷騎士、警吏騎士の上位に位置し、四天王を頂点とした騎士階級が、国の治安防衛の全てを取り仕切っているのだ。

「朝から随分とご活躍のようですな。白騎士殿」

 聞き覚えのある深みのある低音に、リースの体がピクリと反応した。ほんの少しだけそちらに体を向けて、視線を引き上げる。

「それは嫌味ですか? バルディス閣下」

「そう思って貰って構わない」

 先ほどと全く変わらない抑えた声で、バルディスはリースの顔をちらっと見た。その目が怒っている。

「しかし、その話は、また後ほどゆっくりしよう。とりあえず、状況を聞かせてくれ。リース」

 感情を表に出さず、バルディスは恐ろしく冷静だ。

「あ……あぁ」

 リースはそんな黒騎士から慌てて目を逸らす。

「お久しぶりです。アレックス閣下、フレデリック閣下」

「こちらこそ、お久しぶりです。バルディス卿」

「キールへようこそ。と言いたいところですが、初日から散々な目に会わせてしまったようですね。本当は、とても穏やかないい国なのですよ。前回に次いで今回もこれでは、信じていただけないかも知れませんが」

 バルディスはカイザースベルンの二人に自嘲気味に挨拶をした。

「いえ。知ってますよ。キールという国の良さは。こんな大事件が起きた日に居合わせられて、俺達は逆に運がいいのかも知れない」

 アレックスはそう笑いながら、バルディスの差しだした右手を握った。

 テーブルの上には、今現在までに判明した事象を書き記したメモが散乱している。話をしている間にも、続々と新しい報告が入ってくる。

「何が起きたかのあらましは、ここに来る途中で聞いては来たが……」

 そう言いながら、バルディスは空いている椅子に腰をかけた。

「結局、その大男の死因は不明だと?」

「マロニア王立病院の司法医の検死結果では、まるで体の内部から爆発でも起きたかのようだ、と」

「身体の内部から? 爆発物でも飲み込んでいたってことか?」

「いや、そうじゃない……ほら……一応、生物としての外観は保っている。体内からはじけ飛んだとしたら、こんな風に外観は残らないだろう……」

 リサが、検死の際に撮られた素描の紙を引っ張り出してバルディスの前に置く。

「だが、爆発した、というのは的を射ている」

 アレックスが言葉を挟む。

「というと?」

「身体中の筋繊維の全てが異常な膨張をした、ということ」

「それが短時間に一気に起き、皮膚を裂き血管を裂き、爆発的な力を生み出した。そして、結局は男の命を奪うことになった……俺もリースも、実際に見た。目の前で見る間に肉が裂けていく様を」

「一体……どういうことだ……」

 バルディスが、常より更に低い声を絞り出した。

「リース閣下! 男の身元が分かりました」

 そこへ警吏が一人駆け込んでくる。

「話せ」

「はい」

 若い警吏は、握りしめてきた手帳を開いて、新たな情報をリースに伝える。

「男は、トマ・ボルチモア27才。デクストン地区E-2-6。鍵屋をしている、フーリエ・ボルチモアの三男です。本人は7年前から、ドレイファスのダッダリアの街の工房で、特殊錠前作りの職人として働いていたそうです。家族の話によると、昨日昼頃、突然帰省して、幼馴染みの三人と共に、パスリー小路のバー『プティ・グレイン』で、昨夜8時頃からずっと酒を飲んでいたそうです」

「幼馴染みの身元は?」

「はい。皆分かっております。ニケ・クックス、ローラン・イーダ、ヒュー・スクート。皆、デクストン地区出身で、トマとは幼馴染みです。内、ニケ・クックスは右腕を引きちぎられたことによる出血性ショックで死亡、ローラン・イーダは頭部挫傷により重症、ヒュー・スクートは軽傷ですがショックのためにパニック症状に陥っております。数日間の安静が必要とのことです」

「それで?」

「居合わせた店主の話では、突然、トマとニケとの間に喧嘩が始まって……」

「それが殴り合いの喧嘩に発展したと?」

 警吏は手元のメモ用紙をパラパラとめくって、

「喧嘩のきっかけなどは明らかになってはいませんが、トマがいきなり、『今日の俺にはお前に勝つ秘策がある!』と叫んで、オレンジ色の液体の入った瓶を一気に煽った、とのことです」

 店主から取ってきた調書の内容を一同に読み上げる。

「オレンジ色の液体?」

 リースが眉をひそめた。

「ニケは190センチを越える大男で、力自慢の大工として有名な男でした。対するトマは170センチに満たない痩せた男でした」

「それが、そのオレンジ色の液体を飲んだら急にあの体型になったと?」

 信じられない、といった声音で、リースが警吏を見上げる。

「店主がちょっと目を離している隙に……次に見た時には、ニケの体が、十メートルも後ろの壁に叩きつけられていたそうです」

「私もニケの遺体を見たが……100キロはありそうな大男だった。その彼が、一瞬で十メートルも吹き飛ばされるなんてにわかには信じられない……しかも、彼の右腕は、まるで小枝のように見事に引きちぎられていた」

「検死でも、刃物の傷ではないと言ってましたしね」

 フレデリックが、紙の山の中から一枚の紙を引っ張り出してバルディスに差し出す。検死報告書の写しだ。

「引きちぎられた、という表現が正しいだろう」

 リサが情報を補足する。

 カフェで互いの主と別れたフレデリックとアランも、騒ぎの噂を聞きつけてプティ・グレインに駆けつけてきていた。もっとも、彼らが辿り着いた時には、既に血だまりのニケは動かなくなった後だったが。

「今、アラン閣下の指示で、現場検証をしており、そのオレンジ色の液体が入った瓶の回収を急いでいます」

 現場の指揮を執るために残ったアラン以外の三人は、マロニア王立病院での検死にも立ち合っている。

「わかった。ピエール、トマの実家の捜索と、三人……特にニケとトマとの関係について関係者から話を聞いて、喧嘩の原因を。そちらの指揮は、全面、君に任せる。陛下には、私から報告をしておく」

「分かりました」

 正面の席に座っていたマロニア警吏騎士団長のピエール・ド・カイエは、立ち上がるとすぐに、部下を呼びつけ指示を出し始めている。

 リースは、改めてもう一度、机の上に散乱しているメモの束を整理し始めた。

「ルカ、現場に行ってアランと現場指揮を変わってくれ。そして、あいつをここへ呼んで来い」

「アランを?」

 メモから視線を上げて、リースはバルディスの方を見た。

「気にするな。あいつに話があるのは俺だ」

 バルディスの口調で大方察しがついたリースは、小さく肩をすくめた。バルディスの部下であり、黒騎士団の副団長を務めているルカ・サーストンが部屋から出て行くのを見送ってから、椅子ごとバルディスの方に身を寄せて、

「そう怒らなくても……彼は彼なりに一生懸命やっている……」

 小声でアランの味方をした。

「警護に同行したのでしょう? あいつは」

 同じく小声でそれだけ言うと、バルディスは、

「そんなことより」

 すぐに次の話題に転換した。

「そのトマという男が住んでいたダッダリアの街にも、誰か派遣しなくてはならんだろう? 自宅と職場、少なくとも、液体を手に入れた経路を探らねば同じような事件が起きないとも限らない。それにこの事件……嫌な予感がする」

 腕組みをしたまま、フレデリック、アレックス、そしてリースに視線を合わせていく。

「確かに……嫌な予感がするな……」

 リースは、机の上の両手を組み合わせた。

「とにかく、ダッダリアへの派遣について検討しなくてはならないな。問題の液体が、キール国内で流通した物なのか、それともドレイファスまで波及する物なのか……早急に対策を打たなければ」

 続けて言ったときには、もう立ち上がっていた。

「ピエール」

 少し離れた机で部下と会話をしていたピエールを呼び寄せ、

「早急に街中に聞き込みに廻り、不審な物が取り引きされていないか確認してくれ。それから、オレンジ色の液体の空き瓶が見つかったら、トマの遺体と共にトリステルの王立研究所に搬送する。うちの部隊が担当するから、カインに任せてくれ」

 手短に次の指示を出す。

「後を頼む、カイン。トリステルで結果が出るまで待機して、直接持ち帰ってくれ。我々は城に戻って、陛下の指示を仰ぐ」

「わかりました」

 白騎士団副団長のカイン・ド・パニエラが、小さく頷く。

「参りましょう。アレックス閣下、フレデリック閣下」

 振り返ってカイザースベルンの客人の二人に、柔らかな声で声をかけた。

「いやぁ〜。ようやく見つかったよ。例の空き瓶」

 そこへ、いつものような呑気な口調で、アランが姿を現した。

 左手に、厳重に透明バックに入れられた小さな小瓶をぶら下げている。

「しかも、ちゃんと中にオレンジ色の液体、残ってるんすよ〜。これ、俺がこのままトリステルまで運びましょうか?」

 透明バッグを目の前でひらひらさせながら、ドアにもたれかかるようにしながら、実にのんきな調子でアランが一同を見回した。

「それは白騎士団に任せろ。お前は一緒に来い」

 アランの脇をすり抜けざまにそう言って、バルディスは入れ替わりに部屋の外へと歩き出している。

「へ?」

 振り返ってきょとんとしている彼の元に歩み寄ったリースは、するりと彼の手からくだんの袋を取り上げてカインに託すと、

「お怒りのようですから。黒騎士殿は」

 アランの肩を気の毒そうに軽く叩いた。

 警吏騎士本部の脇の厩舎には、それぞれが移動に使ってきた馬がつながれている。バルディスを先頭に、リサ、アレックス、フレデリック、アランが薄暗がりの中へと入っていく。

「隊長も来てたんですね」

 相変わらず呑気なアレンを、ギリッと鷲の目が睨んだ。

「お前、一緒にいなかったそうだな」

「そうなんっすよ〜。また大活躍を見逃しちゃいました」

 リサが小さくため息をついた。状況を全く分かっていない。これではバルディスに怒鳴られるだけだ。

 案の定、

「『見逃しちゃいました』じゃないだろう? お前は、陛下の護衛に同行したのだろう? 何故一緒にいなかったのだ」

 腹に響く低音で、バルディスの雷が落ちた。

「だって、白騎士に護衛なんか、必要ですか?」

 助けを求めるようにリサを見る。

「いや……まぁ……」

 話題を振られたリサも答えに困って白旗を揚げる。

「必要か必要でないかは問題ではない。とにかく、常に傍らにいるのが我らの役目だろう? でしょう? フレデリック閣下」

 アランが、フレデリックと共に主の元を離れていたというのは、既にバルディスの耳に入っていたようだ。同じ理由で、隣国の騎士にまで説教をしている。

「まぁまぁ……二人で大丈夫だと言ったのは俺の方ですし……」

 仲裁に入ったアレックスの背中をつついて、リサが小さく首を横に振る。無理。何を言っても無理、という合図。

「陛下」

 鋭い声がリサに飛んでくる。

「分かっています……」

「分かっておられません。お二人とも、ご自覚が足りません。もし何かあったら……」

 厩舎の入り口に、警吏が数人近づいてくる気配があった。

「以後気をつけます」

 リサはすかさず馬に跨り、先に逃げるように通りに出た。

「まだ話は……」

 バルディスは、その背中にため息をついた。

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