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マロニア大聖堂

 大聖堂の中には、人々が灯したキャンドルの明かりが暖かな光を揺らめかせていた。カツカツと革靴が床を歩む音が、静かな堂内に響く。リサの着ている白騎士の略装が、ステンドグラスの光に照らされて輝くような光を返している。白騎士の姿を見定めた市民達は、すれ違う度に、慇懃にお辞儀をして二人の騎士に挨拶をする。

 国教であるルミナリオ教は、光放つ物、太陽とその妻である月とを頂点に、自然界のあらゆる物に神が宿るとする宗教だ。ルミナリオ教のシンボルである十字架は、その光が世界を照らす様を表していると言われる。マロニア大聖堂は、先のローズ戦争で壊滅的な打撃を受けはしたが、真っ先に復興された建築物のひとつだ。それだけ、キールの民にとっては象徴的な大聖堂である。剣の姿をした十字架に、羽を広げた龍が足を絡めているのがキールの紋章だ。

 高いドーム型の天井と、それを支える細かな彫刻が入った柱は、オリジナルの石材を見事につなぎ合わせて復元されている。柔らかな朝日が、ステンドガラスを透過して鮮やかな色絵をその壁や床に映し出している。

「ルナリアの龍……」

 祭壇の前で祈りを終えたアレックスが、囁くような声でその名を呼んだ。

 片膝をついて祈りを捧げていたリサが、立ち上がりながら、

「はい」

 と小さく応じる。立ち上がると同時に握りしめて祈りを捧げていたキールクロスを服の中へと潜り込ませる。

 キールのマロニア大聖堂の祭壇には、右手に玉を握りしめた龍と、それに寄り添う女神の像が捧げられている。玉を握りしめた龍は太陽を、それに寄り添う女神がルナリアの民、すなわち月を示していると言われている。

「何度見ても美しい……」

「ありがとうございます。ルナリアの龍は、キール国民の魂ですから」

「その魂に、こうしてあなたと共に祈りを捧げられるなんて、光栄です」

 軽く膝を曲げて、アレックスの言葉に照れたようにクスッと微笑みかえす。

 それから、

「あなたも気にして下さっていたミーナですが、何とか元気にやっているようです」

 アレックスを促して、中程の長椅子のひとつに腰掛ける。

「そうか、元気にやっている、か……」

「ティーダが開発した薬が、効いているようです。急速な老化が食い止められている、と。数日前に報告があったばかりです。肺の機能が低下してきているのに風邪をひいたとかで、先月の今頃はかなり危険な状態だったのですが、ようやく落ち着いたようです」

 リサは、カイザースベルンで保護した少女の病状を彼に説明する。

 ソレイリューヌのマーケットの見せ物小屋で奴隷として使われていたミーナは、遺伝子組み換えによる実験体として、ドラクマで生み出された。あの、悪魔の創造主、ジョバンニ・クエントの忌まわしい実験体として。羽を作り出そうとしたのか、彼女の肩甲骨は変形し、羽の痕跡を宿していた。それだけではなく、複数のホメオティック遺伝子を強引に組み換えたことにより、体の代謝機能、生命維持機能にまで影響が出ていた。グランヒースの軍病院に入院している彼女は、数週間保たないかも知れないと言われた命の危機を乗り越えて、五ヶ月たった現在も何とかその生をつないでいる。

「それは良かった。気にしていたのですよ。先月のあなたからの手紙で、かなり重篤な呼吸不全が続いているってことだったから」

「えぇ。私もホッとしているところですよ。もし時間があるようだったら一緒に、」

 リサの言葉は、金切り声にも似た叫び声に寸断された。

「リース様!リース様!!」

 先ほどすれ違った中年の女性が二人、白騎士の名を呼びながら、息せき切って左側廊の入り口から駆け込んできた。慌てぶりから何か事件が起きていることを察知した二人は、既に立ち上がっている。堂内にいた人たちが一様に動きを止めてこちらに視線を向けている。

「どうした!?」

「大男が……大男が……」

「大男がどうした?」

 取り乱している女性の肩を抱くようにしながら、リサはリースの声で続きを促す。

「そこのバーで……大男が暴れています……化け物みたいな、大男が……」

「パスリー小路の……プティ…、プティ・グレインで……」

 二人は頷き合い、皆まで聞かず、石火の勢いで左側廊の重い扉に駆けだしていた。

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