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夕食会の準備

 その頃、マロニア王城では。

 侍従、侍女達総動員で、部屋の掃除や飾り付けの変更などの作業に取りかかっていた。

「侍従長! テーブル花はどうしましょう?」

「薔薇と百合の手配終わっているな? 誰か取りに行かせたか?」

「タペストリーはこのままでいいんですよね?」

「テーブル花は手配を済ませてあるから……タペストリーは、獅子と龍の図柄のに。リネン類は白を……それから、お食事はこちらのダイニングルームでなさるから。食器はボタニカのアーリースプリングを」

 手帳を見ながら、部屋の装飾から食事用の食器類の選定に至るまで、パークデイルはテキパキと侍女達に指示を出していく。その横を、壁を飾る新たなタペストリーを運ぶ侍従達が通り過ぎていく。

 その奥では、部屋の掃除と模様替えが行なわれている。

「お二人でお越しとのことだから、貴賓室のベッドメイキングを」

「ベッドリネンは獅子の柄のものでよろしいんですよね」

 侍女達が慌ただしく動き回り、宿泊場所となる貴賓室ムーンストーンズルームのセッティングを行っていた。

 マロニアの街を見下ろすように立っているマロニア王城は、主に、ルビー、サファイア、シトリン、アゲートの四つのウイングとそれぞれの角にあるオパール、アメジスト、ペリドット、オブシディアンという四つの塔から成り立っている。王のプライベート空間であり出入りが厳しく警備されているクリスタルウイングはこれら四つのウイングに取り囲まれるようにしてその内側に建てられ、水力で動くエレベーターが設置されていて、王の執務室のあるサファイアウイングとを結んでいる。

 通常、国賓の訪問の際には、フローライトにあるホールが晩餐会会場となるため、迎賓棟にあるダイニングルームが利用されることはない。このダイニングルームは、例えばドレイファスからメンフィスやウインダミーリアスなどが訪問・滞在した際に使用される「家族食堂」という位置づけのプライベートダイニングだ。今回は、この場が夕食会の会場として利用される。

「参加は九人。カイザースベルンのお二人と、四天王方々とフェリシエール閣下、デービス閣下がご参加されます。中テーブルで、大丈夫でしょう」

 リサが時々、側近の騎士達を集めて開く食事会と大方は同じだ。フェリシエールがパークデイルに渡したメモも、その食事会に近い内容で記載されていた。

 そのフェリシエールは、今夜のあらましを記載した紙を自ら携えて、参加予定者の元を廻っていた。

「では、今宵はよろしくお願いします」

 クルステッドとダグラスとの話を終えて騎士団本部室を出てきた彼は、黒騎士バルディス・レイ・ソートと廊下でばったり出くわした。

「おや」

 意外な遭遇に、バルディスが先に声をかけた。練武場で行われる騎士達の朝の鍛錬に付き合ってきた帰りなのだろう。シャツの胸元をくつろげ、上着を肩から羽織っただけの、彼にしては珍しくラフな格好だ。

「執政官がルビーになんの用だ?」

 珍しい来訪者に、低い声を投げかける。

 文官の長である執政官のフェリシエールが、騎士達の詰め所であるルビーウイングにやってくることなど滅多にない。水色と白の、丈の長い文官用のガウンは、甲冑が並ぶ廊下には恐ろしく不釣り合いに見えた。

「これは、バルディス卿。ちょうど良かった。今、赤騎士と青騎士のお二人には話をしたのですが……閣下はお留守だったので」

 執政官は、これまた不釣り合いなくらいにのどかな声音でそう言いながら、最後の一枚となった封筒を黒騎士に指しだした。騎士はそれを受け取ってちらっと目を落とす。

「まぁ、せっかくこんな所まで来たんだ、すこし寄って行け」

 バルディスは、くるっと背を向けてその部屋の前を通り過ぎる。

 ルビーウイングの三階には、王宮騎士の執務室が並んでいる。みなそれぞれ専用の執務室を持っているのだが、通常は、一番手前にある騎士団本部室にて、騎士団の統括管理などの業務を共同で行っている。通常、騎士がデスクワークをする機会はそれほど多くなく、そういうことを不得手とするものの方が多い。だが、王宮騎士ともなり騎士団の団長を務めるようになるとそうも言っていられないし、キールでは、常に白騎士が執務室にいないのだから、それをなんとかカバーしなくてはいけなくなる。元々、キールに五人しかいない王宮騎士だ。出来るだけ共同で仕事を分配して和気藹々と業務を行うというのがキール方式となってしまっている。各騎士団には専用の詰め所が用意されているが、副団長がそことの情報のやり取りを担っている。クルステットとダグラスも、今朝はこの部屋で仕事(今のところ雑談)をしているのだ。

 黒騎士の執務室は、ウイングの奥から二番目となる部屋に設けられている。バルディスは自室の扉を開けて執政官を招き入れた。

 フェリシエールが黒騎士の執務室に入るのは初めてだった。

 そもそも、執政官である彼が、軍事関係の専用ウイングであるルビーウイングに直々にやってくる事自体、年に数回あるかないかだ。たとえ来ることがあったとしても、それは白騎士執務室にリサがいるときか、騎士団本部に緊急・極秘の用件がある時だけだ。

 黒騎士の部屋は、落ち着いた濃い色の木製家具類で統一されていた。接客用に置かれているのがソファーテーブルではなく普通の椅子とテーブルだというのも部屋の主の生真面目さを表しているようだ。本棚には兵法書を中心とした軍事関連の書籍がずらっと並べられ、入り口横の壁には、剣や槍といったよく手入れされた武器類が置かれている。立ったまま、ぐるりと室内を見回して随分と質素な部屋に驚きながらも、フェリシエールは苦笑いを浮かべた。今自分の頭の中に比較のために浮かんだのが、アランの執務室だったことに気がついたからだ。彼の部屋には、何故か木彫りの人形がたくさんある。

「質素すぎて落ち着かぬか?」

 コーヒーを入れたカップをフェリシエールの前のテーブルに置いて、自身もソファーに座り込んだ。

「いえ。騎士の部屋らしく、落ち着いたよいお部屋です。私の知っている執務室は、滅多に使われない白騎士執務室と、アラン閣下の部屋ですから……」

「あぁ」

 バルディスもフェリシエールと同じ印象を持っているらしい。

「あの部屋は、いろいろものがありすぎて落ち着きません」

「確かにな。あいつの彫刻の技術はプロ級だとは思うが……あれをあんなに自室に並べておく気がしれん」

 アランは、隠密行動中も「木彫り職人」で充分食っていけるほどの木彫りの名手だ。短刀一本でいろいろなものを彫ってしまう。作るのは主に女の子受けする動物や花などだが、暇が出来ると彫ってしまうので、自室にそんなものがたくさん溜まっていくことになる。

「やはり騎士の部屋は、こういう感じが一般的でしょう」

「そうかな。俺はこういう部屋しか知らないから、他にしようがない。父も祖父も騎士だったから、屋敷中がこんな感じだった。『たとえ暗闇で何も見えない状況であっても、急いで武器を取って戦える体制を整えておけ、そのために常に身の回りの整理整頓を怠るな』というのが家訓でね。本一冊、ペン一本、斜めに置いたりする事が許されなかった。心の有り様が身の回りの状況に出るんだと言われてな」

 言われてみれば、本棚の本は、高さも揃えて真っ直ぐに整頓されており、机の上の文具も、きっちりと平行に並べられていた。壁にかけられた武器の類いも、きれいに揃えて飾られている。

「今でも癖でな。しかも、こうしておかないと気持ちが悪い」

「いえ、いいことですよ。本来は、皆が見習うべき事です。あなたの教えが徹底しているのか、陛下も非常に几帳面です」

「そうかな」

「あなたにはまだまだご不満でしょうがね」

 フェリシエールは、細くて長い指をマグカップの持ち手に絡めて、コーヒーに口をつけた。幼い頃からバルディスに剣の手ほどきを受けているリサフォンティーヌも、身の回りの物をきれいに整理整頓していた。年頃の娘であるばかりか、王女という地位にありながら、普段の彼女の生活が克己禁欲主義的なまでに質素だったのは、幼い頃からバルディスに師事して来た影響なのかも知れなかった。その姿勢は王になった今でも変わらない。

「で、陛下はまた城下ですか?」

 自身もコーヒーカップを口に運びながら、低い声でバルディスが問うた。

「パークデイルから何か聞かれましたか?」

 今朝パークデイルから聞かされたのは陛下の不在という事実だけだろうに、ちゃんと彼女の動向を推察していた。

「いや。パークデイルにも言わずに居ないとなれば、白騎士として城下に降りられたのだろうと思っただけだ。パークデイルは心配性だからな」

「すいません。陛下から昨夜伺っていたのですが、黙っておりました」

「お前が謝ることではないさ」

 ペコリと頭を下げた執政官に、意外なほど優しい言葉を投げかける。

「白騎士としての外出なら、本来、別に護衛をつける必要もない。たとえお一人でお出かけになられるとしても、俺もそれをお引き止めするつもりは無い。陛下も、それをご承知の上でしょう」

「ですが」

「最近のあの方は、王としての自覚に芽生えられ、無為に命を粗末にするような行動もなさらなくなった。剣の腕も、益々上げておられるし、それだけの準備をしている」

「なんだ、そうですか。てっきり、無断で外出されたことを怒っておられるのかと」

 カップを静かにテーブルに戻しながら、フェリシエールは緑色の瞳を細めた。

「でも、戻られたら怒ることは怒りますよ。外出するときには、いついかなる時にも四天王にご報告をと申し上げておりますからね。王としてのお立場上の問題以前に、キール騎士団長としての責務です。王宮騎士は、宮廷騎士や下級の騎士達の見本とならねばならない。それに、有事の際に居場所が分からないのでは困る。四天王の誰にも言わずに不在にするなど言語道断だからな」

 コーヒーを一口喉に流し込んでから、

「それに、俺くらいしか、姫を怒って差し上げられる人間がいないからな」

 と少し笑った。父王メンフィスにでも臆せず意見を言えるキール王も、剣の師匠であるバルディスには未だに頭が上がらないのだ。だから、リサを怒れるような立場の人間も、バルディスぐらいしかいないのだ。

「で。無断で城を抜け出して、アレキサンドロス王子とデート中というわけか」

 先ほどフェリシエールから受け取った封筒の中身を開いて、紙の上の文字を目で追いながらため息をついた。

「はい。王子もお忍びでお出かけとかで」

「それで夕食会か……」

「えぇ。お忍びということなので、いつものような内輪のお食事会を設けてはいかがかと思いまして。私もアレキサンドロス王子にはぜひお目にかかりたいですし、それに、マロニア王城にお越しいだたくのは初めてですから、中もご見学頂いたらどうかとも思いますし……」

 自分の立てた計画を説明し、

「でも、まだ陛下の承認は頂いていないのですが」

 と苦笑いを浮かべた。

「陛下の婿となる方だから……か」

「はい」

 バルディスは紙から視線を上げ、銀色の鋭い視線でフェリシエールの瞳をのぞき込んだ。彼の深い緑色の瞳に、窓からの朝日が映り込んでいる。

「お前はそれで、本当に良いのか?」

 力強い低音で、執政官に問いかける。

「何がです?」

「……姫のこと、大切に思っているのでは?」

 問いつめるような低い声音で核心に迫る。

「バルディス卿までそのようなことを。アランから聞かれたのですか?」

 フェリシエールは困ったように頭をかいて、ソファーの背もたれに背中を押し付けた。

「確かに、私が陛下のことを大切に思っているのは本当です。心からお慕い申し上げておりますし愛しております。しかしそれは、恋愛としての愛ではなく、敬愛としての愛です。バルディス卿。あなたも、陛下には同じような、いえ、それ以上の御感情をお持ちでは? 私の愛とは、おそらく、あなたの抱いておられる感情と同じようなものです」

「確かにな。俺も陛下のことはお慕い申し上げている。キールに奉職する多くのものが、同じ感情を持っているだろう。あの方のためになら、命を捨てることすら厭わない。本気で俺もそう思っている」

「えぇ。私も同じ気持ちです。陛下のお側にずっといられれば、とそう願っています」

 フェリシエールは視線をあげて、目の前の黒騎士に合わせた。

「ただ。陛下のお相手となられる方が、どのような方か、自分の目で確認したいという気持ちは強くあります。作られた虚像ではなく本当のお姿を。閣下は既に何度か行動を共にされ、よくご存知のことと思いますが。私達文官は、公式の場でお目にかかる機会しかありませんから、なかなか分かりづらいのです。でも公式の場では分からないこともあるかもしれませんが、気さくな会であれば、アレキサンドロス殿下もお心を許して下さり、本音で語ってくれるのではないかと」

「それで食事会か」

「はい。みなさんからは、とても気さくでよい方だと伺っておりますから、安心はしておりますが……」

「確かにな。あの方は、陛下同様、常ではない庶民的な視点で世界を見られるお優しい方だ。一本しっかりと芯の通った、男気に溢れた方だよ。剣士としての腕もすばらしい。無理に虚像をつくりあげるようなタイプではなく、常に本音で接して下さるお人柄だが、お二人にお仕えすることになるお前達も、王子のお人柄は十二分に知っておくべきだろうからな」

「はい。楽しみにしています」

「アレキサンドロス殿下と、従者のフレデリック閣下でしょうな、お二人でいらしているということは。フレデリック閣下も気さくで裏表の無い方だから心配いらない」

「後は、陛下がお許し下さるかどうかですが」

「それは心配なかろう。陛下もむしろ、そのような場は望まれるのではないかな」

 フェリシエールは程なく席を立って、「では夕食会にて」と、爽やかに告げて黒騎士の執務室を出ていった。

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