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早朝の騎士堂

こちらも久々に更新。

「随分と早いですね、バルディス」

「これは、アレキサンドロス殿下」

 練武場の入り口に現れたアレックスに、バルディスが深々と頭を下げる。

「俺のことは、アレックスと」

「失礼しました。アレックス」

「敬語も不要ですよ」

「いえ、それだけはご容赦を」

 バルディスが困ったような笑みを浮かべる。

「それにしても、アレックスこそお早いですね。外がうるさくてお休みになれませんでしたか?」

「いや。充分にゆっくり休ませてもらった。俺も比較的いつも朝は早いので」

 話している最中も、馬に乗った騎士達が通り過ぎていく。隊列を目で追いながらアレックスが言う。

「賑やかですね」

「昨日あんなことがありましたので。彼らは、街道沿いの街へ出向いていく部隊です」

 黒騎士団の紋章を付けた彼らからの敬礼に答えながら、バルディスが声だけをアレックスに返した。大きな荷物を積んだ馬車とともに、騎士たちは分隊ごとに城外へと下っていく。

「ドレイファスとの国境付近にはもともとあまり大きな街がなくて、警吏騎士の配置人数が多くないのです。それもあって、捜査や調査の手伝いに人手が必要な時だけ、中央から人を派遣するのです。まぁ、国境といっても、ドレイファスとは実質同じ国のようなものですので、ほとんど形骸化しているのですけどね」

 アレックスの目は、練武場の中で剣を振るっている若い騎士達に注がれていた。30人ほどの若者が2人一組になって盛んに剣を交えている。

「毎朝、王宮勤めの若い騎士達がここで鍛錬をしています。各騎士団が、持ち回りでその面倒を見ることになっているんですよ。今日はうちが担当で。とはいえ、ほとんどの部隊が今朝から各地の駐屯地へ出向くことになっていて、ここに居るのは王宮警護担当の一部の部隊だけです。普段はもう少し賑わっているのですが」

 若者達を眺めていたバルディスが、アレックスに視線を移す。彼の目が輝いている。

「血が騒ぎますか」

「わかりますか?」

「そんなお顔です」

 2人は顔を見合わせて笑った。

「よろしければ騎士堂に御案内しましょう。クルステッドとダグラスがまだやっているはずです」

「ぜひ」

 2人は連れだって外へ出た。

「そういえば、お一人ですか?」

「あぁ、フレデリックなら、まだ寝てるんじゃないかな」

「おや」

「けしからん、でしょう?」

 アレックスはそう言って意地悪っぽい笑みを浮かべた。

「そうですね」

 バルディスもつられて笑う。

「フレッドとは従兄弟同士で、親友、兄弟みたいなものなんだ。俺を純粋にアレックスとして扱ってくれるのはあいつだけですからね。今回も、俺の護衛としてではなく、親友として一緒に旅行をしてくれている。だからなるべく、互いを干渉しないっていうのが約束事になっている。あいつは朝が苦手で。その上に、昨日だいぶ飲んでいたのでね」

「昨夜はすみませんでした。先に失礼してしまって」

 昨日の夜は、アレックスとフレデリックをゲストに、王宮騎士達が参加しての夕食会が開かれたが、バルディスは、警吏本部に顔を出してくるといって早めに席を立ったのだ。

「とんでもない。お忙しい時期に皆に付き合ってもらって、こちらこそ申し訳なく思っているよ。リサにも、遅くまで付き合って貰ってしまって」

「本当は、陛下もお酒はお嫌いではないので、もっと飲まれるのですが」

「その分、フレデリックが存分に飲ませてもらっていたよ」

 キールの伝統的な酒シェリシュには、辛口から甘口のものまで何種類もあるが、流通量が極めて少ない極甘口が飲める機会はキール国内でも限られている。昨夜は、その貴重な極甘シェリシュが供され、フレデリックが随分と楽しそうに飲んでいた。

「あいつにも、いつも苦労かけてますから、楽しそうにしてくれてたのは嬉しいですよ」

「アレックスはお優しいですね」

「あれ? リサもおそらく対応は同じでは?」

「確かにそうですが、うちの場合は、私が過剰に干渉しすぎるのでしょうか」

「仕方ありませんよ。俺は臣下に下った気楽な身ですが、彼女はキールの王ですからね。背負っているものが違います」

 練武場の隣に、庭を取り囲むように宿舎が建てられていて、その周囲にも、荷物を運ぶ騎士達がせわしなく行き来している。二人は並んで話しながら、騎士堂に向かって歩いている。朝日が差し込み小道の両側には、所狭しとナルキソスの黄色の花が咲いている。

「正面が騎士堂です。小さいですが」

 バルディスが指差した先に、騎士堂が姿を見せた。大聖堂と同じように薔薇輝石で作られたその建物は、朝の陽を受けてバラ色に輝いている。厳かな佇まいは、心の有り様までを正されそうで、無意識に背筋が伸びる。

「小さいなんてとんでもない。とても立派だ。練武場の他にも騎士堂があるのですね」

 練武場も立派な建物だったが、それに加えて騎士堂が独立してある作りはキール独自の物で、アレックスは心からの感嘆を言葉に乗せた。ドーム状の屋根に尖塔という造りは、ネオゴシックの流れを汲む旧世紀の教会のようにも見える。

「この騎士堂は、キールで一番古い建造物で、先の大戦でも破壊されなかった数少ない建物のひとつです。そして、昔からとても神聖な場所とされています。今でも、この騎士堂の中で剣を抜くことを許されているのは王宮騎士だけです」

「では、お二人もここで?」

 アレックスが少し声のトーンを落とした。

「クルステット達とやる時はもちろんここを使いますが、陛下の居室のあるクリスタルウイングにプライベートな練武場があって、二人きりの時はそちらです。今日はこちらに降りて来られる予定とおっしゃっておられたので、そのうちいらっしゃるでしょう。どうぞ」

 バルディスが入り口の重い扉を押し開けてアレックスを先に通す。

「これは……」

 内扉を開けた瞬間の光景に息を飲んだ。外見だけでなく、室内も教会のような作りだ。色とりどりのステンドガラスからこぼれる光の粒が、堂内の石畳の上で踊っていた。ひんやりとした空気が、緊張感の固さを含みながらその場を満たしている。

「まさに聖堂ですね」

「えぇ」

 中央では、ちょうどダグラスとクルステットが試合の最中だった。

 金属がぶつかり合う音が堂内に響く。中央で剣を交える二人に、ちょうどステンドグラスから差し込む光が降り注いでいる。その美しさに、アレックスは言葉を発することを忘れて立ち尽くしていた。

 その間にも、二人はクルクルと攻守を変えながら、聖堂の中を移動する。

「どちらが強いと思いますか?」

 アレックスの横に並んだバルディスが、視線を中央に据えたまま問う。

「今までの動きを見る限りは、クルステッドかな」

 アレックスは、腕組みをしてじっと二人の動きを目で追っている。その間にも、ダグラスとクルステッドは体を入れ替えながら激しく打ち合いを続けている。

「さすがですね。あの二人だと、クルステッドの方が格上です」

「動きが柔軟だ。予測が難しい」

「そうですね。トリッキーな動きをしますからね」

「彼は左利きですか?」

「さすがはアレックス。そこまでわかりますか。彼は双剣使いなのですよ」

「二刀流か」

「えぇ。それで、左利きというわけではないそうですが、左手で長剣を扱う術に長けているんです。普段は腰に短剣を」

「そういうことか。間合いが近くなっても少しも動じないし、片手になっても余裕がある」

 窓枠を抜けた朝日が、アレックスの視界にキラキラと色ガラスの光を落とした。視線を上げて光色の跡を辿る。天窓にはめ込まれたステンドグラスには、巨大なドラゴンが描かれている。月を背景に、羽を広げてこちらを見下ろしているドラゴンの威厳ある姿に見惚れる。

「月の守護者」

 背後から、鈴のような声がかかった。

「荘厳でしょう?」

「リサ」

 慌てて振り返ったアレックスは、思わずため息を漏らした。騎士姿のリサフォンティーヌが(この場合はリースだが)、アレックスの元へと歩いてくる。彼女の姿は、白薔薇の騎士の名に恥じない凛とした美しさだった。

「陛下。おはようございます」

 バルディスが軽く腰を折って声の主に頭を下げる。騎士の姿をした主への、絶妙な敬意だった。そちらに軽く頷き返し、アレックスに視線を移す。

「おはようございます。アレックス」

「おはようございます。リース」

「旅先でこんな朝早くに起きなくても良さそうなものですのに」

「騎士の性ですかね。習慣とは恐ろしいものです。あなたこそ、随分とお早いのですね」

「私も同じです。毎朝の鍛錬は怠らないようにと。普段はこの時間しか暇が取れないことが多いもので。まぁ、今日は、白騎士団も何部隊かを地方に派遣するのでその見送りに出ていたので、いつもよりは幾分か早いですが」

「おはようございます。陛下、アレキサンドロス殿下」

 中央で剣を交えていた二人が、入り口に立っている三人に気がついてその手を休め、こちらに歩いて来た。

「俺のことは、アレックスでいいよ」

 アレックスが片手を上げて二人に挨拶をする。昨夜の食事会でもそう言われたのだが、そう言われても、簡単に受け入れられないのはバルディスと同じだ。二人とも、困った顔でお辞儀をする。

「見事な戦いを見させてもらった」

「アレックスは、お前が左利きではないかと気づかれてな」

 クルステッドがバルディスの言葉に笑みを浮かべる。

「二刀流なんです。ハインツの生まれで」

 ハインツは、ドレイファスとカイザースベルンの国境にあたる都市だ。高原地帯の岩場にまだらに潅木が生えるような土地にあって、交易の街として両国から自由交易都市として認められている。治安の維持のために軍も手厚く配備されており、商人と共に騎士が多い街だ。

「やはりそうか。カイザースベルン側もだが、ハイランド出身者には二刀流を扱う人が多いからね。どうりで。すばらしい動きだった」

「私などまだまだです」

 軽く頭を振って恐縮する。

「いや。見事だったよ。さすがはキール四天王のお二人だ」

「陛下やバルディス閣下には敵いません」

 それを聞いたアレックスが後ろを振り返る。

「キールで一番強いのは、やはり?」

「バルディスでしょう」

 リサからすかさず答えが返ってくる。

「いや、それは俺が陛下の剣をよく知っているからで、純粋な腕なら陛下だと思います。なにせ、早いですからね」

「へぇ。そういう評価をされるのですか」

「はい。それに勘がいい。私などが申し上げるのはおこがましいですが、本当に、国王をなさっているだけではもったいない腕ですよ」

「なに、それ」

 リサが照れたように笑う。自分の剣の腕を客観的に評価されるのを聞くのは照れくさい。それに、普段はそんなこと、一言も言ってくれないのに。

「そんなにお強いんですね」

 アレックスの声はいつもより弾んでいるようだった。

「気になりますか?」

 バルディスの言葉に、

「もちろん」

 と力強く頷く。

「なんだか嵌められた感じがするな」

 困ったように小さく笑ったリサも、その実は少し楽しんでいる。

「でも私も、カイザースベルンの獅子と謳われるアレックスの腕を、ぜひ拝見したいと思っていたのですよ」

「では、お手合わせ願えますか」

「喜んで」

 バルディスが、壁にかかっている剣を外して二人に差し出す。それから二人は、光が踊る騎士堂の中央に軽やかに降りて行く。

 高い位置で結わえられたリサの金色の髪が、彼女が動くたびにキラキラと背中を流れていく。

「お手柔らかに頼みますよ、リース」

「それはこちらの台詞です。アレックス」

 二人は剣を抜いて合わせる挨拶を交しながら、どちらからともなく微笑む。

 剣を離し、そのまま後ろに数歩下がって間合いを取る。

「こちらから参るのが礼儀なのかもしれませんが」

 アレックスは、格下の者から向かっていく習わしのことを口にした。

「いいえ。私から。参ります!」

 軽く腰を落として、言った時には既に、リサフォンティーヌの体は動き出していた。

(早い!)

 アレックスは、反射的に剣を立ててリサの初戟を受けた。リサはそのまま、ひるむことなく一歩二歩と踏み込んでくる。

 キン

 キンキンキン

 剣が激しくぶつかり合う音が、騎士堂の壁に跳ね返る。

「さすがの早さですね」

 アレックスも、腰を落として下段から切り上げにいく。予想に反して、リサはさらに踏み込んで来た。アレックスの間合いの中に。

(!!)

 切っ先が体に触れる寸前で彼女は体を横にかわし、勢いを消さずに体の回転に合わせて剣をしならせるように振るう。

「っっぐ!」

 咄嗟に腕を引き、真横からの薙ぎを逆手のまま受け止める技量は、さすがはカイザースベルンの獅子といったところか。慌てて後ろに飛び退ったアレックスに、間髪入れずにリサが追撃を加える。

「さすがお二人は、我々とはレベルが違いますね」

 ダグラスが思わず声を漏らした。

「私なら、きっとまともに食らってましたよ」

 リサと同じレイ・ソート流を扱うダグラスには、リサの動きの一つ一つに神気が宿っているのが見えた。実戦ではないとはいえ、彼女の動きは、少しの手加減をも感じさせないキレを持っていた。

「今の最後のやつ、俺、見えませんでしたよ」

 クルステッドも舌を巻く。バルディスは腕組みをしたまま、黙って二人の動きを見つめている。

 ダグラスとクルステッドが顔を見合わせて感嘆している間にも、騎士堂の中央ではリサとアレックスが激しく剣を交えていた。

 キンッ

 激しい音を立てて、二人は、剣を噛み合わせたまま向かい合った。

 朝日が、彼らの表情を照らす。赤と青の光に照らし出された二人の表情は、宗教画のように厳かだった。

「組み合わされるのは得意ではないので」

 いったん丁寧に断りを入れてから、リサは力を抜いて二回に分けて後ろに下がり距離をとった。

「では、次は俺から」

 次に動いたのはアレックスだ。開いた間合いを一瞬で詰めると無駄のない動きで剣戟を降らせる。体重の乗ったその剣を、絶妙な剣捌きで受け流しながら、リサは咄嗟に位置を入れ替える。

「さすがはカイザースベルンの獅子。それをまともにくらったら勝ち目はありませんね」

 リサが思わず感嘆の声を漏らす。真に危なかった攻撃を躱した安堵の色も混ざっている。「躱されたことなど、一度もないのですがね」

 アレックスの言葉にも驚きが乗っている。得意技であり、渾身の一撃である一手を躱されたのだ。

「やはり、美しい白薔薇には、鋭い棘があるようだ」

 全てを言い終わる前に、アレックスは再び間合いを詰める。

 キンキン

 キン

 鋭く空気を切り裂きながら、騎士堂の中央を二人の影が這っていく。

 その後も二人は、激しく体を入れ替えながら剣を交え続け、勝敗を決しないまま剣を収めた時には、すでに朝日は、クーポラの真下の窓にまで上り詰めていた。

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