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緊急会議

 カツカツと堅い靴音を響かせながら、ロングジャケットを羽織っただけのリサフォンティーヌが、慌ただしく執務室に入ってくる。

「陛下。随分な騒ぎだったようですね?」

 彼女の帰りを待ちかねていたフェリシエールが、立ち上がって迎える。フェリシエールが第一報の鳩便を受け取ってから、もう3時間が経っていた。

 リサフォンティーヌは、乗馬ブーツにパンツ姿という騎士の出で立ちのまま、上着だけ豪奢な刺繍の入ったジャケットに着替えている。先ほどまで高い位置で結わえられていた髪は下ろされて、ベロアのリボンで低いところで緩やかに結わえられている。

 そのちぐはぐな感じに、フェリシエールは、事が緊急を要することをすぐに察した。

「きな臭い事件だよ。肉体を急激に変容させる薬……そんなものが使われた」

「薬……ですか……」

 リサは、警吏本部から持って帰った報告書の写しをフェリシエールに差し出す。

「問題は、その事件の当事者が、ダッダリアに住んでいた人間だと言うこと」

 フェリシエールに説明しながら、ジャケットのカフスを止め、手早くスカーフを巻いて身なりを整える。

「ダッダリア? ドレイファスの……」

「えぇ」

 執務机へと歩いていき、細かな木彫りの細工の施された椅子に腰を下ろす。

「国内各都市の警吏本部に通達を出し、不審な輸入物がないかどうかの調査をさせる。もしその男が、キールでそれを手に入れたのならまだ良いが……ドレイファスで手に入れたとなるとこちらだけの問題ではなくなる。父上に手紙を書く。早馬の手配をしてくれ。それから、三十分後に国防会議を始めるから、関係者に召集を」

「わかりました」

 リサの指示に、フェリシエールが手早くメモ帳にペンを走らせる。

「それで、アレキサンドロス王子はどうされました?」

「彼なら、既に、パークデイルに対応を任せてある」

「本日、勝手ながら晩餐会の予定をしてあったのですが……」

「あぁ。バルディスに聞いた」

 リサは手紙用の便箋を取り出しながら、小さく微笑んだ。

「勝手なことをして申し訳有りません」

「いや……今夜はこちらに泊まっていただく。晩餐会などという大きなものは無理だが、夕食だけはご一緒したい。パークデイルに既にその旨は伝えてあるが、承知してくれ。本日からこちらにお泊まりいただくようご招待してある。それから、ジャスパーゲートの出入りを自由にしてもらうために、通行証をお渡ししてある。悪いがゲートキーパーにそのことを周知してくれ。我が国のことで、せっかくのご休暇を台無しにしてしまっては申し訳ないからね」

 羽根ペンをブルーのインク壷に浸しながら、リサが視線だけを執政官に向ける。

「承知いたしました」

 軽く目を伏せて頭を下げる。

「フェリス」

 歩き出したフェリシエールの背中にリサが声をかけた。

「はい?」

 風にそよぐ木の葉のように軽やかに、執政官が再び主の方を振り返った。

「気を遣いすぎだ。フェリス」

 リサの声は、先ほどよりも随分と女性らしい声に戻っている。

「政務以外のことにまで、そなたには面倒をかけてばかりだ……」

「陛下……」

 フェリシエールは行きかけた足を戻してリサの脇へと歩み寄った。

「私は、ちっとも気遣いなどしておりませぬ。陛下に喜んでいただけることが、私の喜び。そのためにのみ、私は邁進しております。民の心を掴み、国を治めていくのは陛下にしかできないお仕事です。それに関わる雑用で私にも十分にこなせると思う仕事のみ、私はお引き受けしております」

 リサの足下に跪いたフェリシエールは、いつもと変わらない落ち着いた声で言葉を綴り、主の左手を軽く自分の手の平に乗せた。

「私はキールを、いえ……キール王リサフォンティーヌ陛下を、心の底から愛しておりますから」

「フェリス……」

 自らの左手に口づけを落とす執政官に、王はほんの少し顔を赤らめた。

「では、私はルビーとシトリンの担当官に召集要請を伝えに参りますので」

 何事もなかったかのように立ち上がり、執政官は柔らかな笑顔でお辞儀をしてさっさと部屋を出ていってしまった。


 ************


 王の意思は、執政官を介して各ウイングに伝達されるように一元化されている。ルビーウイングには王宮騎士が詰めているが、その対翼となるシトリンウイングには国政担当官、両翼をつなぐアゲートウイングには地方行政区の代表者が詰めている。地方行政官のほとんどはもちろんそれぞれの地方にいるし、国政担当官も事務官のほとんどは城下の行政役所に務めている。一見すると二重手間のようにもみえるこの制度だが、城内で各担当部署の責任者が直接情報を受け取ることとなるため、より責任を持って正確な情報の伝達を行うようになるのだ。

「だいぶしぼられているようですね。アラン閣下は」

 20分ほどして、フェリシエールが執務室に戻ってきた。

 アルコールランプに蓋を被せてから、リサが静かに視線を上げる。帰城してからずっと、ルビーウイングの執務室で説教をされているらしい。

「明日は我が身だよ」

 小さく肩をすくめた彼女の顔は、笑っていなかった。

「陛下の護衛に同行したのに、お側にいなかったそうですね?『近衛隊長の身でありながらなんという醜態だ』と、私までビクリとするようなお声で。かなりのご立腹でした」

「それできっとその先は、『こっそり出かけるなど言語道断だ』と。今度は私がしぼられる番だよ」

 呼び鈴を鳴らして執事のパークデイルを呼ぶ。

「それにしても、何とも不気味な事件ですね」

 すっかり冷めてしまったハーブティーのマグカップに口をつけながら、リサが微かに頷く。

「目撃者の証言が確かなら、液体を飲んですぐに肉体が変容したということになる。そんなことが可能な液体が世の中にあるとは……」

 人は、知らないもの、見たことがないものを想像するのが難しい。目にした液体の瓶はとても小さく、一瞬で人を狂気に変えるのに充分とは到底思えなかった。

「フェリス。会議は予定通りですね?」

「はい、そのように」

 小さくため息をつきながら、彼女は席を立った。

「まぁ、そんな事でめげているようでは、お忍び外出もままならぬ。めげずに頑張らねば」

 ようやく笑みを浮かべて、緑の髪の執政官に同意を求めた。彼は何も言わずに、口元だけに笑顔を作った。

 封蝋をし終えたばかりのドレイファス王への手紙を、入ってきた執事に差し出す。

「これを、急ぎ父上に」

 カラキムジアのメンフィス王の元に届くまでには、1日以上の時間がかかる。それまでにできる限りの情報を集めなくては。

「承知しました」

「では向かおう」

 歩きだしたリサフォンティーヌの顔は、すっかり、騎士から国王の顔に戻っていた。

久々更新です。

が、どこまで掲載し続けるか悩ましい・・・。


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